
映画脚本「勿忘草畑」<創作大賞エンタメ原作部門>
<登場人物>
桐生琴音(十七)高校二年生。小林悠真のクラスメイト。音楽好き。お金持ちのお嬢様。あまり人と群れずに一人でいることが多い。
小林悠真(十七)(二十七)桐生琴音のクラスメイト。父を事故で亡くしており、母子家庭で育つ。なんでも一人で出来る優秀な人。
先輩1 悠真の職場の先輩
先輩2 同
新人 悠真の職場の後輩。
係長 悠真の職場の上司。
課長 同
人事部 悠真の職場の人事部。
女子生徒1(十七)琴音のクラスメイト。琴音をいじめる。
2 同
3 同
4 同友達1(十七)琴音のクラスメイト。悠真の友達。
2 同たかし(十七)(二十七)琴音のクラスメイト。悠真の友達。駄菓子屋の息子。
母 悠真の母
ばあや 桐生家に使える琴音の世話係。
<あらすじ>
高校二年生である桐生琴音はクラスメイトの小林悠真に今日が約束の日だと言い残して、学校を出るが帰宅途中の事故で亡くなっていしまう。
社会人五年目の小林悠真は、仕事と新人教育に追われた末、会社からクビを宣告される。
全てのやる気を失った悠真は実家へ戻り、懐かしい街を散歩し、高校時代を思い返す。
高校のアルバムをめくっていた悠真の部屋に窓をノックする音が響き、その音に導かれ、十年前に亡くなったはずの琴音と再会する。
琴音と悠真は楽しかった過去をなぞるような時間を過ごし、悠真はより過去に溺れていく。
一方、自分の事を覚えていてくれたことに安堵した琴音は前に進む決断をし、十年前に果たせなかったあの日の約束を果たし、消えていく。
意味に気づくのが遅すぎた悠真は自分の気持ちは伝えられなかったが、自分も前に進むことを決意して、転職活動を始める。
<本編> 23,500字程度
〇汐見坂町の街並み(2005年・昼)
ばあやが家の手入れをしている立派なお屋敷が見える。
お屋敷から緑豊かな道が続いている。
快晴の元に広がる美しい海が見える。
そこから続く砂浜の向かいにあるCDショップが映る。
車が行きかう整備された道路に面している、
細い坂道が映し出される。
勿忘草が一面に咲いている野原が風に揺れている。
第二高等学校の校舎全体が映し出される。
〇第二高校の教室
生徒たちはそれぞれグループでおしゃべりしたり、
机をくっつけたりとそれぞれの方法で時間を過ごしている。
窓際の席に座る高校二年生の琴音は一人で
iPod nanoから延びるイヤホンをつけて机には楽譜を広げ、
その楽譜の上でピアノを弾く真似をしている。
それを見て女子生徒たちはクスクス笑いあっている。
その内の一人の女子生徒1が琴音のiPod nanoと
イヤホンを奪い取り、イヤホンを付けようとしながら、
女子生徒1「何聞いてるの?」
周りにいた女子生徒たちはそれを見て声を出して笑いだす。
琴音は何も言わずに素早く取り返し、
女子生徒1を睨みつける。
今度は女生徒2が楽譜を取り上げ、
女子生徒2「うわー、これ手書きじゃん。すごーい」
琴音は楽譜を取り返そうとするが今度はうまくいかない。
女子生徒たちはニヤニヤ笑いながら続ける。
女子生徒3「私なら学校で広げるなんてできなーい」
女子生徒4「あのお手伝いばあやが作ったんじゃない?」
女子生徒2「いやいや、これは琴音お嬢様の作品だよね」
楽譜を取り返そうとする琴音だが、
女子生徒2と引っ張り合いになり、楽譜が破れてしまう。
破れた楽譜を見て固まる琴音。
女子生徒たちは楽譜を置自分たちの元居た場所に戻り、
何やらコソコソ話している。
琴音のクラスメイトの悠真は教卓の前に
固まっているグループにいたが、そのグループの会話には
参加せずに琴音たちのごたごたを見ている。
琴音は破れた楽譜を裏側からマスキングテープで修正し、
ひと段落したところで悠真と目が合う。
琴音は悠真に直った楽譜を元気よく見せる。
悠真は驚いて咄嗟に軽くうなずく。
そこに先生が悠真を呼びに来る。
先生 「小林いるか?」
呼ばれた悠真は先生のもとに行く。
〇学校校舎・外観(下校時刻)
下校時のチャイムが鳴り、
生徒たちの帰りのあいさつが聞こえる。
〇校内の校門に向かう道
悠真が友達1、2とたかしと一緒に校門に向かって歩いている。
そこに琴音が走ってくる。
琴音 「悠真!今日だからね!待ってる!」
と言いながら、悠真に肩をぶつけて通り過ぎて行く。
あっけにとられながらも、
悠真の口元にはにやけが滲み出ている。
〇学校の駐輪場
琴音は勢いよく自転車に乗り、校門を出て家に向かう。
〇お屋敷への帰り道
琴音が自転車で通り過ぎて行く道は、
とても自然豊かで空気が綺麗だ。
綺麗に整備された道路、CDショップ前、
海沿いを颯爽と自転車で走り抜ける。
琴音が細い坂道を下って大きな道に差し掛かったその時、
車のクラクションが響き渡り、ヘッドライトに強く照らされ、
前が見えなくなる。
車と自転車がぶつかった鈍い音だけが聞こえる。
琴音目線の輪郭がはっきりしないぼんやりとした光景が
浮かび上がり、周りのざわざわした人の声が聞こえる。
そのまま視界がはっきりすることなく瞼を閉じていく。
〇東京・大手企業オフィス(2015年・午後)
パソコンのタイプ音や電話の呼び出し音、
コピー機の音などがそれぞれに鳴っているオフィスで
三十人ほどがそれぞれの仕事をしている。
悠真は書類やファイルが山積みになっているデスクで
資料に赤ペンを入れている。
先輩1「小林。これシュレッダーにかけといて」
先輩1は悠真のデスクに資料を置いて立ち去る。
先輩2「小林君。これ昼までに三十部コピーして止めといて」
先輩2は分厚い資料を悠真のデスクに置いて
返事を聞かずに立ち去る。
悠真 「あ……。はい」
渡された資料を確認しようとした時に
係長の声が聞こえてくる。
係長 「なんでこんなことも出来てないんだ!」
声の方向を見ると係長が新人を怒鳴りつけている。
係長 「基本中の基本だろうが!この資料のチェック誰がした!」
小走りで新人の横に立つ悠真。
悠真 「はい、僕です」
係長 「しっかり指導しろよ!最近たるんでるんじゃないか?
部下を育てるのも仕事だろ!ちゃんとやれよ」
悠真 「すみません」
悠真は頭を下げる。
新人は納得がいってなさそうに突っ立っている。
係長 「だいたいな、お前は甘いんだよ。
仕事も遅くて、こんな初歩的なミスにも気づかず、
部下の指導もまともにできないなんてお前は何ができるんだ?
