
赤いピコピコサンダル
田舎の小さなニワトリ小屋で、一羽のヒヨコが生まれました。
ちょうどその時、お母さん鳥はそこにはいませんでした。
よく卵を産む烏骨鶏だったので、近所のおばあちゃんにもらわれていったばかりだったのです。
ヒヨコが最初に目を開けた時、目の前を歩いていたのは、小さな女の子でした。
女の子は真っ赤なピコピコサンダルを履いていました。
ピコ。
「あっ、この人がお母さんだ」
そう思いました。
すると反対側から、
ピコ。
「あっ、お父さんもいる」
産まれたばかりのヒヨコには、女の子の姿は大きすぎて見えません。
目に映ったのは、楽しそうにピコピコ鳴きながら歩く真っ赤なサンダルだけでした。
その日からヒヨコは、お母さんとお父さんのあとを、どこへでもついて歩きました。
畑へ。
庭へ。
縁側へ。
ピコ、ピコ。
その音が聞こえるたび、ヒヨコは羽を弾ませて駆け寄ります。
「お母さん!」
「お父さん!」
今日も会えた。
それだけで幸せでした。
やがて三か月が過ぎました。
黄色い綿毛は白い羽へと生え変わり、頭には小さなトサカが顔をのぞかせています。
もうヒヨコではなく、立派な若鶏です。
でも、お母さんとお父さんは少しも変わりませんでした。
ある日のこと。
女の子は新しい靴を買ってもらいました。
真っ赤なピコピコサンダルは、小さくなって履けなくなったのです。
おじいちゃんは、畑で枯れ草や枯れ枝を燃やしていました。
「これも、もう履けんな」
そう言って、真っ赤なピコピコサンダルを火の中へ放り込みました。
若鶏は目を疑いました。
「お父さん!」
あわてて火のそばへ駆け寄ります。
すぐ近くに落ちた左のサンダルを、小さなくちばしでくわえ、一生懸命引っぱりました。
なんとか火の外へ出せました。
その時でした。
炎の奥で、右のサンダルが燃えていました。
「あっ……お母さん!」
若鶏はためらいませんでした。
燃え盛る炎の中へ飛び込みます。
白い羽が焦げる匂いがしました。
熱い。
苦しい。
それでも夢中で、くちばしでサンダルをくわえ、何度も何度も引っぱりました。
やっとの思いで火の外へ転がすと、焼け焦げた羽で、すすを払い落としました。
「お母さん……」
「お父さん……」
「助けるのが遅くなって、ごめんね……」
若鶏は、その場で声をあげて泣きました。
それからしばらくして、一羽の雌鶏がこの家へ戻ってきました。
近所のおばあちゃんが畑仕事で転び、足を骨折して入院したため、世話ができなくなったのです。
その雌鶏は、泣きじゃくる若鶏の前まで歩いてきました。
そして、黒くすすけた顔を、大きな羽でそっと払ってくれました。
「まあ……」
雌鶏は優しく微笑みました。
「あなた、立派な烏骨鶏ね」
若鶏は首をかしげます。
「どうして、お顔がすすで黒く汚れているの?」
若鶏は隣に並んだ真っ赤なサンダル達を見つめました。
雌鶏は、焼け焦げた羽とすすだらけのサンダルを見て、すべてを察したように微笑みました。
「その黒いお顔は、すすだけじゃないわ」
「私に、よく似ているもの」
若鶏は不思議そうに聞きました。
「……あなたは、だれ?」
雌鶏は若鶏をそっと抱き寄せます。
「私は、あなたのお母さん」
「ずっと、会いたかった」
若鶏は何も言えませんでした。
ただ、雌鶏の羽は、とてもあたたかくて、どこか懐かしい匂いがしました。
その日、若鶏にはお母さんが二人いました。
命がけで守った、真っ赤なピコピコサンダルのお母さん。
そして、生まれた時からずっと、自分を想い続けていた、本当のお母さん。
どちらも、若鶏にとっては、大切なお母さんでした。
完