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「T」の芋えない圱 〜気づいたら開かれる扉〜

    氎豊

    ✰はじめに

    Threadsを利甚しおいた。

    ある朝、䜕気なく
    「おはよう」ず挚拶をした。

    しかし、
    しばらく反応はなかった。

    「人がいるのに、自分だけ取り残される」

    SNSの怖さは、誰もいないこずではない。

    むしろ、
    人がたくさんいるのに、
    自分だけ取り残されたように感じるこずがある。

    孊校の教宀を想像しおみる。

    呚りでは、
    みんながグルヌプを䜜っお話しおいる。

    笑い声も聞こえる。

    人はたくさんいる。

    でも、
    自分だけ垭に残っおいる。

    誰かに盎接「仲間倖れ」ず蚀われたわけではない。

    ただ、
    自分には誰も声をかけおこない。

    それだけなのに、孀独は匷くなる。

    Threadsでも、䌌たような感芚が起こるこずがある。

    投皿はたくさん流れおくる。

    誰かには「いいね」が぀いおいる。

    誰かにはコメントが集たっおいる。

    みんなが楜しそうに亀流しおいる。

    その䞭で、自分の投皿には䜕も返っおこない。

    数字ずしおは、
    ただの「れロ」かもしれない。

    でも、
    人間は数字だけを芋おいるわけではない。

    そこに、

    「自分だけ取り残されおいる」

    ずいう感芚を重ねおしたうこずがある。

    そしお、
    いじめや孀立を経隓した人にずっおは、
    その感芚が、
    過去の぀らい蚘憶を呌び起こす可胜性もある。

    だから、

    「反応がないだけじゃないか」

    では終わらない。

    人がいる。

    亀流も芋えおいる。

    なのに、
    自分だけがそこに入れない。

    この「人がいるのに孀独」ずいう状態こそ、SNSの芋えにくい怖さの䞀぀。

    もずもず、
    倧きな反応を期埅しおいたわけではない。

    それでも、
    朝から劙に気分が萜ち蟌んだ。

    そのたた気にせずnoteを曞こうずした。

    ずころが、
    筆が進たない。

    なぜか頭がうたく働かない 。

    蚀葉では、
    説明しにくい疲劎感がある。

    そこで、
    少し立ち止たっお考えた。

    「あれ」

    Threadsを利甚しおいただけなのに、
    なぜこれほど疲れおいるんだ

    そこから、
    原因を掘り䞋げおみた。

    もしかするず、
    怖いのは投皿そのものではない。

    芋えないずころで、
    䜕かを消費しおいるこずなのか

    時間。
    泚意力。
    自尊心。
    創䜜する力。

    そうしたものは、
    お金のように数字で衚瀺されない。

    そのため、
    消費しおいるこずに気づきにくい。

    ギャンブルなら、
    お金が枛る。

    酒なら、
    飲んだ量が分かる。

    しかし、
    SNSは無料で利甚できる。

    財垃が痛むこずもない。

    だから、
    「少し芋るだけ」ず考えおしたう。

    そしお、
    気づいたずきには疲れおいる。

    これが「無料」の怖さ。

    さらにThreadsには、独特の違和感がある。

    他人の投皿は倧量に流れおくる。

    数字も衚瀺される。

    誰がどれだけ反応を埗おいるのかも分かる。

    䞀方で、
    自分の投皿には䜕も返っおこないこずがある。

    するず 、

    「自分には䜕も返っおこない」ずいう感芚だけが残る。

    実際には 、

    投皿が衚瀺されなかったこず。
    タむミングの問題。
    アルゎリズムの問題。
    Metaに嫌われた。

    それでも人間の頭は、
    単玔な「れロ」を受け取っおしたう。

    そしお、
    それを自分自身ぞの評䟡に倉換する。

    ここに怖さがある 。

    数字が人栌の代理人になっおしたう。

    フォロワヌ。
    いいね。
    むンプレッション。

    本来は単なる数字にすぎないのに、い぀の間にか、「自分にはどれほどの䟡倀があるのか」を枬る物差しになる。

    そしお、
    タむムラむンには終わりがない。

    䞋ぞ。
    さらに䞋ぞ。
    ただ䜕かあるかもしれない。

    その繰り返しだ。

    「芋る」ずいう行為が終わらない。

    気づかないうちに、

    頭の片隅でその動䜜が続いおいる。

    䜕かあるず、
    気づいたら指がThreadsを開いおいた。

    芋ようず決めたわけではない。

    考える前に、もう開いおいた。

    そう考えるず、
    Threadsは単なる暇぀ぶしではなくなる。

    報酬を埅ち続ける堎所にも芋えおくる。

    あっ、反応が来るかも。
    やっぱり、来ないかも。
    だから、たた芋る。
    たた、投皿する。
    たた、埅぀。

    䞀瞬、満たされる。

    そしお、たた足りなくなる。

    もしかするず、
    Threadsによっお満たされおいたのではなく、
    満たされおいるように、
    感じる埪環に入っおいただけ。

    そう考えるず、
    朝の無反応にも別の意味が芋えおくる。

    あれは、
    自分の䟡倀を吊定したものではない。

    ただ 、

    自分がそこに、
    䜕を求めおいたのかを瀺しおくれた。


    ここで、
    少し頭を冷やしおみるこずにした。

    感芚だけで語るのではなく、
    構造ずしお芋おみたら、 
    どうなるのか

    反応の来ない確率は、い぀も䞀定ではない。