え?なにが出来るんだ!」
悠真はペコペコと頭を下げながら係長の話を聞いている。
新人は係長を睨み始める。
係長 「何もできない役立たずが」
新人 「係長だって」
係長に噛みつく新人。
悠真 「ちょっと、岡本君!」
悠真は必死にそれを止めようとする。
係長 「俺がなんだよ」
新人 「誰にだってミスはありますし、
小林先輩はしっかり指導してくださっています。
係長はミスしないんですか?」
同僚1は叱られている悠真と新人を
仕事の手を止めて見ている。
そこに同僚2が通りかかる。
同僚2「最近の係長、小林さんに当たりきつくないですか?」
同僚1「うーん」
同僚1の隣の席に座っていた同僚3が話している二人に寄っていき、
同僚3「かわいそうよね、小林君。誰よりも丁寧に仕事してるのに」
同僚1「新人を見ながら自分の仕事をするのって大変だからな。
いい感じに抜くところを見つけながらやらないと」
同僚2「噂によると小林さんに大切な仕事をあまり振らないように
言われてるんだとか……噂ですけど」
悠真が戻ってくることに気づいた同僚たちは
そそくさと自分の仕事に戻る。
自分のデスクに戻ってくる悠真。
椅子に座るのと同時にため息が出る。
新人も遅れて悠真の隣の席に座った。
新人 「あんな言い方はないでしょ。上司だからって偉そうに。
人格否定までして」
悠真 「まあまあ、俺は大丈夫だから」
新人 「小林先輩は優しすぎるんですよ」
悠真 「切り替えていこう!今日もがんばろうね」
新人 「はい」
まだ腑に落ちてない様子の新人。
二人はパソコンに向かい仕事を始める。
✕ ✕ ✕
オフィスの端にあるコピー機でコピーを取っている悠真。
出てきた書類を軽く確認して自分のデスクに向かう。
自分のデスクの椅子に座ったと同時に後
ろから課長が悠真に話しかける。
課長 「小林君。ちょっと時間いいかな」
悠真 「あ、課長。はい」
課長について行く悠真。
〇同・会議室
会議室には人事部の一人が座っており、
その前には書類の入ったクリアファイルが一つ置いてある。
課長に続いて会議室に入る悠真。
課長 「君はそこに座って」
課長は椅子を指して言い、
自分はその椅子と向かい合う場所にあり、
人事部の隣の椅子に座る。
課長の隣にはすでに人事部の一人が座っている。
課長 「忙しい所ごめんね。最近どう?体調とか大丈夫?」
悠真 「まあ、はい」
課長 「そっかそっか。今日はね、ちょっと大事な話があって呼んだんだ」
悠真 「はい」
課長 「会社としての判断なんだけど、組織の見直しの中で、
総合的に判断して、小林君の今後の継続が
むずかしいという結論になりまして、」
悠真 「……えーっと、それは、」
課長 「分かるよね。小林君」
悠真 「え、」
人事部「今後についてなのですが、会社都合という形もありますが、
小林さんのキャリアなどを考えると、自主退職という……」
人事部の説明の声がどんどんこもっていき、遠くなっていく。
悠真は唖然とした顔をしたまま動けないでいる。
悠真から見えていた課長と人事部が並んで座っている景色が
どんどん霞み、歪んでいく。
悠真は変わらずに唖然とした顔をしている。
人事部「……と考えています。どうされますか小林さん」
名前を呼ばれて一気に視界と声がもとの正常に戻る。
悠真 「えーっと」
課長 「我々は君のためを思って言ってるんだよ」
人事部「自主退職にするか、会社都合とするか、どうされますか?
こういう事は早く決断してしまった方がいいと思いますが、」
課長 「ここは、自分自身のキャリアを守って自主退職。ね!」
悠真 「えっと、少し考えさせて」
課長 「(悠真に被せて)長引かせてもお互いいいことないからさ、
ここは、ね!」
悠真 「……はい……」
人事部「それではこちらの書類にサインを」
人事部がクリアファイルから紙を取り出し、
懐からボールペンを出して悠真に差し出す。
ボールペンを持ち、紙をまじまじと見つめる悠真。
それを気にせず淡々と話し出す人事部。
人事部「小林さんは有給が十八日残っていますので
こちらは消化していただきます。退職金につきましては……」
〇会社からの帰り道(夕方)
デスクにあった自分の荷物を入れた段ボールを持った悠真が
物思いにふけりながらゆっくりと歩いている。
〇悠真の家・内
持ち帰ってきた荷物を適当に放り投げ、
ベッドにダイブする悠真。
着替えずにスーツのまま布団を被る。
✕ ✕ ✕
日が沈んだが、電気をつけていない部屋の中には
テレビだけが光っており、
テレビから楽しそうな笑い声が聞こえている。
部屋着の悠真はベッドで横になっている。
そこに携帯電話が鳴り、画面にはお母さんと表示される。
悠真 「もしもし」
母の声「もしもし悠真?今忙しい?仕事中?」
悠真 「違うよ」
母の声「そう、なら良かった。今、そっちに送るものを詰めてるんだけど、
なんか必要な日用品とかある?あったら入れるけど」
悠真 「いい。大丈夫」
母の声「そうなの?……なにもない事ないでしょ。
トイレットペーパーとか、調味料とかでもいいし。
そういえば最近ちゃんと食べてる?
前忙しくてあんまり食べてないって」
悠真 「うん」
母の声「なによ、元気ないじゃない。なんかあったの?」
悠真 「俺さ……クビになった」
母の声「クビ?なにが?」
悠真 「会社クビになった」
母の声「え?!なんで?悠真、あなたなにかしたの?」
悠真 「知らない」
母の声「知らないってことはないでしょ」
悠真 「……」
母の声「……あんた、その調子ならご飯だけじゃなくてお風呂も入ってないんじゃない?」
悠真 「うーん」
母の声「戻ってらっしゃい。こっちに。
随分と帰ってきてなかったじゃない。
何も気にせずに一度もどってらっしゃい」
静かに涙を流す悠真。一度鼻をすすり、
悠真 「うん」
〇汐見坂町・バス・内(夕方)
バスの窓際の席に座って外を眺めている悠真。
外の景色は緑豊かで懐かしい雰囲気をまとっている。
〇バス停
団地の目の前にあるバス停に悠真を乗せたバスがやってきて
停まり、悠真が降りてまた走り出す。
バス停に悠真が大きなボストンバッグを持って立っている。
そして団地の方に向かって歩き出す。
〇悠真の実家・キッチン
悠真の母が夕飯の支度をしている。
家の中では古い洋楽のピアノ曲「P」が
一曲リピートで流れている。
そこにインターホンが鳴る。
母は料理の手を止め、玄関に向かう。
〇同・玄関・内
母が玄関を開けると、悠真が立っている。
母 「なによ。鍵もってるでしょ。おかえり」
笑顔で答える悠真。
悠真 「なんとなく。ただいま」
キッチンに戻っていく母。それに続いて悠真も家の中に入る。
〇同・リビング
悠真がボストンバックを持ったまま入ってくる。
母 「あんたの部屋軽くだけど片付けといたからね」
悠真 「ありがと」
自分の部屋に向かう悠真。
✕ ✕ ✕
洋楽「P」を流しているCDプレイヤーと
それに立てかかってあるCDケースが映る。
それを見ている悠真。
CDプレイヤーにそっと触る悠真。
母 「もうすぐできるわよ」
悠真 「うん」
まだCDプレイヤーを見ている悠真。
母 「ああ、あなたの部屋を掃除したときに見つけて。
最近のお気に入りなの。消しといて」
悠真 「はーい」
悠真は停止ボタンを押し、キッチンに向かう。
母はできた夕飯を運んでくる。
母 「あのCDってあの子からもらったのよね、
あの、裏山にあるお屋敷の子」
悠真 「うん。でももらったというより借りてた感じかな」
母 「あら、そうなの?その子センスいいわね。お母さんこの曲大好き」
悠真 「うん。俺も好き」
悠真も夕飯を運び、二人とも食卓に座る。
母 「かわいらしいお嬢さんだったわね」
二人はCDプレイヤーを少しの間見つめる。
少しの沈黙を元気よく破る母。
母 「さ、食べましょ。いただきます」
悠真 「いただきます」
二人は夕飯を食べ始める。
母 「あのお屋敷の家族引っ越したみたいよ。
あなたが家を出て半年くらい後だったかな」
悠真 「ふーん」
母 「いろいろ変わったのよこの辺りも」
悠真 「あー、そう?あんまり気づかなかったけど、」
母 「そうよ、会社の近くにご飯屋さんがいっぱいできたり、
高校の校舎綺麗になったり」
悠真 「そうなんだ!それは気になる」
