
問いの設計を考える:痛くない問いとは
導入:「問いが痛い」とは
なぜ? と聞かれると、時に胸がざわつく。
それは、問いが「正しさ」や「欠け」を暴くように響くからかもしれない。
「どうして相談しなかったの」
「なぜそれを信じているの」
そんな言葉を痛いと思ったことはないだろうか。
考察:問いが痛くなる構造
最も痛くなりがちな問いは、相手の前提を疑う問い。
これはアイデンティティを揺さぶる。
「本当にそれが好きなの?」
相手との信頼関係、環境やタイミングが整っていない場合も問いは「攻撃」になる。
さらに相手が負い目を感じている場合は、問いは「詰問」に感じられる。
そして問う側に「正しさ」があると、問いは「マウント」に見える。
これはネットの論破合戦でよくみられるパターンだ。
探求:痛くない問いとは?
それは、扉を「開く」問いであって、
決して「こじ開ける」問いではない。
無理をさせないバランスは難しい。でも不可能ではないと思う。
相手の中にある言葉を、一緒に探していく問い。
答えを迫らず「問いを持ってもいい」と伝える「提案」
実例:問いを設計するときの工夫
感覚に注目してみるのはどうだろう。
「なぜ○○したの?」ではなく、「○○ってどう感じた?」と聞く。
思考を遡ってみるのはどうだろう。
「本当にそれでいいの?」より「どんなふうに考えたの?」と聞く。
問題を考える際にも、問題が発生している部分だけでなく、
周囲の環境や構造をたどってみるのはどうだろう。
私は人に問題があるとは考えない。構造に問題があると考える。
ちなみに、問題が発見できない場合は「当たり前」を探してみることをおすすめする。
「なぜ当たり前だと思っている?」
そこから、思考を遡っていくと問いが立てやすい。
結び:問いは贈り物であってほしい
私は問いをそっと差し出す人になりたい。
刺さらない問い。
しみこむ問い。
それが、誰かの考える始まりになったら嬉しい。