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Photo byyriica

No.893 "不快な感情"から教わったこと

    今の住所に引っ越した当時、複数もの勧誘を受けたこと…もそうですが、断る際に「いいんですか?」と揺さぶりの一言を受けたこと。

    これに強い不快を感じました。

    今思うと、表向きは確認の体裁を取りつつ、実際は相手の判断力(価値観)に揺さぶりをかけ、隙あらばお金を多く頂こうという意図が見え隠れ。

    しかもそれが、生活の立ち上げ期。
    あまりにタスクが多く、脳が疲れやすい時期にそのような一言を放たれると、当時のわたしのように不快だったり、人によっては安心したり?

    振り返ると、あの当時不快に感じたことが自衛力を強化すべきというサインだったのかも?
    と受け止めています。

    「いいんですか?」は、断った選択に対して「それは間違ってますよ」的な含みを持たせる一言。
    個人的には、自分の生活圏や心的な領域に無断侵入するつもりだなという感覚です。

    不慣れなことや悩みを抱えると、思考力が落ちて、普段はできてる適切な判断が難しくなります。
    ああいう売り方は正当なやり方以上に効率良く儲かるのだから、多くの人が手を付けるし、その理由はわたしたちが与えている可能性もあります。

    不快に感じるのは、自分の感受性が健全に働いている証拠
    感情をそのまま受け止めすぎると流されてしまう。

    そんな怖さを知るからこそ、身に付けた(つもりでいる)生きる知恵のひとつです。

    今もたまに勧誘はありますが、その時間は人間観察と情報のアップデートを確認する時間。
    note内だけでも関連情報は多くあり、わたしはほぼ毎日チェックしています。

    仕掛けもあれば有益な知恵もある
    社会というひとつの大きな枠で生きるゆえに湧き上がる喜怒哀楽とともに、自分軸の補強と時々他人軸の行き来をする。

    そんな生き方にこだわるのが、"自分軸で生きる"わたしなんだと再認識しています。

     
     
     
    思考(頭)・感情(心)・行動(体)を揃えた「三位一体」の自分軸で生きる 投稿数1000回達成後も止まらない毎日更新 つるむのはキライだけど、つながるのはスキ 日々のインプットとアウトプットで"わたしの人生哲学"を極める カオスな社会を泳ぐように生き延びる孤高のクリエイター

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