母 「あとは、海に自由に入れなくなったりとか」
悠真 「え、」
母 「そう。フェンスが建てられて浜辺にもはいれなくなっちゃった」
悠真 「へー」
母 「高校生たちがあそこで青春してたのに、今の子達がかわいそう」
悠真 「そうだね」
母 「あと、自動販売機とかコンビニが出来たり」
悠真 「あー、コンビニ出来てたね。それは見たかも」
母 「スーパーも家の近くにできたし。
いろいろとね変化していってるのよ」
〇同・悠真の部屋
電気が消されている室内。
ベッドに入っているが、なかなか寝付けないでいる悠真。
窓からノックされるような音が部屋に響く。
ゆっくりベッドから出て恐る恐る窓を開けて周りを見渡すが
何も見つけることが出来ない。
悠真の部屋の窓は裏山が目の前にあり、
そのなかにお屋敷(琴音宅)の屋根が見える。
その屋根に立っている人影を見つける。
その人影は女性で長くまっすぐな髪の毛が風になびいている。
身を乗り出し、目をこすってみる悠真。
軽く笑って、
悠真 「疲れすぎでしょ」
窓を閉めてベッドに戻る。
〇近所のスーパー・出入口・内(次の日・昼)
出入口の隣にある求人本が入っているラックと
にらめっこしている悠真。少し考えてそのまま出入口を通る。
残される求人本。
少しもしない間に悠真が戻ってきて
適当に一冊取って去っていく。
〇第二高校前・外
悠真は綺麗になった新校舎を見ながら歩いている。
悠真 「いいなー」
そのまま通り過ぎる。
〇CDショップ前・外
CDショップの前にある自動販売機で水を買う悠真。
その時、駐車場で買ったものを開封して見せあっている
高校生ぐらいの男女を見つけ、目を奪われる。
高校生くらいの男女は悠真には気づかずに立ち去ってしまう。
悠真はCDショップに目線を戻し、少し眺めたあと、
また歩き出す。
〇浜辺前・外
浜辺と道路を隔てる堤防に沿ってフェンスが建てられている。
フェンス沿いの道を海を見ながら歩いている悠真。
少し悲しそうな表情が見える。
〇駄菓子屋前・外
古そうな駄菓子屋の前をとおりかかる悠真。
その駄菓子屋は東屋という看板を掲げている。
店の中から悠真を呼び止める声が聞こえる。
たかし「悠真!悠真だろ!」
店の中からたかしが出てくる。
悠真 「あ、」
〇駄菓子屋・内
店の中にあるベンチに座っている悠真とたかし。
たかし「最近どおよ」
悠真 「最近?そっちはどうよ」
たかし「俺?俺はー、まあ、ぼちぼち、やってるよ」
悠真 「結局継いだんだ」
たかし「うん。継いだ。なんかねー気づいたら継いでた」
悠真 「(少し笑って)そんなことあるかよ」
たかし「あるんだなー」
悠真 「店は順調?」
たかし「うん。店は順調」
悠真 「店は?」
たかし「店は」
悠真 「他は?」
たかし「……」
悠真 「彼女と別れた!」
たかし「……」
悠真 「あ、まじか。ごめん」
たかし「いいんだよ、いいんだ……お前の勘の鋭さは健在なんだな……
お前は?」
悠真 「俺の話はいいよ」
たかし「なんでだよ。いいだろ、別に」
悠真 「うーん、俺はー………なんか、どうでもいい」
たかし「どうでもいいって、なんだよ」
悠真 「うーん、どうでもいい。この一言に尽きるかも」
たかし「お前の母さん心配してたぞ、電話した時元気がなかったって。
俺にちょっとだけども話をきいてあげてほしいって
言いに来たからな」
悠真 「マジで?」
たかし「うん」
悠真 「そっかー」
伸びをする悠真。
たかし「なんかお前、暗くなったな。……暗くなったっていうか、
高校生時代の軽やかさがなくなったというか、」
悠真 「(笑いながら)軽やかさってなに」
たかし「これからどうするの?」
悠真 「知らない」
たかし「そっか」
〇悠真の実家・悠真の部屋(昼)
家に帰ってきた悠真。
ビニール袋を勉強机に置く。
そこに置いてあったハーモニカが目に入った悠真。
窓を開けて琴音宅を見る。
〇回想・悠真の部屋(昨夜)
琴音宅の屋根に立っている人影を見つける悠真。
その人影は女性で長くまっすぐな髪の毛が風になびいている。
〇回想あけ・悠真の実家・悠真の部屋(昼)
窓を開けて琴音宅を眺めている悠真。
思い立ったように部屋を出て、玄関を出る音が聞こえる。
〇琴音宅に続く山道(昼)
今では全く手入れがされておらず、
荒れている山道を悠真はキョロキョロしながら、
虫に襲われたり、行ったり来たりしながら草を掻き分けて
進んでいく。
〇琴音宅・外(昼)
お屋敷にはところどころ蜘蛛の巣がかかっている。
昔と随分と変わった外観を眺めている悠真。
悠真は正面玄関から中を覗く。
何もない広い居間が見える。
悠真はゆっくりとドアノブに手をかけ、ひねってみるが
鍵がかかっている。
悠真はゆっくりと後ろに下がり、
また周りをゆっくりと歩き始める。
しばらくお屋敷の周りを散策する悠真だったが、
誰かを見つけることは出来ずに生活感もない。
日が傾き始めたことに気が付き、来た道を戻って家に帰る。
〇同・悠真の部屋(夜)
お風呂上りにドライヤーで髪を乾かしている悠真。
窓の外は真っ暗だ。
乾かし終わると、高校の時の物を色んなところから
引っ張り出してくる。
床にアルバムや写真を広げ、一個ずつ見ていく。
高校の制服を着て友達と写っている写真や
体育祭の時の写真などがある。
アルバムを開く。
悠真のクラスのページを開く。
そこには琴音はいない。
アルバムを後ろまでめくり、
三年間の写真がたくさん載っている所の二年生のページで
手を止めた。
一緒に何かをしているわけではないが、
悠真と琴音が写っている写真を見つける。
悠真はその写真をそっと撫でて引き込まれるように
見つめている。
その時、また窓からノックされるような音が部屋に響く。
悠真は窓を開けてみると昨夜と同じところに
同じ人影を見つける。
悠真は慌てて部屋の電気を消して窓から身を乗り出し、
人影を確認する。
人影は屋根の上を少し歩き、屋根の中に入っていき
見えなくなる。
慌てて部屋を出る悠真。
玄関が開く音が聞こえる。
〇琴音宅に向かう山道(夜)
今度は迷わずにまっすぐ走って向かう悠真。
〇琴音宅・外(夜)
お屋敷に着くと、どこからか洋楽「P」のピアノ伴奏が
聞こえてくる。
正面玄関を覗いてみる悠真。
昼間と特に変わってなかったが、月光が窓から入り、
幻想的な雰囲気になっている。
悠真がドアノブをひねると、今度は開いており、
悠真はそこから恐る恐る様子をうかがいながら入る。
〇同・居間
靴を脱ぎ、ゆっくりと一歩ずつ進む悠真。
悠真 「ごめんくださーい」
弱弱しく言う悠真。
返事はない。
居間を突っ切り、キッチンを覗いてみるが、誰もいないし、
何もない。
居間から繋がっている廊下も覗いてみるが誰もいない。
1階には誰もいない事を確認して、
ピアノの音がする2階の方に目を向ける。
そのまま階段を上がっていく悠真。
〇同・階段
2階を見つめたままゆっくり一歩ずつ上がっていく悠真。
〇同・2階・廊下
階段を上がり切ったところで一度立ち止まり、周りを見渡す。
少し開いていて、光が漏れているドアをみつける。
ゆっくり近づく悠真。
ピアノの音がどんどん近くなる。
〇同・琴音の部屋
ピアノの音が聞こえる部屋の扉をゆっくりと開ける悠真。
そこには高校の制服を着た見覚えのある女の子が
ピアノを弾いている後ろ姿が見える。
ドアを開けたまま固まる悠真。
あっけにとられ目を見開いている。
女の子は悠真が見ている事に気づかないまま
楽しそうにピアノを弾き続ける。
ゆっくりと一歩ずつ前に進む悠真。
顔を確認するように少し離れた場所から
女の子の横側に回り込む。
そこから見えた女の子の横顔は琴音の横顔だ。
また驚いて固まる悠真。
悠真 「……」
少ししてから琴音は悠真が立っていることに気づく。
二人は少しの間見つめ合い、
琴音の顔には喜びが滲み出てくる。
琴音 「私の事、覚えてる?」
驚きながらもうなづく悠真。
琴音が勢いよく悠真に抱きつく。
固まってしまう悠真。
琴音は改めて満面の笑みで悠真の顔を見て、
琴音 「会いたかった」
もう一度琴音は悠真に抱きつく。
その後、琴音は部屋の隅に一つだけ残された丸椅子を
悠真の後ろに持ってきて置き、
琴音 「座って!話したいことがたくさんあるの!
