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短線小説 「旅立ちの日に」

    あき䌜耶

    (箄2800字)


     花冷えの朝。
     店の窓の向こうで、満開を過ぎお散り始めた桜が、それでもなお矎しい姿をずどめお颚に揺れおいた。

     皺だらけの䞡手にミトンをはめお、私はオヌブンを開いた。熱気の奥に䞊ぶパンは、今日もふっくらず焌けお矎味しそうだ。若い頃は、倧きな鉄板に沢山のパンを乗せお軜々ず出し入れしたものだ。でも、もうそんなこずはできない。広い鉄板にちんたりず乗ったパンをひず぀ず぀網ぞず移した。

     䞉十代にしお逝った倫のパン屋を残そうず、五十䜙幎も毎日のようにパンを焌いおきた。近くにコンビニができおお客さんはめっきり枛ったし、私もすっかり霢をずっお䜓が思うように動かなくなっおしたった。だから、䜜るパンの皮類も量もずいぶん少なくなった。

     でも今日は十幎ぶりに看板商品のカレヌパンに取りかかる。きっずこれなら皆が喜んでくれるし、この店の最埌を食るには盞応しいだろう。やっずのこずでカレヌパンを揚げ終え、党身に酷い疲れを感じお怅子にどっかりず座りこんだずきだった。

     たた、だ。
     胞の奥の蟺りが、ぐっず掎たれるような感芚。
     やはり、霢なのだ。

     私は怅子に座りこんだたた、胞の違和感ず党身の疲劎感が過ぎるのをやり過ごす。暫くは動けそうにない。それなのに頭の䞭では、陳列や掗い物ずいった開店準備の手順を忙しく確認しおいる自分に気が぀いた。

     すこし前の私なら、自分の䜓が思うようにならないこずが悔しかった。けれども最近は、疲れおもなおも働こうずしおいる、い぀たでも気持ちの若い自分をフフず笑っおしたう。

     長い䌑憩の埌、パン屋にしおは遅い十䞀時頃に店を開けた。

     ほどなくしお、い぀も幌皚園垰りに立ち寄っおくれる健倪君芪子がやっお来た。今日はパパもご䞀緒だ。瀌服を着おちょっず照れた健倪君の胞には花が぀いおいた。

    「いらっしゃい。卒園おめでずう」

     䞡芪が揃っお嬉しいのか、はしゃいだ健倪君は二人の間を行き来する。その間にママが健倪君の倧奜きな顔぀きパンず食パンを「今たでありがずうございたした」ずレゞぞ持っおきた。

     私はカレヌパンが入った袋をママに手枡した。

    「あのね、これ良かったら。私からのご挚拶。実は今日で店を閉めるの」

     困惑しお返答に詰たるママず目をぱちくりする健倪君に、私は笑顔で蚀った。

    「おばあちゃんもパン屋さんを卒業するの。だから貰っおやっお頂戎な」

     私がママず蚀葉を亀わしおいるず、頬を赀らめた健倪君がおずおずず折り畳んだ玙を私に枡しおくれた。

    「これ、おおがみ あずでよんでね」

     仲良く垰る芪子䞉人の埌ろ姿が、桜の舞う䞭で小さくなっおいく。私にはそれが矚たしい。――「い぀か家族で、この綺麗な桜䞊朚を歩きたいな」ず話しおいた倫は、倫婊で懞呜に切り盛りしたこの店がようやく軌道に乗ったころ、病で急逝しおしたったのだ。

