メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bymooooooooon

あのパンを食べたくなる今日の私

    去年、初めて乳がん検診を受け見事に引っかかった。
    ほぼ7割の確率で初期ガンです、まずはとことん検査をしますねと医者は淡々と言った。

    ガンかも知れないと言われた瞬間、「貴方はガンです」に聞こえ頭が真っ白になった。

    その日は追加の3Dマンモグラフィと、細胞診という胸に注射針を刺される検査をして、大きな病院の紹介状を貰って帰った。
    帰り際に「自分も乳がんで治療中ですが、職場復帰してますから」と涙ぐみながら送り出してくれた看護師さんの真心が忘れられない。

    長い二週間を経て、MRI検査に進むことに。
    その日は心細くて母について行ってもらった。

    普段は無縁の大病院。
    移転して新しくなってからはほとんど来ることもなかった場所だから、この病院の入り口にカフェがあることをこの日初めて知った。

    季節は秋。木の葉が舞うにもまだ少し暖かい気候だった。
    気分はブルーというより真っ白。世の中の秋の行楽日和が恨めしかった。

    カフェで昼食をとることにした私たちは、店内の雰囲気に特別を感じた。

    お孫さんに連れられて来ている、診察帰りのおばあさん。
    抗がん剤治療中で医療キャップを被った若い女の人。
    忙しそうなビジネスマン。
    奥さんの看病だろうか、その横で少しぐったり気味の初老の男性。

    みんな静かに、コーヒーやパスタを注文して席に着いている。

    こういう所のご飯はなかなかに美味しくないと知った。ビックリした。
    そう言えば、表の看板の「秋限定 明太マヨサンド」の写真…カリカリのイギリスパンからチーズとマヨネーズと明太子がとろーり!な写真に惹かれて入店したのに、私は検査の緊張からうっかりロコモコ丼を頼んでしまった。
    ただの判断ミスであってほしい。

    午後一番で予約を取ってある診察。
    初めての先生で緊張した。
    いつ何時ポロっと医師が、ガンだガンですね、と言うのが何より怖く手が震える。

    この日はエコー検査と別角度からのマンモグラフィ撮影、造影剤使用に備えた血液検査だけ。
    触診でかなり広範囲にしこりがあると言われ、さらに凹んだ。

    MRIは1週間後と言われ帰った。また答えは先延ばし。
    実はこの日までに細胞診ではガンの可能性なし、と結果が出ていたが、あまりのマンモグラフィの写り方に両方の医師は可能性はまだ0%ではないからと、私は重ねて精密検査を念押しされていた。

    とぼとぼ……足取りは重たい。

    まだ確定してない「ガンかも」という情報に、世の中の健康な人が恨めしく、この前まで健康を当たり前に貪っていた自分が情けなくて、足を引きずるように心へこませ歩いていた。

    帰りにすぐあのカフェが見え、また「秋限定」の文字と明太マヨサンドの美味しそうな写真と再会した。
    けれどこの日の私はまだ無罪放免とはいかず、とても食べる気にはなれなかった。

    病院はとても大変な所だと思う。
    福祉関係の仕事をしていた時も思ったけれど、世の中見えないだけで色んな状況の人がいる。

    カフェをまっすぐ過ぎた時、身体障害の方の優先駐車場に、管だらけの赤ちゃんがベビーカーに乗って若いお母さんと一緒に車から降りていた。

    その瞬間、本当に、私だけじゃないと思った。
    何がと言うより、病院に来ることには人それぞれ苦しい事情があるということを心から思った。
    普段の世の中で見えないだけで。

    きっとあの赤ちゃんは何年も何年も、お母さんと病院に通うに違いない。

    ◇◇◇

    さて、人生初のMRIはしんどかった。なんて爆音をなんて長時間聞かされるんだろう。

    しかも閉所に1時間以上、俯き姿勢で。
    防音ヘッドホンからはチョイスしたモーツァルトやベートーヴェンがノイズのように聞こえ今更後悔した。
    無音のほうがまだよかった。

    造影剤を入れられる時もヒンヤリ気持ち悪かったが、「お薬入れますね」のヘッドホンからのアナウンスがまた声が大きくいきなりなので、ほとほと疲れ果てた。

    結果を翌日聞きに行き、私は今回は「乳腺症=しこり体質」ということで落ち着いた。

    ガンではなかった。
    当たり前の日常が戻ることがどれほど嬉しかったか。

    支払いを済ませ外へ出ると、また病院のカフェと「秋限定」が目に入った。
    今日来た時、ガンでもガンじゃなくても食べようと思っていたけれど、ロコモコ丼のイマイチ味と「健康」の2文字が頭をよぎりカフェを素通りした。

    せっかく勝ち取った健康。
    今日からなるべく身体にいい物を…と思った。

    ◇◇◇

    そして半年後の今である。
    私はやっぱりあの「秋限定 明太マヨサンド」と前後の光景を思い出しながら、あぁ食べておけばよかったと思い出す。

    おかげさまでそれ以後乳がんのセルフチェックは欠かさず頑張っている。
    健康意識は前より高め。
    ステッパーも買って鋭意継続中のため、ふくらはぎと太ももに筋肉がついた。

    それでもあの不健康そうで美味しそうなファストフードの写真を思い出すと、なんとなく、なんとなくあの大変な思いをした半年前と今に感謝をして、そして食べ逃がした「なんでも食べられる幸せ」を食べに行きたくなる。

    今年の秋もあの限定、出るかな?

     
     
    田舎女性英語講師。糧は語学と歴史と皇室とアニメ・マンガとタイドラマ、ペン字。療養しながらの日常綴り多め。断捨離に格闘中。

    あなたへのおすすめ