ごめんね、見た通りもうこの家には何もなくて、
お茶は出せないんだけど」
琴音はピアノの椅子に座り、悠真と向き合う。
せわしなく動く琴音を目で追っていた悠真は椅子には座らず、
まだあっけに取られている。
琴音は手で悠真に座るように促す。
悠真はそれに気づいてぎこちない動きで座る。
琴音 「久しぶり」
まだ警戒が解けない悠真。
悠真 「うん」
少しの沈黙。
悠真は目の前のことが呑み込めないでいる。
琴音 「元気だった?」
悠真 「うん」
琴音 「帰ってきたんだね」
悠真 「うん」
琴音 「……私の事怖い?」
悠真 「いや、そんなことは、」
琴音 「(苦笑い)そうだよね。死んだはずの人が急に現れたら怖いよね」
悠真 「怖くない!怖くないよ」
琴音 「そう?なら良かった」
笑顔になる琴音。
琴音 「もう、……二十七歳、だよね」
悠真 「うん……十年たったね」
感慨深そうに悠真を見つめる琴音。
琴音 「うん」
悠真 「その、琴音は今までなにしてた?っていうか、その、
ずっとここにいたの?」
琴音 「そうだよ。ずっといた。家族は引っ越して行っちゃったけど」
悠真 「うん。母さんに聞いた」
周りを見渡す悠真。
ベッドも机もないガランとした部屋が見える。
琴音も一緒に見渡す。
琴音 「なにもないでしょ」
悠真 「うん。ついて行かなかったの?ここから動けないとか?」
琴音 「ううん、動ける。でも行かなかった」
悠真 「そうなんだ」
琴音 「なんでだと思う?」
悠真を見つめる琴音。
悠真 「え、なんでだろう……」
戸惑う悠真を見て微笑む琴音。
琴音は立ち上がり、
琴音 「ついてきて」
部屋を出る琴音。
〇同・階段~1
琴音は振り返り悠真を見て手招きをして、階段を降りていく。
少し急いで部屋を出る悠真。琴音について行く。
琴音は一階の奥にあるキッチンを通り抜け、
裏口から裸足のまま庭に出る。
〇同・庭
琴音に続いてスリッパをはいて庭に出る悠真。
琴音は落ち葉を掻き分け土が被った箱を取り出す。
悠真は裸足で進んでいく琴音を見て裏口付近で
スリッパを探す。
琴音 「(悠真を振り返り)見て!」
琴音は箱の蓋を開けて悠真に中身を見せる。
そこには悠真と琴音の思い出の品、手のひらサイズの貝殻、
勿忘草の押し花キーホルダー、
ナガミヒナゲシの押し花キーホルダーが入っている。
悠真は箱の中身を食い入るように見る。
悠真 「これって、」
悠真は箱の中身の物を何個か手に取り見ている。
覚えている反応をした悠真を見て安堵の表情を浮かべる琴音。
琴音 「懐かしいでしょ」
悠真 「うん」
琴音 「隠してたんだ。私の大切なものまで処分しようとするんだから」
悠真 「あ、それよりもスリッパ」
周りを探す悠真。
琴音 「あー、スリッパ?私は無くていいんだ。ほらついてないでしょ」
琴音は悠真に真っ白な足の裏を見せる。
悠真は驚いて琴音を見る。
琴音は笑顔を悠真に見せて、悠真の手から箱を取り、
側の岩に腰を下ろす。
箱の中身を一つずつ外に出す。
またその場で立ち尽くしている悠真。
それに気づいた琴音はまた手招きをする。
琴音に呼ばれて悠真も岩に座る。
貝殻を手に取る悠真。
〇回想・浜辺(2005年・夏の夕方)
制服姿でイヤホンをつけ、寝ころんでいる琴音が
貝殻を空にかざし眺めている。
琴音の近くには勿忘草の押し花キーホルダーが付いている
スクールバックが置かれている。
押しては返す波の音が聞こえている。
そこに楽しそうに騒ぐ男子たちの声が聞こえてくる。
悠真とその友達三人くらいがビーチバレーをしている。
友達の一人が打ったボールが遠くに飛んでいき、
琴音に向かって転がっていく。
そのボールは琴音の腕にぶつかり跳ね返る。
悠真がボールに追いつき拾う。
悠真は琴音に気づき、
悠真 「桐生さんだよな。なにしてんの?」
琴音は悠真を見ながらイヤホンを外し、
琴音 「え?」
悠真 「桐生さんでしょ。ここでなにしてんの?」
琴音は見ていた貝殻を悠真に差し出しながら、
琴音 「これ見てた」
悠真はなんとなく貝殻を受け取る。
悠真 「それ、何聞いてんの?」
琴音は悠真の奥に見える空を見ている。
琴音 「綺麗……」
悠真 「え?」
琴音は夕日でオレンジに染まった空を指さし、
琴音 「ほら」
琴音がさす方向を見てみる悠真。
悠真 「ああ、そうだね」
少し離れたところから友達の声が聞こえる。
友達1「悠真―!帰ってこーい!」
悠真 「おーう」
琴音に向き直り、
悠真 「また明日」
悠真は友達が待つ場所にむかってボールを持って走り去る。
琴音はイヤホンを付けなおし、目を閉じて寝ころぶ。
〇次の日・学校の校舎裏(昼休み)
琴音がイヤホンをつけて一人でお弁当を食べている。
悠真がキョロキョロしながら通りかかる。
琴音を見つけて、少し近づく。
悠真 「たかし知らない?」
琴音 「え?」
イヤホンを外す琴音。
悠真 「たかし見てない?」
琴音 「見てない」
悠真 「そっか」
キョロキョロしながら琴音の前まで近づく悠真。
近づいてきた悠真を警戒する琴音。
悠真はポケットから貝殻を取り出して、
悠真 「これ、本当にいらないの?」
琴音 「なんで?」
悠真 「なんか、気に入ってそうだったから」
悠真と貝殻を交互に見て貝殻を取る琴音。
悠真はそのままキョロキョロしながら去る。
琴音はそれを目で追う。
○校舎内・トイレ前通路(昼)
トイレから出た悠真と両手に大きなゴミ袋を持って
ヨタヨタ歩いている琴音がぶつかる。
悠真 「お!」
琴音はヨタヨタとバランスを少し崩し、ゴミ袋を床に置く。
悠真 「ごめんごめん。手伝うよ。ゴミステーションまでだよな」
悠真が床に置いたゴミ袋の一つを持つ。
琴音は残りのもう一つを持ち、二人は歩き出す。
○校舎内・廊下
ゴミ袋をもった二人が並んで歩いている。
悠真 「あそこ、よく行くの?」
琴音 「どこ?」
悠真 「浜辺」
琴音 「うーん、たまに、気が向いた時だけ」
悠真 「そっか」
階段を降りていく二人。
悠真 「昼ご飯はいつもあそこ?」
琴音 「うん」
悠真 「俺、あそこ初めて知ったんだよね。
いつからあそこで食べてるの?」
琴音 「一年生の二学期の途中ぐらいからかな」
悠真 「へー、じゃあ一年前くらいか。あそこ、人通り少なくてよさそう。
桐生さんがいなかったら俺が明日から使ってたかも」
少し笑う悠真。
琴音 「私が先だからダメだよ」
琴音も少し笑う。
悠真 「いつもイヤホンつけてるけど何聞いてるの?」
琴音 「うーん、たぶん知らないと思うよ」
悠真 「洋楽とか?」
琴音 「いろいろ。洋楽も聞くし、日本の歌も聞くし、クラシックとかも」
悠真 「へー、クラシックとかも聞くんだ。
じゃあ、なにか楽器とか習ってるの?」
琴音 「習ってはない。趣味でピアノやってるけど」
悠真 「独学ってこと?」
琴音 「うん」
悠真 「スゴ!家にピアノあるの?」
琴音 「うん。ひいおばあちゃんが使ってたピアノがある」
悠真 「ひいおばあちゃん……スゴ、」
○ゴミステーション
琴音がゴミステーションのドアを開けてゴミを投げ入れる。
それに続いて悠真も投げ入れる。
琴音は小走りで近くの水道に行く。
蛇口をひねり手に水を溜め、ゴミステーションの横の
地面に咲いているナガミヒナゲシに優しく水をかける。
悠真はそれを、見ている。
琴音は蛇口を締めると、
ナガミヒナゲシの前に座り込み眺める。
悠真も琴音の隣に行きナガミヒナゲシを眺める。
ゴミステーションの隣に並んでしゃがみ込む二人の後ろ姿が
映る。
○教室(一か月後頃・朝)
生徒達は登校してきたり、雑談をしたり、宿題を写したり、
それぞれに過ごしている。
悠真は浜辺でビーチバレーをしていた友達と
教卓の前で過ごしている。
そこに琴音が一人で登校してくる。
それに悠真が気づく。
琴音のスクールカバンに新しく
ナガミヒナゲシの押し花キーホルダーが付いている。
勿忘草の押し花キーホルダーとナガミヒナゲシの
押し花キーホルダーがカチャカチャと音をたてて揺れている。
友達2「悠真ーお前、前の現社の授業のプリント埋まってるだろ。
見せてくんない?俺寝ちゃってさー」
たかし「(笑いながら)お前、またかよ」
