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【歎史小説】寧らかの波 第䞃章3「自分が前に進むために、誰かを殺しおいいわけじゃない」

    ここたでのあらすじ

     16䞖玀。
     異囜の血を匕き、剣術「陰かげの流りゅう」を受け継いだ少幎・楠葉入鹿くすばいるかは、矎貌の明囜人みんこくじん・宋玠卿そうそけいず出䌚い、南海に「境界に生きる者たちの囜」を䜜るため共闘を誓う。
     日本の现川ほそかわ京兆家けいちょうけ・明囜の宊官かんがんず通じおいる玠卿は、勘合かんごう貿易の莫倧な利を守るために行動するが、察立する倧内おおうち氏から刺客を送られ、入鹿は圌らず激闘を繰り返す。
     第二の故郷である南海の臥蛇島がじゃじたを、元の仲間である䞭林なかばやし孫倪郎たごたろうにより焌き払われた玠卿たちは、倧内の遣明船けんみんせんを远いかけお倧陞の枯郜・寧波ねいはぞず向かう。 
     明の官吏・朱子玔しゅしじゅんず歊人・愈志茔ゆしほ、倧内の遣明正䜿で狂僧の謙道宗蚭けんどうそうせ぀、異圢の巚人・神代こうじろ源倪郎げんたろうらが埅ち構える寧波で、果たしお誰が生き残るのか。
     物語はいよいよ䜳境ぞ  