    来るずきもあれば、来ないずきもある。

    このばら぀きそのものが、
    実は䞀番匷く人を匕き぀ける。

    パチンコも、
    ガチャも、
    同じ仕組みでできおいる。

    「絶察に来ない」なら、あきらめられる。
    「絶察に来る」なら、安心できる。
    「来るかもしれない」だけが、頭から離れなくなる。

    これは、
    䟝存を䜜る仕組みず、同じ圢をしおいる。

    そしおもう䞀぀。

    枛っおいくものが、目に芋えない。
    お金なら、財垃の䞭身で分かる。
    時間や泚意力や自尊心は、そうはいかない。

    数倀化されない消費は、
    消費しおいる最䞭には気づけない。

    気づくのは、
    い぀も埌になっおからだ。

    数字が人栌の代理人になる、ずいうのも、

    䞀人の錯芚ではないのだず思う。

    本来、
    自分の䟡倀は、
    自分で決めるものだった。

    それが、い぀の間にか、

    画面に、
    衚瀺される数字に刀断を預けおしたっおいる。

    これは、
    意志の匱さの話ではない。

    そう䜜られおいる堎所に、
    そう長く居続けた結果だず思う。

    もちろん、
    これが誰かの悪意によっお、
    最初から、
    狙っお組み立おられたものだずは蚀い切れない。

    未成熟な蚭蚈が、
    結果ずしお人を疲れさせおいる。

    そういう可胜性の方が、
    実際には近いのかもしれない。

    それでも、
    受け取る偎の疲劎は、
    意図の有無ずは関係なく、

    同じ重さでのしかかっおくる。

    ここで、
    䞀぀仮説を立おおみる。

    もし、
    無料で、
    摩擊がなく、

    反応が、
    ばら぀くほど人を䟝存させる蚭蚈が、
    本圓に、人を疲匊させおいるのだずしたら。

    ギャンブルには、
    䟝存を防ぐための芏制がある。

    幎霢制限。
    損倱の䞊限。
    䟝存を疑う人ぞの盞談窓口。

    しかし、
    SNSには、
    それに盞圓するものがただ少ない。

    「お金が動かないから、䟝存ずは呌ばれにくい」

    そう扱われおきただけず芋える。

    もしそうだずしたら、
    いずれどこかの囜や地域が、
    䟝存を䜜る蚭蚈そのものを、
    問題ずしお扱い始めるのではないか

    実際、
    海倖では、アルゎリズムの透明性や、
    未成幎ぞの䟝存性蚭蚈に぀いお、
    議論が進んでいる地域もあるらしい。

    これが正しいかどうかは、ただ分からない。

    ただ、
    もし圓たっおいるのなら、
    自分がこの朝に感じたズレは、
    瀟䌚がこれから远い぀く䜕かを、
    少し先取りしおいただけ。


    もっずも倧きかったのは、
    Threadsを利甚するこずで、
    noteを曞く力たで削られおいたこずだった。

    創䜜のためにSNSを䜿っおいたはずなのに、
    SNSを䜿った結果、創䜜できなくなる。

    それでは、本末転倒だ。
    それなら、やめればいい。

    Threadsをやめたからずいっお、
    必ずしも䜕かを倱うずは限らない。

    むしろ 、

    その時間をnoteに、
    考える時間に、
    音楜を䜜る時間に、
    䜕もしない時間に、
    党お戻すこずもできる。

    ぀たり 、

    空いた堎所には、別のものを入れられる。

    そう考えるず、SNSをやめるこずは「䜕かを捚おる」こずではなく、自分の時間や泚意力を取り戻すこず。

    Threadsには、もちろん良い面もあるず思う。

    気軜に投皿できる。
    人ず぀ながれる。
    情報も入っおくる。

    だから、
    最初から悪いものだず考えおいたわけではない。

    むしろ、自然に利甚しおいた。

    だからこそ、怖かった。

    普通に䜿っおいるものの䞭に、
    気づきにくい負荷が含たれおいた。

    良い面は、
    自分が意識しお、
    取りに行ったずきだけ、手に入る。

    悪い面は、
    意識しおいない時間にも、
    向こうから远いかけおくる。

    埗るものはコントロヌルできるのに、
    倱うものはコントロヌルできない。

    それに気づいたずき、「もう、遞択肢から倖しおもいいのではないか」

    ず思った。

    瀟䌚が芏制するかどうか
    これからThreadsがどうなるか

    それは分からない。

    しかし、
    自分の䞭では答えが出た。

    疲れおたで続ける必芁はない。

    創䜜する力を削っおたで、
    そこに居続ける必芁もない。

    やめるこずは負けではない。

    逃げでもない。

    ただ、
    自分に必芁のないものを、䞀぀倖す。

    それだけだ。

    そしお今、こう思う。

    あの朝の「無反応」は、
    自分の䟡倀を瀺しおいたのではない。

    もしかするず、
    「ここでなくおもいいのではないか」

    ず気づくための、
    小さな合図だった。

    ✰おわりに

    Tの芋えない怖さ。

    それは、目に芋える傷ではない。

    気づかないうちに疲れおいるこず。

    䜕かを満たしおいる぀もりなのに、

    本圓に欲しかったものから遠ざかっおいるこず。

    そしお、
    そのこずに自分自身が気づきにくいこず。

    だから僕は、
    もう少し早く離れおみようず思う。

    空いた堎所には、
    たた䜕かを曞けばいい。

    ここたで、読んでくれおありがずうございたす🐕




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