友達1「(笑いながら)どうせお前もできてないんだろ」
たかし「もちろん」
友達2「たかし、お前、いっつも俺の事からかってくるくせにさー」
たかし「悠真、ごめん。俺にも見せて」
悠真 「しゃーねーなー。ロッカーから取ってきてやるよ」
友達2「ありがとう!恩に着る!」
悠真は立ち上がって教室の後ろにあるロッカーに向かう。
ロッカーからファイルを取り出し、席に戻ろうとする。
その通り道にある琴音の席に置かれたカバンに付いている
ナガミヒナゲシの押し花キーホルダーを手に取り眺める。
悠真 「これって、ゴミステーションの横に咲いてたやつ?」
琴音 「うん。この前見に行ったら誰かに踏まれて折れてたから」
悠真 「ふーん」
悠真は勿忘草の押し花キーホルダーも手に取り、
悠真 「綺麗だな」
琴音 「でしょ」
琴音は悠真に笑顔を見せる。
〇体育館・内(昼)
一学期の終業式に出席中の悠真と琴音。
校長先生がステージに立って話している。
琴音は悠真をチラチラと見ている。
校長先生の話が終わる。
先生 「校歌斉唱」
第二高校の校歌の伴奏が流れる。
生徒たちは聞こえるかどうかくらいの大きさで校歌を歌う。
まだ琴音はチラチラと悠真を見ている。
それに悠真は気づき、琴音と目が合う。
琴音は慌てて目をそらし、前を向き直す。
〇団地前の橋(夕方)
悠真とその友達が学校から帰っている。
悠真は団地に向かってそのまま歩き、ほかの友達は
その前で別の道に別れる。
たかし「ばいばーい」
友達1「じゃあな」
友達2「また東屋で」
悠真 「おう、またな」
悠真はそのまま団地の入口に向かって歩いていく。
芝生の上に勿忘草のキーホルダーが落ちているのを
見つけて拾う。
顔を上げると、琴音が通学で使っている自転車が長めの草が
生い茂っている草むらの前に置かれている。
そこから少し離れたところの草むらの中から草や、
土を付けた琴音が顔を出す。
何かを探している様子。
琴音に近づく悠真。
悠真 「これ探してる?」
琴音に拾ったキーホルダーを見せる。
琴音 「あ、あった」
琴音は立ち上がり、草むらから出てきて受け取る。
悠真 「あっちに落ちてた」
琴音 「ありがとう」
草だらけの琴音を見て吹きだす悠真。
琴音 「なに?」
悠真 「いや、いっぱい草ついてるなーって」
慌てて草を払いのける琴音。
少し恥ずかしそうにする。
悠真がキーホルダーを指して、
悠真 「それなんて花?」
琴音はキーホルダーに目を落として、
琴音 「勿忘草」
悠真 「わすれなぐさ?」
琴音 「うん」
悠真 「ふーん、綺麗だな。俺、この花好きかも」
琴音 「私も好き」
二人でキーホルダーを見つめる。
琴音 「見に来る?」
悠真 「え?」
琴音 「私の家の近くに勿忘草畑があるんだけど、」
悠真 「へー、すごい」
琴音 「見に来る?」
悠真 「いいの?」
琴音 「うん」
見つめあう二人。
琴音が嬉しそうに、
琴音 「行こ!」
琴音が先に自転車を押して歩き出し、追いかけるように
悠真も歩き出す。
山に入っていく二人。
〇琴音宅に繋がる山道
舗装された山道を上がっていく。
悠真 「その勿忘草畑はいつ見つけたの?」
琴音 「見つけたんじゃないんだ。
私のひいおばあちゃんがひいじいちゃんのことを思って
作ったんだって」
悠真 「じゃあ、家の持ち物って事?」
琴音 「まあ、そういう事かな」
悠真 「へースゴ」
琴音 「その勿忘草畑を作った理由もすごくすてきなんだよ」
悠真 「どんな理由?」
琴音 「ひいおばあちゃんは小さいころから
ずっと一途に思い続けていた人がいたんだって。
それでも、時代が時代だからお見合いをすることになって、
それでお相手に会ったら、なんと、
その人がずっと好きだった人だったんだって。すごくない?
運命感じる」
悠真 「確かにそれはすごい」
琴音 「それで、結婚したんだけど、
その旦那さんが戦争に行く事になっちゃって」
悠真 「あー」
琴音 「そう、それで徴兵に行ってから半年くらいしたら
電報で戦死したって通知がきたんだって。
それで、ひいおばあちゃんが私もあなたの事を忘れないから、
あなたも私の事を忘れないでって意味をこめて
勿忘草畑を作ったんだって」
悠真 「へー、すごくロマンチック……そんな所に俺が行っていいの?」
琴音 「もちろん。私がひいおばあちゃんにあそこ綺麗だねって言ったら、
あなたに大切な人ができたらそこに連れてきなさいって言ってた。
それに、別に封鎖してるわけでもないし」
少し驚きながら、なんとか返事をする悠真。
悠真 「そっか」
小走りで先に行く琴音。
少し進んだところで止まり、先の景色を眺める。
少し急ぎ足でついて行く悠真。
追いついたら琴音と同じ方向を見る。
悠真 「うわー、すごい……」
〇勿忘草畑(夕方)
二人の前には手入れが行き届いている勿忘草が
ブロック分けをされて咲いている。
通路もしっかりと確保されている。
勿忘草は夕日に照らされ、風に揺れている。
その景色に見とれる悠真。
そんな悠真を見て、勿忘草畑の中にある道を
走って行こうとする琴音。2、3歩進んだところで
後ろからばあやの声が聞こえる。
ばあや「お嬢様!今日は家庭教師がいらっしゃる曜日だから
早く帰るように言ったはずですよ」
悠真と琴音は声がした方を見ると、
白シャツに黒スカートの上にエプロンを付けたばあやが
小走りで近づいきていた。
琴音 「忘れてた……」
足を止めた琴音は少し悩んで、悠真をチラッと見て、
琴音 「ごめんね」
琴音は自転車に乗ってばあやの方向に走り出す。
そのままばあやを追い越し、少し行ったところで
悠真の方向を振り返り、
琴音 「そっちに降りて行ったら大丈夫だから!」
琴音は二人が来た方向を指さし言い、大きく手を振り、
ばあやを待たずに走り去っていく。
ばあや「あ、ちょっと、待って」
ばあやは悠真に軽く一礼をし、琴音を追いかける。
この一連をあっけに取られて見ているだけの悠真。
琴音が見えなくなるまでその場を動かない。
〇悠真の部屋・内(次の日・昼)
窓を開けたまま机に向かい、宿題をしている悠真。
ひと段落ついて伸びをし、窓の方を見る。
窓からはお屋敷が見えている。
そのお屋敷を何かを考える様子で見つめる。
椅子から立ち、部屋を出る悠真。
母の声「どこいくの?」
悠真の声「友達と会ってくる」
母の声「あんた今日はなにもないって」
玄関が閉まる音。
母の声「もう」
〇勿忘草畑に向かう山道
悠真はあたりをきょろきょろしながら、山道を上がっていく。
勿忘草畑が近づいてきたら、鍵盤ハーモニカの音が
聞こえてくる。
〇勿忘草畑
勿忘草畑の奥にある少し高くなっている野原に
私服姿で座っている琴音。
洋楽「P」のメロディーを鍵盤ハーモニカで弾いている。
悠真はそんな琴音を見つけて立ち止まる。
そこにある勿忘草たちは琴音の吹くメロディーを
聞いているように揺れている。
悠真に気づかず、少しの間弾いている琴音だったが、
悠真を見つけると、満面の笑みを浮かべて手を振る。
悠真は勿忘草畑の中にある道を通って琴音の横に座る。
悠真 「上手だね」
琴音 「ありがと」
琴音は色んな曲を鍵盤ハーモニカで弾く。
悠真は少し高くなった野原に座って勿忘草畑を眺めるが、
途中からは琴音を見つめている。
それに気づいた琴音は何かを高校の校歌を弾き始める。
悠真を見て、
琴音 「歌って」
悠真 「え?」
琴音 「歌えるでしょ」
悠真の返事を聞かずに同じ曲を弾き始める。
悠真 「俺、歌は苦手なんだけど」
琴音 「知ってる。私しかいないんだしいいでしょ」
琴音は校歌を弾き続ける。
悠真は渋々姿勢を正して、小さな声で歌ってみせる。
音程が高いパートになると上手く声が出ない悠真。
それを見て少し笑う琴音。
校歌の1番を歌い終わる。
満面の笑みで悠真を見る琴音。
照れくさそうに目をそらす悠真。
琴音 「じゃあ、次はー、何がいいかな」
悠真 「もういいじゃん」
琴音のポケットの中からガラケーのアラーム音が鳴る。
琴音はガラケーを取り出し、アラームを止め、立ち上がる。
琴音 「3時!モンブラン!悠真もくる?」
いきなりの出来事で驚く悠真。
悠真 「え?」
琴音 「お菓子の時間だよ!家で一緒に食べない?