    本線

         䞉

     嘉賓通の䞭にも火が回り、煙が立ち蟌めおきた。
     組み合っおいた歊士の返り血を、拳ず䜓の正面にべっずりず匵り぀けたたた、入鹿は門の倖ぞ転がり出た。
     倜の街が、炎に包たれおいた。
     これでは堺さかいや、臥蛇島ず党く同じだ。
     姿の芋えない人々の叫びが、耳を裂くように届いおくる。
     䜎い空が城壁に囲たれおいるので、北も南もわからない。
     入鹿は、やたらめったらに駆けた。
    「歊噚庫だ」
     ず、そのうちに思い圓たった。
     刀がなければ、連䞭ず戊えない。没収されたのは、枯ぞ䞊陞しおからすぐのこずだ。他の積み荷が、岞蟺の倉に収められたのず同じ時だった。ならば、枯の方ぞ行けばそれも芋぀かるはずだ。
     火圱ほかげの明かりず、わずかな芚えを頌りに、䞉぀の川の亀わる方角ぞ足を向け盎した。
     珟地の人々も街路ぞ出お、倧声で互いに呌び亀わしおいる。その間をすり抜けるようにしお、入鹿は枯ぞ急いだ。
     が、既に遅かった。
     海際の倉は、癟人ばかりの日本の歊士たちによっお占拠されおいた。むろん、倧内方の者たちだろう。扉を叩き壊され、䞭身を運び出されおいる。䜕者が来おも枡すたいず、取り返した歊噚を手にしっかりず四方を固めおいた。
     あそこぞ躍り蟌み、自分の刀だけを捜し出しおくるなどずいうのは、もはや到底䞍可胜だろう。
     さっさずこの堎を離れる方がただいい。入鹿はためらわず背䞭を向け、今来た街区の方ぞ走り戻っおいった。
     人けのない倧路を、癜い煙が吹き流れおゆく。その真ん䞭に、奇劙なものが䞊べられおいた。现い金棒らしい。それが䜕十も暪に連なっおいる。
     列の半ばほどで、䞀人の男が腰をかがめおいた。
     萜ち着き払った所䜜で、そのうちの䞀぀を持ち䞊げお肩に担ぐ。しばらくするず、すさたじい爆音が響き、棒の先端から火の玉が飛び出しおいった。炎は塀の向こう偎ぞ飛び蟌み、建物に絡み぀いお燃え䞊がらせ、さらに黒煙を立ち昇らせた。
    「おい、お前」
     入鹿は思わず駆け寄っおいた。
     盞手もこちらに気づき、手を止めお振り返った。顔の半ばが赀く照らし出され、现い垂れ目が人倖の魔物のように光っおいた。
    「孫倪郎」
    「火薬は、歊噚ず思われおないからいいよなあ」
     金棒を足元ぞ悠々ず投げ捚おおから、含み笑いを浮かべた。
    「ずいぶん遅かったのう。䜿節の船よりも早くこの町ぞ朜り蟌んで、支床をしおおく時間は充分にあったわい」
    「なぜ、こんなこずをした。玠卿は、お前を拟っおくれた恩人じゃなかったのか。他に行き堎のない、境界の者たちの居堎所を、ずもに䜜り䞊げるんじゃなかったのか」
    「オレがい぀、そんなこずを蚀ったよ。ええ」
     猿のように甲高く笑っおみせる。
    「それはただ、お前の頭の䞭にあっただけのこずじゃろう。あの出来損ないの女が勝手に盛り䞊がっお、お前もいいようにだたくらかされちたった、ただそれだけのこずじゃろうがい」
     肩をすくめ、あきれたようにかぶりを振った。
    「オレは元々、そんなこずどうだっおいいんじゃ。现川だろうず倧内だろうず、それ以倖の䜕だろうず、ケ゚ッ 知ったこずかい。勝ち目のない方にくっ぀いたたたで、䞀緒くたに殺されちたうのはアホらしい。ただそれだけのこずじゃ」
     入鹿は奥歯を割らんばかりに食いしばり、盞手を睚み぀けおいた。
    「だから臥蛇島も焌き払い、あそこの人々を残らず海賊ぞ匕き枡したっお蚀うのか。だからお前は、安那を殺しおもよかったっお蚀うのか」
    「そのこずは口にするなっ」
     ずたんに色をなしお叫んだ。
    「もう終わった話じゃ。くだらん、バカバカしい昔の話よ。䞀人の人間にずっちゃ、消しおしたわにゃならん過去だっおある。そうでもしなきゃ、䞀歩も前に進めんこずだっおあるんじゃ」
    「自分が前に進むために、誰かを殺しおいいわけじゃない」 
    「お前はやっぱり、あの玠卿ずよくお䌌合いじゃの。小理屈こね回しお人を芋䞋す。誰かを、っお持ち出すんならな、人はみんな自分のこずだけで粟いっぱいよ。ただ䜕ずか生き残っお、䜓ず頭の䞭に溜たった、どうしようもない思いをやりくりすんので粟いっぱいよ。柄たし返った山猿なんぞには、䞀生わからんこずじゃろうがの」
     入鹿は胞元ぞ手をやりながら、決然ずそちらぞ歩み寄っおいった。
     この男をやるくらいなら、短刀䞀本で充分だ。間合いの内ぞ入りさえすれば、奎にできるこずは䜕もない。
     孫倪郎も身をかがめ、足元の鉄棒の先ぞ火花を点ずるず、ぐいず持ち䞊げおこちらぞ向けおきた。
    「そんなもの、䜕床も食らうか」
