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No.1126 言葉とじっくり向き合う時間

    言葉に一点集中できる営み
    noteや本を読む、音声配信を聴くといった行為は、わたしの体に眠る多くの言葉を目覚めさせるきっかけでもあります。

    特定の言葉を選んでそのまま言語化しても、ひとりひとりの解釈は異なり、自分自身の解釈も時間の経過とともに変わることも。
    何というか、この変化というものに対して、心が揺さぶるのです。

    それに、自分の感性を高められるし、ある解釈に違和感があれば別の解釈へ移ることが可能。
    つまり、どう思うか、どう感じるかといった選択がいつでもできる自由さが魅力的です。

    そのかわり、数字は昔から苦手。
    答えを引き出す計算力は乏しく、今やっている経理の仕事では毎日数字まみれで頭がちぎれそうなレベルでフル回転させている最中。

    食べるために苦手である数字の仕事を選んだ結果が連日のストレスフルですが、このおかげで気づいたこと、学んだこともあります。
    それは、言葉が生への欲望を与えるということ。

    より良く、諦め切れないといった(具体的な行動につなげる)動機を湧かせ、一個人として生きる存在感を肌感覚で味わえるというもの。
    もしかすると今こそ、この学びを得るに相応しいタイミングなのかもしれません。

    いつでも戻れる言葉の世界
    人間の血肉に宿る温度感が文字情報から伝わり、荒れた心を癒やす時間は貴重である。

    それもあって、noteもそうだし、読書も続けたい。
    世の中そんなに甘くないというか、厳しすぎないか?と時々思うくらいだけど、自分が選んだ行動を続けることでどういう結果が今後起こるのか?

    根拠はないけど、もしかすると大丈夫な気がするという感覚は、幻じゃないと思いたいです。


     
     
     
    思考(頭)・感情(心)・行動(体)を揃えた「三位一体」の自分軸で生きる 投稿数1000回達成後も止まらない毎日更新 つるむのはキライだけど、つながるのはスキ 日々のインプットとアウトプットで"わたしの人生哲学"を極める カオスな社会を泳ぐように生き延びる孤高のクリエイター

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