たぶん予備の一つぐらいあると思う」
悠真 「い、家に?」
琴音 「うん!」
悠真 「家の人、急に行って嫌がらない?」
琴音 「嫌がらないよ!むしろ私がお客さんを連れてきた!
って感動すると思う」
悠真 「そうなの?」
琴音 「行こー!」
琴音が悠真の腕を掴んで引っ張り、悠真を立たせる。
先を歩く琴音。
服に着いた土を払う悠真。自分の服装を見て、
悠真 「あ、やっぱりやめとく、こんな格好だし」
琴音 「そんなの気にしなくていいよ!」
琴音は悠真と腕を組んで無理やり引っ張って歩く。
腕を組まれたことに少し驚く悠真。
戸惑いながらもされるがままに連れていかれる。
〇琴音宅・正門前・外
二人は腕を組んだまま正門をくぐり、
大きな正面玄関から中に入る。
琴音の声「ばあや!お客さん!」
〇琴音の部屋・内
大きめの丸テーブルを前に座る二人。
丸テーブルにはモンブランが置かれている。
ばあやがお茶を二人分持ってきて丸テーブルに置く。
緊張している様子の悠真。
ばあやはにやにやと二人を交互に見ている。
琴音 「ありがとう。ばあや。あっち行っといて」
ばあやは少し笑い、悠真にむかって、
ばあや「ごゆっくりと、楽しんで」
琴音 「いいから、ばあや、あっち行っといて」
ばあやを部屋から押し出す琴音。
悠真に向かって苦笑いしながら元の席に戻る。
琴音 「食べよ。いただきます」
二人は手を合わせて挨拶をしてから一口食べる。
琴音は悠真を見つめて、
琴音 「どお?」
琴音に見つめられてむせかける悠真。
悠真 「うん。おいしい」
琴音 「でしょ!私このモンブラン大好きなんだ!
あっ、嫌いなものとかなかった?
モンブラン苦手とか、栗がとか、」
悠真 「ないよ。大丈夫。おいしい」
琴音 「良かった」
二口目を食べる二人。
琴音 「あ!いいこと思いついた!BGM弾いてあげる!」
琴音は立ち上がり、小走りでピアノの前に行き、座る。
洋楽「P」を弾き始める琴音。
琴音 「私の大好きな曲!知ってる?」
悠真 「あー、知らない……あの、食べなよ。好きなんでしょ」
琴音 「食べてていいよ!これあなたに聞いてほしいの」
琴音は洋楽「P」の弾き語りを始める。
悠真はそれを見て笑みがこぼれる。
モンブランの三口目を食べる。
〇回想あけ・琴音宅・庭(2015年・夜)
琴音が鍵盤ハーモニカで弾く洋楽「P」のメロディーが
聞こえる。
勿忘草の押し花キーホルダーを持っている悠真。
その横で琴音は鍵盤ハーモニカを弾いている。
ワンフレーズを弾き終わると、今度は落ち葉の中から
バトミントンのラケットと羽も出てくる。
琴音は一つのラケット悠真にわたし、
二人でバトミントンを始める。
〇回想・琴音宅・庭(2005年・昼)
制服姿の悠真と琴音。
二人でバトミントンをしている。
琴音が羽を取り逃がす。
疲れて座り込む二人。
家の中からばあやが二人分の水を持って出てくる。
ばあや「お二人さん。おやつの時間ですよ」
琴音 「あ、ありがとう。ばあや」
水を受け取りに行く琴音。
自分の分を取り、悠真の分も取り、渡す。
悠真はそれを受け取り、
悠真 「ありがとうございます」
水を飲む二人。
ばあや「もう準備できてますからね」
家の中に戻るばあや。
戻るばあやを見てニヤニヤしている琴音。
琴音 「ねえ、どっかいかない?」
悠真 「どっか?」
琴音 「うん」
悠真 「どこ?」
琴音 「うーん。どっか」
悠真の腕を掴んで引っ張っていく。
腕を組まれることには慣れた様子の悠真。
悠真 「お、おやつは?」
琴音に連れていかれる悠真。
庭に出る扉の方からばあやの声が聞こえる。
ばあや「琴音お嬢様!」
琴音は気にせずに進んでいく。
悠真は戸惑いながらも流れに身を任せる。
〇回想あけ・琴音宅に繋がる山道(2015年・夜中)
琴音の後ろを悠真がついて行く。
琴音はスムーズに進めるが、
悠真はいろんな草や木に邪魔されて進むのに苦労する。
〇勿忘草畑
手入れをされていない勿忘草畑はブロックは無くなり、
勿忘草が増え、ところどころ枯れている。
琴音が先に入ってきて、勿忘草の中に隠れる。
追ってきた悠真は琴音を探す。
琴音は勿忘草の中から顔だけだし、すぐに引っ込める。
悠真は琴音が顔を出したところに向かうが
琴音は見つからない。
辺りを見渡すと、全然違う所に琴音がいる。
見つかった琴音はまた勿忘草の中に引っ込む。
追いかける悠真だが、また琴音はいない。
この追いかけっこを何度かする二人。
勿忘草畑の奥にある少し高くなっている野原に
座っている琴音。
その隣に来たのは高校の制服を着ている悠真であり、
気づけば周りは明るくなっている。
〇回想・駄菓子屋前(2005年・昼)
悠真が案内する形で駄菓子屋さんに入る制服姿の二人。
チューペットを持ってすぐに出てくる。
チューペットを割って、半分を琴音に渡す悠真。
琴音がそれを受け取ると、すぐに悠真は歩き出してしまう。
追いかける琴音。
二人が入ってきた方向から今度はたかしが
二人の方を見ながらやってきて、駄菓子屋の中に入る。
たかし「だだいまー」
〇回想あけ・第二高校・校門(2015年・夜)
制服姿の琴音と私服姿の悠真は門前まで来る。
昼に見た新校舎ではなく、
自分たちが通っていた旧校舎になっている事に気づく悠真。
琴音は悠真には構わず、校門を乗り越えて中に入っていく。
振り返り、手招きをして歩き出してしまう琴音。
悠真も校門を乗り越えて、琴音の後を追う。
〇同・ゴミステーション前
先に歩く琴音に追いつく悠真。
それに気づいた琴音は走り出す。
〇同・教室
高校二年生の時の自分の席にそれぞれが座ってみる。
席に座ったまま向き合う二人。
席を交換して座ってみる。笑いあう二人。
夜中の窓の外を眺めている琴音。
一緒に外を眺めようと入ってきた悠真は高校の制服を
着ており、十七歳の時の姿になっている。
その時、二人が見ている景色は夕日が沈もうとしている。
悠真と琴音の目が合う。
先に琴音が窓から離れる。
悠真も離れようとしたときに、琴音がすぐ近くにいて、
ぶつかりそうになるが、
琴音の体を悠真の体がすりねけてしまう。
その瞬間辺りは暗い夜中に戻り、
悠真も私服姿の二十七歳の姿に戻っている。
驚く悠真。
それに構わず、教室を出てしまう琴音。
追いかける悠真。
〇同・校門前
二人はまた校門を乗り越えて外に出る。
走り去る二人の後ろにある校舎は新校舎に戻っている。
〇CDショップに向かう道
制服姿の琴音と私服姿の悠真が楽しそうに並んで歩いている。
角を曲がると辺りは明るく昼になり、
琴音も悠真も制服姿になる。
琴音が先に走り出す。
追いかける悠真。
〇回想・CDショップ・内(2005年・昼)
並ぶCDを見て回る制服姿の二人。
楽器が置いてある場所を通りかかる。
ハーモニカを見つける悠真。
琴音がそれに気づき、いい反応を示す。
レジで悠真はハーモニカ、琴音はピアノ作曲入門の本を出す。
〇CDショップ前・外(昼)
荷物を持った二人が出てくる。
CDショップの前に自動販売機はない。
二人は仲良く走り出す。
横断歩道を渡り車が前を横切ると、辺りは暗い夜中になり、
制服姿の琴音と私服姿の悠真になる。
〇回想あけ・浜辺前(2015年・夜)