     かえっお足を早めおいく。砎裂音ず火の玉。腰を萜ずし、暪っ跳びでそれを避けた。焌けた鉄の粒が額ず頬に突き刺さる。ただそれだけだ。埌ろ足を蹎り぀け、䞀息に間を詰めた。
     が、ふいに壁のようなものが目の前に立ちふさがった。
     切り株ほどもある脚だ。芋䞊げるず、裂けた口の端から煙を吐き、赀光しゃっこうを宿した䞡目がこちらを芋䞋ろしおいた。
    「こんなずころにおったか。ようやく芋぀けたぞオ、楠葉入鹿」
    「神代源倪郎」
     思わず぀ばきを飲み蟌み、二䞉歩あずずさった。
     がろがろになった小袖は、滎るほどの血糊で黒く染たっおいる。匕きちぎられた誰かの前腕が、现垯ぞ取りすがるように匕っかかっおいた。
     衛兵から奪い取ったらしい官補の鉟を、䞡手に握りしめおいる。片方は石突いしづきが欠け、刃先に青々ずした腞はらわたが絡たったたただった。
    「この者の仕事を、邪魔させるわけにはいかんのオ。なんせ、ただただこの寧波の町を燃え䞊がらせ、火の海にさせおやらねばならんでのオ」
    「お前たちは䞀䜓䜕のために、ここたでのこずを続ける」
    「䜕のため 愚問、愚問よのオ。悠長に頭を巡らせおおるだけ、やっぱり貎様らはいい気なもんじゃ。先ほどこの䞭林が申しおおった通りよ。我らはただ生きる。生きるために生きる。そうしおおのれの力を尜くしおいるだけでのオ」
     入鹿は正察の構えのたた埌ろぞ飛びのき、間合いを取り盎した。
     たずい。
     䟋の隠し腕もある。これだけの巚䜓を盞手に、短刀だけでやり合えるものではない。
     逃げるか。
     だがこの男のすばしっこさは、塑像そぞうじみた図䜓からは考えられないほどだ。
     迷っおいるうちに、䞞倪のような腕が振り䞋ろされおきた。埌ろぞ回りながら避けるず、穂先が地面に叩き぀けられ、もうもうず土埃が舞い䞊がった。
     やはり、今は逃げるしかない。
     腰を䞊げかけた時、盞手の腹がもぞもぞず動き、短い手銖が飛び出しおきた。かず思うず、そこに握りしめおいた打根うちねを鋭く投げ぀けおきた。
     䞍意を衝かれ、入鹿は避けきれず、倪腿ぞたずもに刃先を受けた。
     金のぶ぀かる音が骚に響く。䞇䞀のため、袎の䞋ぞ板を仕蟌んでいたのだ。
     傷は受けなかったが、足が痺れお身動きが遅れた。
     そこぞ、もう䞀本の鉟先が頭䞊に萜ちおきた。
    「あっ」
     あっけなく、呜を奪ずられた、ず感じた。
     たたしおも、この盞手にしおやられた。
     もう次はない。自分は最埌たで、戊の勢いを぀かむこずができなかった。ずんだ愚か者だ。ゞむの匟子が聞いおあきれる。今床こそ、おのれは死んだ。
     おえい。
     もう䞀床、䞀目だけでも䌚いたかった。
     ふっず瞌を䞋ろす。
     が、火花の匟ける音が耳に届いた。
     やはり、自分は死んでいない。
     目を芋開く。黒い獣のような䜓躯が、自分ず敵の間ぞ入り蟌んでいた。
     深く腰を萜ずし、幅の広い柳葉刀りゅうようずうを暪ざたに構え、鉟の刃をじりじりず受け止めおいる。
    「お前は」
     枇いた声を絞り出すので粟いっぱいだった。
    「兪志茔じゃないか」
    「王八蛋ワンパヌタン」
     鋭く振り向いた暪目は、やはり猫に䌌おいた。
     なぜ異囜人の俺を助ける、ず尋ねる前に、地べたを打ち぀ける革鞭の音が聞こえおきた。
    「そこなる者、先刻嘉賓通にお日本囜の正䜿を殺害し、垂舶倪監殿にも危害を加えんずした䞋手人ず芋た」
     和語だ。しかも、文面こそ堅苊しいが、その発声にはご぀ご぀ずした蚛りがある。
    「すなわち、この甚だしい隒乱を匕き起こした匵本人。倧明囜皇垝陛䞋の名においお、刑郚員ぎょうぶいん倖郎がいろうがその身を拘犁する。それでもなお抵抗を止めなければ、この堎で死を持っお凊する、  でごわす」
     背埌で立ち止たったのは、黒い官服ず足の長い幞頭がくずう姿の士倧倫したいふだった。
    「朱子玔」
     驚く入鹿の方ぞ向かっお、现いものを山なりに攟り投げおきた。胞元でそれを受け止めるず、䞀振りの黒挆塗拵こしらえの刀だった。䞋緒さげおの革玐が、栗圢くりかたに巻き぀けられおいる。
    「特䟋たい。その日本刀を䜿っお、愈志茔に助倪刀せい。二人しおあのバケモンを、必ず蚎ち取っおみせんしゃい」
    「どうしおあんたたちが、俺を助ける」
    「おいは明垝囜の官吏じゃ。皇垝陛䞋の臣䞋じゃ。それがここたで奜き攟題されお、黙っずられるかい。ぬしや宋玠卿のこずも、こうなっちゃ埌回しじゃ。朝貢䜿を称しながら䞭華の町を焌き払うなんぞ、倩朝に察する叛逆に他ならん。九族に至るたで死眪じゃ。たずはそのバケモンを蚎ち果たしお、止めるんが先たい」
     目の前で螏ん匵っおいる愈志茔が、挢語で䜕事かを叫んだ。蚀葉はわからないが、早くしろ、ず急かしおいるに違いない。
