
日が落ちたコメダにて、スマホと彼氏はお留守番。
今日は金曜日。
スマホでぽちぽち退勤処理をし、今週の勤務をぬるりと締めくくった。
ふぅ。必死に働く私は偉い。
エレベーター横の窓枠に覗いた空がまだ明るい。
昼休みとそう変わらない風が短めのポニーテールを撫でた。
今日はスマホを投げ出してコメダでエッセイを書く。
トイレ休憩のスマホに飛び込んできたあのデカいカツパンを齧ろう。
そう決めていたのだ。
不規則な足取りで会社から駆け出し、
ギリギリで直通の電車に乗り込んだ。
空いた席にゆらゆら近づき、腰をおろす。
いつものように彼氏くんに「しごおわ~」とLINEし、
今はどうも 何も考えたくなくなって、
青葉市子さんの牧草が香ってきそうな曲達を
いつものようにシャッフル再生した。
社会人になって もう2年目。
早い朝もぎゅうぎゅうの電車も
癖の強すぎるお客様にもまぁまぁ慣れた。
イヤホンのおかげで、
箱詰めの世界に
時間と空間の隙間を抜けるような薄くて涼しい風が吹いている…気がする。
気ってだけだが、少し心地いい。
ゆらゆらと過ぎる時間を打ち切って
イヤホンが彼氏からの連絡を告げる。
「カレシクンカラ ホンジツ ドウリョウト ノミニイクコトニナッタト…
即座にスマホ開き、
「ちょっと寂しいけど、楽しんできてね!」とだけ打った。
一呼吸して唇を小さく噛む。私の癖だ。
でもすぐにまた、静かな海みたいな曲を再生した。
今日の私はエッセイを書くレディなのだ。
コメダに行く前に一度家に帰り、荷物をどかりと置く。
ぽっけのスマホをお布団にポ~ンと投げて、
日が落ちたコメダに向かって家を飛び出した。
カラーン。
ひとりぽっちでやってきた私を
赤いフカフカソファは迎え入れてくれた。
マメをぽりぽり嚙み砕きながら
私はひとつ、大きな違和感を覚えた。
ひとりなのに
心がじんわりあたたかい。
嫌じゃない。苦しくない。
すごく楽だ。
なぜだろう。
だいすきな全ての人に連絡は取れない。
物理的にブツリと遮断されている。
だが、
それなのに、
今までのつながりをはっきりと強く信頼できる。
デカすぎるカツパンを齧り、
もぐもぐする傍らで、私は天井を仰ぎ考えた。
ボサノバみたいな音楽と
近くの2人が推しについて語る声とスタッフのらっしゃいませ~が重なる。
そこで、
私の“アイスティーを吸い込んだストロー”が
ズズズと騒いだその時、
あぁ、わかったと腑に落ちた。
まず、
相手と話すたびに
数値としてデータを取れるとしよう。
相手がお花をくれたら96だとか、
フザけたLINEに微妙な反応をされたら2とか。
スマホの普及のおかげさまで、
いつもの私が1日にとれるデータ量はとんでもない。
百葉箱の温度計のように常にしゃわしゃわとグラフを描く。
自分を囲む人間の数だけワシャワシャと。
データ量が多いから予測が当たる一方で、
データ量が多いからこそ、変化の振れ幅が見て取れて、
いつ下がるかわからない。
人からの印象が下がるのは怖い。
だから、
そのいつ来るかわからない恐怖を
常にうっすらと感じてしまうのだろう。
日々の生活に並行して、黒ひげ危機一髪をしているようなものだ。
ひぃ。怖い怖い。
でも、今の私はスマホがないから
グラフを描くのも、もはや 点 すら打つことも不可能だ。
わかるすべがないから、逆に信じる…しかない。
待ってもしかたがないし、考えようがないのだ。
ほへ~。
そうか。
スマホがあることで生まれた豊かさがあるように
スマホがないこと“にも”豊かさがあるのだ。
「信じる」という感情は余りにも豊かじゃないか。
いつも私の頭の中には、誰かがいる。
あの時、ちょっぴり言いすぎちゃったかなとか
反省の気持ちで湯船の水面をぷくぷくさせたり、
今日調子のってるって思われたかもとか考えて
お布団に、ぐにゃりとくるまる。
でも今は、
だれかの何かではなく、
ただ自分の考え事に真剣で、夢中で、
エッセイを打つリズムは軽やかに弾けて止まらない。
己の人生を楽しむ時間を現に得られている。
ふと前をみたら店員さんがお掃除をはじめ、
隣の机の上にはモーニングのメニューがあった。
もうすぐ閉店。
気づけば、長針はあっという間に3周していた。
今日は金曜日。
スマホと彼氏はお留守番。
生活のリズムの隙間にこぼしていた
ささやかで確かな豊かさを知ることができた。
ビジネス仕様に衣替えしてしまった私のお顔の内側で、
私の知らない豊かさに私はまた出逢いたい。