浜辺に向かって走っている二人。
浜辺にフェンスがなくなっており、
中に入れるようになっていることに気づく悠真。
浜辺に入る直前で立ち止まる。
それを気にせずに入っていく琴音。
〇浜辺(夜)
気持ちよさそうに手を広げて海に向かって走っていく。
琴音は振り返り、悠真を手招きで呼ぶ。
悠真は少し戸惑うが、歩き出す。
琴音は海に向かって叫ぶ。
琴音に追いついた時には悠真は制服姿になっており、
海の方は夕日が見える。
浜辺に二人は並んで座る。
浜辺に寄り添って座っている制服姿の悠真と琴音。
二人は一つのイヤホンを分け合い、一緒に音楽を聴いている。
たかしの声「悠真」
琴音はカバンから洋楽「P」のCDを取り出し、悠真に渡す。
たかしの声「おい、悠真」
瓶の籠を床に置く音が聞こえる。
〇回想あけ・駄菓子屋(2015年・昼)
駄菓子屋の中のベンチに座り、
チューペットを食べながら外を眺めていた悠真。
その目の前でたかしが瓶が満杯に入った籠を床に置いた音に
驚く。
たかし「足あげて」
ゆわれた通りに足を上げる悠真。
ベンチの下に籠を入れるたかし。
たかし「邪魔をするなら帰れ」
悠真 「ごめんなさい」
たかしはレジの中に入り、何かを書いている。
悠真は元の姿勢に戻り、外を眺める。
悠真 「なんだっけな、」
たかし「暇なのか?」
悠真 「俺、なんか忘れてる気がする」
たかし「まあ、暇か」
悠真 「なんだろ」
考え込む悠真。
たかし「最近なにしてるの」
悠真 「うーん」
たかし「今後の事とか考えてるの?」
悠真 「……」
生半可な返事しかしない悠真。
悠真 「たかしって、裏山に見えるあの屋根に人影って見た事ある?」
たかし「俺はないけど、見たって人はよく聞くよ」
悠真 「実際に行ってみたって人は?」
たかし「いないだろー、裏山の中にあの屋敷があるのは知ってるけど、
どう行くかは知らない人がほとんだだろ」
悠真 「あー、なるほどねー」
たかしは立ち上がり、なにか仕事をしている。
たかし「それに、あのお屋敷ってお墓もすぐ近くにあるってうわさじゃん」
悠真 「え、そうなの?」
たかし「知らねえの?桐生さんと仲良かったのに?」
悠真 「知らなかった」
たかし「家にも行ったんだろ?ニヤニヤしながら報告してきたじゃん」
悠真 「俺はお墓とか見た事ないけどな、昨日も」
たかし「昨日?え、お前行ったの?」
悠真の隣に座るたかし。
ニヤニヤしながらうなずく悠真。
たかし「マジで!なんかあった?」
悠真 「……ないしょー」
たかし「なんだよー」
悠真 「当ててみな」
たかし「えー、幽霊たちの舞踏会とか?」
悠真 「(笑いながら)なんだそれ。お前の感の鈍さも健在だな」
〇悠真の実家・リビング(夜)
食卓で向かい合って座る悠真の母と悠真。
食卓には母が作った夕飯が並んでいる。
母 「いただきます」
悠真 「いただきます」
夕飯を食べ始める二人。
悠真 「あれ読んでるの?」
悠真の目線の先には漫画が積みあがっている。
母 「あー、あれ?面白いよー。職場の人におすすめされたんだけど、
もうどっぷりはまっちゃって」
悠真 「ふーん」
漫画の良さを伝えようと、興奮気味に話し出す母。
母 「幽霊と男の子が恋に落ちる話なんだけど、
どんどん年を取って行ってしまう青年と、
幽霊だから年を取れない幽霊の女の子と、
自然と開いて行ってしまう心の距離、
そして、幽霊はずっと人間界にいる事は許されなくて、
幽霊の家族に引き離されてしまうの。
それでも一言、言えなかった言葉を伝えたい!
僕、私のことを記憶の片隅に置いてほしい
っていう気持ちが繋がると!っていう話」
悠真 「へー」
母 「やっぱり幽霊と人間っていう違う生き物が結ばれるのは
簡単じゃないっていうことよね」
悠真 「(少し笑う)幽霊と恋愛中?母さん」
母 「私自身は違うけど、してみたいかも」
笑う悠真。
母 「イケメンの幽霊がいいなー」
悠真 「(笑いながら)そっか」
いつものテンションにもどり、
母 「あ、そういえば、昨日の夜どこか行ったの?」
食べる手を止める悠真。
悠真 「なんで?」
母 「なんかバタバタ音がして、玄関が閉まる音がした気がしたから」
なんて答えるか考える悠真。
母 「まあ、いいんだけどさ」
悠真 「いいの?」
母 「うん。もうあなたも大人だし」
また食べ始める悠真。
悠真 「今日も夜出るよ」
母 「ふーん。どこに行くの?」
悠真 「高校の友達に会ってくる」
母 「ふーん。行ってらっしゃい。あ、そうだ。
あなた、いつまでこっちにいるとか決めてるの?」
悠真 「え、何も決めてない」
母 「もしあれだったら、家に完全に帰ってきてもいいし、
なんかやりたい事とかあるなら、
お金の心配はしなくていいからね」
悠真 「え?」
母 「あなたが家を出てからお金の使い道が減ってね。
だいぶ残ってるのよ。だからこの際やりたい事やりなさい」
悠真 「うん。ありがとう」
〇琴音宅・階段(夜)
軽い足取りで二階に向かう悠真。
〇同・琴音の部屋(夜)
笑顔でドアから顔を出す悠真。
琴音は窓際でイヤホンを付けて、
ノートを見ながら涙を流している。
ゆっくり琴音に近づく悠真。
悠真 「琴音?」
琴音は涙を拭いてノートを閉じ、
イヤホンを外して悠真の方に笑顔で向き直る。
琴音 「早かったね」
悠真 「どうした?」
琴音 「なんでもないよ」
笑顔で答える琴音。
琴音を見つめる悠真。
琴音はノートとポケットから出したiPod nanoを
ピアノの椅子に置き、
琴音 「今日はね、秘密の場所に連れてってあげる」
笑顔を見せる琴音。
心配そうな顔をする悠真。
琴音は部屋を出て悠真の方に向き直り、手招きをする。
そのまま歩き出してしまった琴音を追いかける悠真。
〇同・二階の廊下(夜)
琴音の後ろを歩く悠真。
琴音は奥まったところにある扉を開け、中に入る。
そこには六畳ほどで窓がなく、
中央に梯子がぶら下がっている部屋があった。
琴音はその梯子を登って行く。
ゆっくりと部屋に入ってくる悠真。
琴音は天井まで着くと天井の板を押し上げる。
すると板は動き、穴が開き、その奥には夜空が見えた。
琴音はその穴から屋根に上がる。
梯子に近づく悠真。
上を見上げていると、琴音が顔を出し、手招きをした。
琴音 「空、綺麗だよ」
ゆっくりと上がっていく悠真。
〇同・屋根の上・外
悠真が穴から顔を出す。
琴音はもう少し上に行き、棟に座ろうとしている。
悠真は琴音を見て、少し恐怖心もありながらも上がり切り、
琴音の横に座る。
琴音は気持ちよさそうに夜空を見ている。
悠真も夜空を見る。
悠真 「綺麗だね」
琴音 「うん」
静かな周りををゆっくりと見渡す悠真。
斜め下に見える勿忘草畑を見つめる琴音に気づく。
屋根から見える勿忘草畑は
昔の綺麗に整備された形はしておらず、
勿忘草が無造作に増えている。
悠真 「まだ残ってるんだね」
琴音 「勿忘草はね、何もしなくても増えていくんだよ。
増えすぎるのもよくないんだけどね」
悠真 「ふーん」
悠真の方を見ている琴音。
悠真 「本当に綺麗だったな。初めてあそこで見た景色。
今でも鮮明に覚えてる」
悠真の方を向いて、微笑みながら聞いている。
