見出し画像

信じるのカタチ 〜豆太郎のミドルネームはSINZIRUだった〜


信じるという言葉をしばらく転がしていた。

簡単そうで簡単じゃない。

最初は思い込みのことだと思っていた。

でも掘っていくと、 底にもっと違うものがあった。

人は確かめてから生きていない。

明日のこと。

 誰かの気持ち。

 財布の中の紙の価値。

 約束という目に見えない糸。

確かめないまま今日も歩いている。

同じ犬を見ても。

「ただの犬」と見る人がいる。

 「うちの犬」と見る人がいる。

目に映っているものは、同じだ。

違うのは、 そこに重なっている時間の、厚みだけ。

豆太郎を見る。

鳴き声がする。

 毛の匂いがする。 

手のひらに、

ぬくもりが伝わる。

そこまではただの情報だ。

でもある時

「犬」が「豆太郎」になる。 

「豆太郎」が「大切な、うちの子」になる。

体は、何も変わっていない。

 変わったのは、僕と豆太郎の間だけだ。

だから信じるとは。 

見るためのレンズのようなものだと思う。

レンズが違えば 、同じ景色でも違う景色になる。

でもレンズを 人に預けてはいけない。

AIが言ったから。

 声の大きい人が言ったから。 

みんなが言っているから。

それだけで自分のレンズを置いてはいけない。

受け取ることと、預けきることは違う。

最後にピントを合わせるのは 自分の指でいい。

なら、自分を信じるとは、なんだろう?

「絶対に、間違わない」 ということじゃない。

間違うかもしれない。

 明日には考えが変わるかもしれない。

それでもまたレンズを覗く。

迷いながら また一歩踏み出せる自分を 握っていること。

信じるとは、 変わらないものを抱きしめることだけじゃない。

変わっていくものを、 そのまま受け入れることでもある。

昨日の自分と今日の自分は、たぶん違う。

それでも、 明日の自分には まだ伸びしろがあると、思っている。

見る。

 触れる。

 時間が重なる。

ただの情報だったものが、 気づけば意味のある何かに変わっている。

信じているものにはかたちがない。

だから人は かたちのないものに、手触りを与えながら生きている。

大切な人。 

約束。 

まだ来ていない明日。

 自分自身。

どれも目には見えない。

見えないのに 確かに背中を押している。

最後に残るのは 誰かの答えじゃない。

自分の目で見て。 

自分の頭で考えて。

自分の手で選んだという感触だけ。

私は、私を信じる。

それは、 間違えない私を信じることじゃない。

揺れながら、 

変わりながら、

それでも歩いていく、私を今日も一応信じてみる。


【信じるフィルターで豆太郎をドリップ】


一滴、二滴

落ちてくるのは

茶色じゃなくて

あたたかさ

濃さは選べない

ただ信じた分だけ

落ちてくる

苦くても飲む

それが、うちの豆太郎ブレンド

  

パッケージの裏には

小さく、こう書いてある

界 ― 存在

門 ― あたたかさ

綱 ― 手のひら

目 ― まつ

科 ― 信じる

属 ― うち

種 ― 豆太郎

学名、Credo canis mametaro

  

本品は

確かめずに

信じて淹れています

お味はいかがですか?



毎度ありがとうございます🐕




#信じるのカタチ #水豊 #エッセイ #信じる #豆太郎


いいなと思ったら応援しよう!

水豊 ありがとうございます🐕