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Photo bysnafu_2020

No.913 未知と既知の間にいる存在

それは、自分であって他人でもあります。

自分を全面的に理解してもらうことは不可能
例えば、知識・経験・実績が豊富な人の言葉を多くの人が受け入れても、少数の人は受け入れない。

それぞれ生きた環境も違えば、価値観も違う。
同じ経験をしても見え方が違う。
他人に対して、まるで自分の分身のような見方をわたしもしてしまうことはありますが、それでは他人の存在価値を遠回しに否定しているようなもの。

これが常態化すると、対等な関係性を構築・継続をやがて破綻させるでしょう。
しかし、この考え自体を全否定するわけではありません。

なぜ?…それは、日頃から他人からの"求め"に応える責任を果たしているから。
例え全ての人に伝わらなくても、できる限り複数の他人の求めには応える。

そうすることで、周りを安心させたり、幸せにできると信じられるから。
今回の月1有料記事は、他人との関係性から責任という概念の重みと尊さを、現在のわたし目線で考察する内容です。

 
 
 
思考(頭)・感情(心)・行動(体)を揃えた「三位一体」の自分軸で生きる 投稿数1000回達成後も止まらない毎日更新 つるむのはキライだけど、つながるのはスキ 日々のインプットとアウトプットで"わたしの人生哲学"を極める カオスな社会を泳ぐように生き延びる孤高のクリエイター

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