悠真 「あと、初めて琴音の家に行った時のことも忘れられないな。
俺さ、ガッチガチに緊張しちゃって、
正直、あの時に食べたモンブランの味分かってなかったんだよね」
少し笑う悠真。
琴音も笑う。
琴音 「そうなの?」
悠真 「食べ始めてすぐは本当に分からなかった。
琴音がさ、BGMって言ってあの曲を弾いてくれて、
やっと緊張が和らいだからね。それでやっと味がわかったよ」
琴音 「おいしいって言ってたじゃん」
悠真 「言った。嘘ついた」
笑いあう二人。
琴音 「私も緊張してたんだよ。
家に人を連れてくるのはあれが初めてでさ」
悠真 「そうなの?!そうは見えなかったな」
琴音 「必死に隠してたんだから。
それに、その後ばあやが悠真のことをすごく聞いてくるの、
それも普通に恥ずかしかったし」
悠真 「あー、そうなんだ」
琴音 「そうなの!あの殿方とはどんな関係なんですか?とか」
悠真 「(笑いながら)殿方って」
琴音 「次呼ぶときは事前に教えてくださいね、
おもてなしを準備しますからーとか言ってて、
おもてなしって何するの?って聞いたら、
まずバラを買ってきて、玄関とか私たちが通るところに
花びらを撒くとか言い出して」
笑う悠真。
琴音 「私よりも舞い上がってたよ。
なんかさ、自分よりも舞い上がってる人がいたら
自分自身は冷めちゃうことない?」
悠真 「あるある」
二人で笑う。
悠真 「琴音とばあやって仲良しだよね」
琴音 「まあ、生まれた時からずっと一緒だからね」
悠真 「俺がさ、ばあやに初めて会ったのは琴音があそこに
連れてきてくれた時だけど覚えてる?」
勿忘草畑を指さす悠真。
琴音 「あの時?ばあやいたっけ?」
悠真 「琴音を呼びに来たんだよ。家庭教師だったかな、が来る日だとか」
琴音 「あー、確かにそうだったかも」
悠真 「その時、琴音は自転車でばあやを追い越して帰ってたよね」
琴音 「あー、そういうことはよくあったなー」
悠真 「よくあったんだ」
笑う二人。
琴音 「……よく覚えてるね」
悠真 「覚えてるよ。琴音のこと忘れた事なんてないから」
琴音 「本当に?」
悠真 「もちろん!嘘なんかつかないよ」
琴音 「そっか、ならよかった。……悠真。私ね、前に進もうと思って」
悠真 「……前に?」
琴音 「うん。これまで長くここに残ってたけど、
でもさ、時間って進んでいくじゃん。
これはどうしても変わらない事実なのであって、
どれだけ抗おうとしても無理だからさ。進もうかなって」
この話を聞いて、ピンとはきてないが、
どこか引っかかっている様子でうつむいている悠真。
悠真 「……」
琴音 「よし。もどろっか」
立ち上がり、歩き出す琴音。
動き出す琴音を目で追う悠真。
琴音が屋根を降りて見えなくなると後を追う悠真。
〇同・琴音の部屋
部屋に戻ってくる琴音。
琴音はピアノの椅子に置いたiPod nanoとノートを取り、
ノートはピアノの上に置き、
iPod nanoは悠真の前に差し出す。
琴音 「あげる」
戸惑いながら受け取る悠真。
琴音 「忘れないでいてくれてありがとう……大好きだよ。
あの時も。今も」
ピアノの椅子に座る琴音。
悠真 「ちょっと待って」
この言葉は琴音には届かない。
ピアノの蓋を開けて、一音だけ指で押す琴音。
琴音を止めようと近づくが、
肩に触れることができる距離まで来ると、
琴音が悠真の方に向き、向かい合う形になる。
琴音は泣きそうになっているが、笑顔で
琴音 「今からあなたに向けて作った曲を演奏します。
この曲は歌い終わったらもうあなたの曲です。
大切にしてください」
ピアノに向き直る琴音。
ピアノで弾き語りを始める。
(ピュアな女子高生の初恋を歌う歌詞)
その時、高校生の悠真と琴音が部屋のドアから入ってくる。
悠真はiPod nanoから出ているイヤホンを付けている。
二十七歳の悠真は高校生の二人を見ている。
部屋の中に机と椅子が現れる。
高校生の悠真と琴音は椅子に座り、悠真は曲を聴いている。
高校生の琴音はそれを眺めている。
イヤホンを外す悠真。
悠真(十七)「すごいな。これ自分で作曲したの?」
琴音(十七)「うん。まだまだ作った曲あるんだよ。
それに録音してるんだ」
iPod nanoを指さす琴音。
悠真(十七)「すごいなー、デビューできるんじゃない?」
笑顔で言う悠真。
少し悠真に近づいて、
琴音(十七)「悠真にも作ってあげよっか!」
悠真(十七)「え!作ってくれるの?!」
琴音(十七)「うん!作りたい!えーっと、それじゃあ、
一か月後に悠真に聞かせる!」
悠真(十七)「一か月?そんなにかかるの?」
琴音(十七)「かかるよ。ちゃんと作りたいし」
悠真(十七)「わかった。一か月後ね」
琴音(十七)「約束だよ。絶対に聞きに来てね」
悠真(十七)「うん。約束」
このやり取りを見ていた二十七歳の悠真は
声を殺して泣いている。
一生懸命に演奏している琴音の姿が薄くなっていく。
悠真はそれに気づくが、何もできずに
iPod nanoを握りしめている。
曲が終わるのと同時に完全に消えてしまう琴音。
部屋には、悠真の漏れている鳴き声だけが響く。
✕ ✕ ✕
日が昇り、開いている窓から朝日が差し込んでいる。
部屋には、iPod nanoから出ているイヤホンを付け、
琴音がピアノの上に置いたノートを開き、膝の上に置き、
座ったままの悠真が寝ている。
iPod nanoには2005年に録音された曲が八曲あり、
最後に2015年に録音された曲が一曲ある事が
画面に表示されている。
ノートの開かれたページには
琴音が悠真を気になり始めた頃の日記が書かれている。
風が窓から吹き、日記のページがめくられ、
最後のページが開かれる。
そのページには、“幸せに生きてね”とだけ書いてある。
〇汐見坂町の街並み(2015年・昼)
緑豊かな山の中にある、手入れされていないお屋敷が見える。
開店前のCDショップが映る。
開店準備中の駄菓子屋が見える。
フェンスで道路と区切られている浜辺が映し出される。
手入れがされていない勿忘草畑が映る。
〇悠真の実家・悠真の部屋(昼)
求人本を見ている悠真。
悠真が向かっている机には琴音が悠真に見せた
思い出の品が入った箱が置いてあり、
もともと入っていたものに加えて、
ハーモニカと洋楽「P」のCDが入っている。
求人本には何枚か付箋が付いており、
赤ペンで書きこんだりしている。
〇駄菓子屋(昼)
並んでいるお菓子を見ながら入ってくる悠真。
たかしを見つけて、
悠真 「よっ」
たかし「おー、久しぶりだな。何してたんだよ」
悠真 「就活」
たかし「おー、そうかー、がんばれよー」
何個かお菓子を選んでレジに持っていく悠真。
会計をして、袋に入れるたかし。
悠真 「明日面接」
たかし「おっ!マジか!じゃあ、そんなお前におまけだ」
たかしはチューペットを悠真に渡す。
悠真 「ありがとう」
店を出る悠真。
たかし「がんばれよ!」
〇悠真の実家・悠真の部屋
スーツを着て、鏡の前に立ち、気合いを入れる悠真。
荷物を持ち、部屋を出る。
悠真の声「それじゃあ行ってくる!」
母の声「行ってらっしゃい!」
玄関が閉まる音がする。