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「役者になってくれて、ありがとう。」#2 安心できる場所をくれる人―松坂桃李さんへ

    この連載エッセイは「作品紹介」や「演技の素晴らしさ」よりも、私がその俳優さんから「人生の何を受け取ったのか」を軸に、感謝の気持ちを込めて綴ったものです。
    第二回目は、松坂桃李さんです。

    役者には、不思議な力がある。
    誰かを笑わせる力。
    誰かを泣かせる力。
    誰かの価値観を揺さぶる力。

    でも、そのどれとも少し違う力を持つ人がいる。
    画面に映るだけで、ほっとする。
    声を聞くだけで、張り詰めていた心が少し緩む。

    「今日は大丈夫かもしれない」

    そんな気持ちを、理由もなく思わせてくれる人。

    私にとって、松坂桃李さんはそんな役者です。

    作品ごとにまったく違う人物を生きるのに、どこか共通して感じるものがある。
    それは、実直さ。そして穏やかさ。

    どれほど激しい感情を抱えた人物でも、どれほど人を震え上がらせるような役でも、その奥には人を思いやる温度が残っている気がする。

    もちろん、それは私の想像だ。

    けれど、演技とは不思議なもので、その人自身が積み重ねてきたものが、ふとした瞬間に滲むことがある。

    私は松坂さんのお芝居を見ていると、そんな瞬間に何度も出会ってきました。

    だからだろうか。
    優しい声を聞くと、胸の奥がほどけていく。

    「大丈夫」と言われたわけでもないのに、心が安心してしまう。
    それはどこか懐かしい場所へ帰ってきたような感覚で、
    忙しさに追われている日も、不安で頭がいっぱいの日も、その声に触れると「少し肩の力を抜いてもいいんだ」と思える。

    時には、その安心感に涙がこぼれることさえある。
    涙というものは、悲しい時だけに流れるものではないのだと、私は松坂さんのお芝居を通して知った。

    ずっと張りつめていた糸がようやく緩んだ時にも、人は泣くのだ。

    だから私は、松坂さんの声に惹かれる。
    優しいから、ではなく相手を急がせない声だから。

    感情を押しつけず、静かに受け止めてくれるような響きがある。

    その声には「あなたはあなたのままでいい」と言葉にしなくても伝わってくる温度があるように感じる。

    そんなことを強く感じた作品の一つが、日曜劇場『御上先生』だった。

    人と向き合うことは、正しい答えを教えることではない。
    まず相手の言葉を受け止めること。

    そんな空気が、松坂さんの演じる御上先生から自然と伝わってきた。

    人は「分かるよ」と言われるよりも「そうだね」と受け止めてもらえた時の方が救われることがある。

    その短い言葉には、否定しないという優しさと、
    急いで答えを出さなくてもいいという余白がある。

    私はその余白に、何度も救われた。

    別の作品では、大人になった夢を追う人物を演じる姿が印象に残っている。

    長い時間を生きてきた人だけが見せる穏やかな笑顔。
    夢を諦めなかった人の柔らかな表情。
    未来だけを見ているのではなく、これまで歩いてきた時間ごと抱きしめているような、その笑顔が忘れられない。

    人は年齢を重ねることで失うものもある。
    けれど、それ以上に人を思いやる深さを手に入れることもできる。
    そんな希望を感じた。

    そして、家族を思う人物を演じた映画「父と僕の終わらない歌」では、「支える」ということの本当の意味を考えさせられた。

    誰かが苦しんでいる時、魔法のような言葉は残念だけど、ない。
    不安を一瞬で消す方法も然り。

    それでも、人は誰かの隣に立つことができる。
    「大丈夫」という言葉は、未来を保証するものではなく「私はここにいる」という約束なのだと思う。

    その姿に、私は何度も涙がこぼれた。

    私はインタビュアーという仕事をしている。
    俳優さんと言葉を交わすたびに思うのは、役者という仕事は人の人生を想像する仕事なのだということ。

    目の前にいない誰かを理解しようとする。
    その人の痛みや願いに近づこうとする。
    その積み重ねがあるから、私たちは作品を通して「自分は一人じゃない」と思えるのかもしれない。
    松坂さんのお芝居を見ていると、いつも人への信頼を感じる。

    人は傷つく。間違える。弱さも抱える。

    それでも、人は人を思いやることができる。
    その静かな希望が、作品を超えて伝わってくる。

    だから私は、松坂さんがどんな役を演じても安心して見ていられるのだと思う。

    悪役でさえ、その人の人生を理解したくなる。
    怖さの奥にある悲しみを想像したくなる。

    それはきっと、松坂さんが人物を裁くのではなく、信じて演じているから。

    私はなるべく、役者さんの演技を「上手い」という言葉だけでは表現したくない。それだけではとても足りないと思うから。

    演技とは、その人が誰かの人生を真剣に想像した証。
    その想像力は、巡り巡って、見ている私たちの想像力になる。

    誰かに少し優しくなれる。
    急いで答えを出さなくなる。
    相手の事情を考えられるようになる。

    それこそが、役者という仕事が社会にもたらしているものなのではないだろうか。

    だから私は、エンターテインメントを信じている。
    物語は人を変える。
    言葉は人を支える。
    そして演技は、人の心をほどいてくれる。
    私は、その力に何度も救われてきた。

    最後に、松坂桃李さんへ

    松坂桃李さんへ。

    私にとってあなたは、どんな役を演じていても、その奥に実直さと穏やかさが見える人です。

    それは私の想像なのかもしれません。
    けれど、演技とはきっと、役者さんが大切にしているものが、知らず知らずのうちに滲み出る仕事なのだと思います。

    だから私は、あなたがどんな人物を演じても、その人を信じたくなるのだと思っています。

    あなたの優しい声を聞くたびに、張り詰めていた心が少しほどけます。
    「今日も頑張ってよかった。」

    そんなふうに思えて、気づけば涙が流れている日があります。

    きっと、その涙は悲しみではなく、安心なのだと思います。
    これから先も、あなたはさまざまな人生を生きていかれることと思います。
    その一人ひとりに出会えることを、私は楽しみにしています。
    そして、その物語の中で、また誰かが救われていくのだと思います。
    その一人が、これからも私でありますように。

    心からの感謝を込めて。
    役者になってくれて、ありがとう。

    最後に。あなたにとって、「役者になってくれてありがとう」と伝えたい人は誰ですか。