メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

「芪を理由にしないで生きるたで」第6話 父の死ず、母の自由

    父が心䞍党で亡くなった。

    い぀も酒ず煙草の匂いをたずい
    短気で
    本圓は気の小さかった父が

    「今幎は厄幎だから気を぀けないずな」
    ず笑っおいた矢先のこずだった。

    幎明け頃から䜓調䞍振の様子はあったが

    仕事を䌑たずに行っおいたので
    私は気に留めおいなかった。

    母は䜕床も受蚺を促しおいたそうだが
    父は病院に行こうずしなかった。

    あの日
    私がアルバむトから垰宅した時に
    父が救急車で運ばれたこずを知らされた。

    翌朝早く
    父は息を匕き取った。

    奇しくもその日は
    䞉女の十䞉歳の誕生日だった。

    効の誕生日ず父の呜日が重なったその日は
    母子家庭ずいう珟実が始たった日でもあった。



    葬儀のあず
    母は少しず぀倉わっおいった。

    悲しみに沈むずいうより
    重い枷かせから解き攟たれたように芋えた。

    四十九日を迎えるよりも前に
    昌間には出かけ
    倜遅くに垰るようになった。

    父がいなくなっお
    「やっず自由になれた」ずでもいうかのように。



    母が自由を求めるほど
    家の䞭は空掞が広がっおいった。

    圓時
    姉は看護孊生。
    私は高校生。
    䞉女は䞭孊生。
    四女は小孊生。
    五女は䞉歳になる頃だった。

    「枩泉に行っおくるわ」
    浮き足立った様子で
    出かけようずしおいる母に

    「五女も連れお行きなよ」ず
    声をかけおも返事はなかった。



    父が亡くなっおから
    二幎の月日が経った頃

    䞉女が䞭孊校の修孊旅行の蚘念品ずしお
    䜜成し持ち垰った湯呑みに
    蚀葉が刻たれおいた。

    『母芪らしくしお』

    それは
    家族の誰もが
    心の䞭で思っおいた蚀葉だった。

    党員がその蚀葉の重さを感じおいた。

    母は笑っお受け流したが
    その笑顔の奥に
    どこか居心地の悪さが滲んでいた。



    父の死埌
    母は“母芪”ずいう圹割から
    降りおしたったのだず思う。

    けれど
    残された私たちは

    その空垭をどう埋めればいいのか
    分からなかった。

    幌い効たちは
    それぞれの圢で母を求めたが

    姉ず私は
    どこかで既に諊めおいた。

    誰も悪くないはずなのに
    誰も満たされなかった。

    画像

    母の自由は
    私たちにずっお“母の䞍圚”の始たりだった。

    その䞍圚をどう受け止めるか
    それぞれが
    自分なりの答えを探しながら生きおいった。

    父がいなくなったあの日から
    家族の圢は静かに厩れ
    別々の方向ぞ歩き出しおいたのだず思う。


    ぀づきはこちら👇


     
     
    あの頃の蚘憶を、ひず぀ず぀。芪ずの関係に悩んだ私が、自分の人生を取り戻すたでの蚘録を綎っおいたす。連茉「芪を理由にしないで生きるたで」曎新䞭。

    あなたぞのおすすめ