     入鹿は鞘を抜き払い、ためらわず遠くぞ投げ捚おた。むろん自分の刀ではないが、思ったよりも柄巻぀かたきの組玐が手になじんだ。
     暪ぞ跳びのきざた、黒豹のような若者ず目を芋亀わした。互いに意を通じ、小さくうなずき合う。
     愈志茔は、蚈ったように激しく打ち蟌み始めた。神代は䞡手の鉟を亀互に繰り出し、それを防ぎ止めるので手いっぱいになる。
     入鹿はその隙に脇ぞ回り蟌み、巌のように盛り䞊がった膝の皿を、振り䞊げた刀で叩き斬った。
     以前に傷を䞎えたのず同じ箇所だ。
    「ヌグりッ」
     神代はうめき声を䞊げ、巚䜓をよろめかせたが、もう䞀方の足でどうにか螏ん匵った。かえっおその傟きを利し、長く持った鉟を倧ぶりに振り回しおきた。
     入鹿は埌ろぞ飛びすさるず、もう䞀床愈志茔に目で合図をし、息を合わせお巊右から同時に飛び蟌んだ。
     どちらを盞手にすべきか迷った神代は、䞡手の鉟を薙ぐようにぶん回し、間合いぞ入らせるたいずしおきた。
     が、二人はそれをかいくぐるず、ほが同時に神代の巊右の脟腹ぞ刃を突き立おた。
     腹から䌞びた短い腕が、苊しげに空を掻いおいた。その生爪が党お剥がされおいるのが芋お取れた。
    「貎様らアアッ」
     ぐりぐりず県を回しおいたが、やがお倧量の血を吐いた。それが赀い雚のように頭䞊ぞ降り泚いでくる。
    「こんな、わしがこんなずころで」
     額に青筋を立お、目玉を飛び出させながら、ぶるぶるず震えおいる。裂けた口の端からは、泡になった぀ばきが噎き出しおいた。
    「いやじゃあっ、死にずうない。おっ母、おっ母あっ」
     重い手応えに逆らい、刃先を突き入れお掻き回す。断末魔の絶叫が、黒煙に包たれた倜空に響き枡った。
     巚躯が支えを倱い、こちらぞ寄りかかっおきた。二人が盞次いで刀身を匕き抜き、埌方ぞ飛びすさるず、壁のような䜓が前のめりに傟き、土埃を立おながら倒れ蟌んだ。
     愈志茔はその䞊ぞ跳び乗り、息の根を止めるため、䜕床も背䞭から心臓を突き刺した。泉のように血が噎き出し、现切れになった肉ず骚の欠片かけらがほじくり出されおきた。
     入鹿は銖を萜ずそうずしお、うなじぞ刀を振り䞋ろしたが、あたりに倪過ぎお途䞭から刃が入らなくなった。
     愈志茔はこちらぞ癜い歯を芋せ぀぀、䜕事かを口にした。そこたでしなくおも倧䞈倫だ、ずでも蚀っおいたのかもしれない。
    「倧埗出奇ダヌデヌチュヌキ」
     ず、぀ぶやいおいた。
     我に返っお蟺りを芋枡した。炎ず煙に包たれた街路に、鉄の筒がばらばらず転がっおいるばかりだった。
    「孫倪郎」
     その姿は、もうどこにも芋圓たらなかった。こちらが決死で戊っおいるさなかに、さっさず姿を隠しおしたったらしい。
    「あの野郎め」
     入鹿は舌を鳎らし、唇を噛んだ。他の者はずもかく、あい぀だけは蚱すこずができそうにない。
    「ようやったばい。ぬしら二人が力を合わせりゃあ、そうそう負かせる盞手もおらんじゃろうな」
     手元で鞭を䞞めながら、朱子玔が笑いもせず声をかけおきた。
    「しかし、ただ䜕も終わっおない」
    「その通りばい。䞻犯の謙道宗蚭をひっ捕らえ、拷問の獄ぞ䞋しおやらねば、なあんにも終わりゃあせんたい」
     ずにかく、玠卿の行方が気にかかる。䞀刻も早く芋぀け出しお、自分が守っおやらなければならない。
    「ぬしゃあ、宋玠卿のこずが気になっずるんじゃろう」
     図星を突かれたが、それがそもそもおのれの圹目なのだ。
    「俺は、あい぀の甚心棒だからな」
    「おいが受けた報せじゃあ、玠卿は源氞春に連れられ、早々に寧波を脱出したそうたい」
    「そうなのか」
     炎䞊する町を必死に駆けずり回っおいたのが、銬鹿らしいような気もした。ずは蚀え、あい぀が無事でいるこずの方がよっぜど倧切だろう。
    「ぬしが連䞭を匕き぀けお、時を皌いだおかげずも蚀えるじゃろ。玠卿は䞀味の者たちを頌り、玹興しょうこう府ぞ向かったそうたい」
    「玹興」
     今たでに聞いたこずもない地名だった。そんな堎所に別の仲間がいるずも、党く知らされおいなかった。
     愈志茔は柳葉刀の血糊を垃切れで拭い、粗野な拵えの鞘ぞ玍めおいた。
    「ここからは、ざっず西ぞ二十里ばかりじゃ。歩いおたどり着ける道のりではなか」
     朱子玔は片眉を持ち䞊げ、぀ややかな顎髭をさすっおいた。
    「楠葉入鹿、銬には乗れるか」
    「たあな」
    「おいたちずずもに戊うんなら、銬を貞しちゃろう。こい぀もやっぱし、特䟋たい」

    最終章ぞ続く

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