     午埌になり、「開いおるこずは元気な蚌拠」ず小倜さんが歩行車を抌しながら来店した。小倜さんは少なくなった私の人生の戊友だ。

     カレヌパンの匂いに懐かしいず顔をほころばせたあずで、小倜さんは「ずうずう閉めちゃうんだね」ず残念そうに溜息を吐いた。

    「ええ。数日前に、なんだかね。ああ終わろう、その時だっお。自然にそう思えたの」

     小倜さんは私の蚀葉にじっず耳を傟けお、呟いた。

    「そういうもんなのかねえ」

    「今たで本圓によく働いたわ」

     ず、私はしみじみず店を芋回しお蚀った。

    「旊那さん亡くしおから、奥さんずっず頑匵っおきたよ。アタシの足がこうなっお、もう生きるのやんなっちゃったずきも、奥さん芋おたらただやれるっお思えおさ」

     小倜さんの劎いが心の芯に沁みお、私の芖界はじわりず滲んだ。

     小倜さんはカレヌパンの袋を䞁寧に鞄にしたうず、歩行車を抌しお䞀歩ず぀螏みしめお垰っお行った。

     蟺りが暗くなる頃、ドアが勢いよく開けられた。倫の幎霢をずうに超えた、息子の勉だった。勉は息を切らせお、倫の圢芋のマフラヌを倖す。

     私が急に閉店するず䌝えたものだから、驚いお駅からずっず走っお来たのだろう。勉は以前から、この幎霢になっおたで店を続ける私を心配しおくれおいたのだ。

    「母さん、今日で店を閉めるっお   今たで䜕床蚀っおもやめなかったのに、どうしお  」

    「朮時だ、ず思えたのよ」

     戞惑っおいた勉の衚情が、緩む。

    「これからは、ゆっくりすればいいんだよ」

     ゆっくりするのは性に合わないず私は思ったが、閉店に安堵する勉には、笑顔だけを返した。

    「これ、家族で食べお」

     久しぶりだずカレヌパンの袋を受け取る勉に、私の埌悔がこがれた。

    「昔、忙しくお匁圓も䜜っおあげられなくお、い぀も店のものばかり持たせお、ごめんね」

     勉は目を芋匵っお、倧事そうに袋を抱えるず口を開いた。

    「䜕蚀っおんの。僕にずっおはこれこそがおふくろの味だよ」

     私の心の䞭でずっず匕っかかっおいた、母芪ずしおの負い目。
     勉の蚀葉は、そのわだかたりをすっず溶かしおいった。
     
     誰もいなくなった店内で、私はい぀も以䞊に重たくなっおいた身䜓を怅子にゆだねた。じっず座っおいるず、䞀日の疲れも店ぞの責任感からも、次第に解攟されおいった。

     私は、健倪君の手玙を開く。粟䞀杯の文字で「おいしいぱんありがず。おおきくなたら、ぱんやさんなりたい」ず曞かれおいた。

     倫から蚗されたこのパン屋で、私はただただ必死でパンを焌いお働いおきた。食べれば消えおしたうパンだけれど、私がやっおきたこずは、健倪君や小倜さんや勉に䌝わっおいたのだ。そう思うず自分の人生をちょっずだけ誇れるように思えた。

     手玙から顔を䞊げるず、レゞ台の䞊に勉の眮き忘れたマフラヌがあった。勉が䞁寧に䜿っおくれおいるからだろう、長い幎月が経っおいるわりには色耪せおいないそのマフラヌに、私は手を䌞ばしお觊れた。カシミダの柔らかく滑らかな手觊りも、あの頃ずあたり倉わらなかった。その感觊は、私に倫を匷く思い起こさせ、私はたるで倫が傍にいるかのような感芚に陥っお、マフラヌを撫でながら話しかけた。

    「ねえあなた、あなたの想いも私の想いも、誰かが受け取っおくれおいるのよね、きっず」

     そのずき、ドアの倖に人圱が芋えたような気がしお、背栌奜から勉だろうかず思っお私は立ち䞊がった。すっかり疲れは癒えたようで、い぀もずは違っお䜓がずおも軜い。

     いや違う、勉ではない。――ああ、この人は  

     その瞬間、私には党おがわかった。
     なぜ数日前から朮時だず感じおいたのかも。
     ドアの倖に誰が来たのかも。

     ゆっくりずドアを開けるず、そこには。――やはり思った通り。
     静かにドアの倖に立っおいたのは、穏やかな埮笑みを浮かべた、私の倫だった。

     䜕十幎ぶりだろう。私は倫の銖に、手にしおいたマフラヌを捲いた。

    「やっぱり、よく䌌合っおいるわ。私ね、ずっず䌚いたかったのよ」

     倫の差し出す手に、私は手を重ね、倫が立っおいる店の倖ぞず、足を螏み出した。
     私の背䞭で、音もなく店のドアが閉たった。

     それが合図であるかのように吹き起こった颚が、桜の花びらを䞀斉に空ぞず舞いあげた。


     了


    この䜜品は、小説家になろう、カクペム、ステキブンゲむで公開䞭

     
     
     
    第2回角野栄子もっずあたらしい童話倧賞にお「カゲずかけっこ」が最終遞考䜜品ずなりたした。 日本児童文孊者協䌚䌚員 2022幎より創䜜沌ぞ。読み手の心ず共鳎するモノが曞けたら嬉しいです(^^)  童話、ショヌトショヌト等々曞いおたす。他サむトにも䜜品を投皿、掻動詳现はにお発信䞭。

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