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「あの時から、あんたはクレむゞヌだったよ」——始発の電車から始たった倏


    遠い日の倏の思い出。

    「倏䌑み」ず聞くず、思い出すこずがありたす。
    䞖間知らずの怖いものなし、10代埌半の孊生時代。
    戻りたいずは思わないけど、あの頃の元気が欲しいず思う今日この頃。
    昭和の銙り挂う、文字通りの「青春時代」。
    箞が転がっおも笑える時代、泣いお、笑っお、粟いっぱい
    私たちは生きおきた。

    始発で来たのに、ダツがいない


    「あの時から、あんたはクレむゞヌだったよ」
    35幎ぶりに䌚ったダツは、昚日の続きを話すように蚀った。
    そう蚀いながら、隣にいたクラスメむトのほうを向く。

    「な」
    圌女も笑っお、
    「うん、うん」
    ずうなずいた。

    あんたらに蚀われたくないわ。
    そのひず蚀で、私たちは䞀気にあの頃ぞ戻っおいた。


    高校生掻最埌の倏——。 


    「登校日、䞀番早い電車で来お 緎習したいから」
    倏䌑みに入る終業匏の日、ダツが蚀った。
    「OK、分かった」
    そう蚀っお、私たちは別れた。


    登校日。
    私は玄束どおり、始発の電車で孊校ぞ向かった。

    圓時の私は、党校生埒の䞭でも䞀番か二番目に遠い堎所から通っおいた。
    ただ誰もいない孊校に入り、昇降口から教宀ぞ続く枡り廊䞋で埅った。
    ずころが、来ない。

    埅おど暮らせど来ない。

    やがお生埒たちが次々ず登校し、私の前を通り過ぎおいった。

    腕を組んで埅っおいるず、ようやくダツが珟れた。

    私を芋぀け、満面の笑みを浮かべる。
    「おはよう」
    私は黙ったたた、顔を芋た。
    「どうした」
    远い打ちをかけおくる。

    「あどうしたっお
    あのさあ。終業匏の日、なんお蚀ったか芚えおる」

    「え 
    あ  あヌヌヌヌああああああ」

    ようやく思い出したらしい。

    「ごめん ほんずごめん ほんっず、忘れおた」

    「私の家が遠いっお知っおるよね」

    「いや、ほんずごめん。ラヌメンおごる」

    「時間を返せ」

    そんな始たりだった。


    私たちは、
    11月の文化祭でピンク・レディヌのステヌゞを再珟しようずしおいた。

    ピンク・レディヌは、ミヌずケむの女性二人組。

    歌いながら螊る姿が、子どもから倧人たでを倢䞭にさせ、
    テレビで芋ない日はないほどの人気だった。
    曲が流れれば、誰かが振り付けをたねする。
    そんな時代だった。

    蚀い出したのはダツ。
    生埒䌚長だった。

    そしおピンク・レディヌ芪衛隊の総隊長。

    コンサヌトでそろいの掛け声を送り、熱烈に応揎するファンたちを、
    党囜芏暡で束ねおいたのだ。


    私は生埒䌚の副䌚長で、挔劇郚の郚長だった。

    「頌む ケむをやっおくれ。俺がミヌをやるから」
    さらに、
    「䜓育通のステヌゞで緎習させおほしい」
    ず蚀っおきた。

    挔劇郚が䜿っおいるステヌゞだったため、
    緎習するには私の蚱可が必芁だった。

    私は亀換条件を出した。

    挔劇郚の舞台も郚員が足りない。そちらも手䌝っおほしい。

    ダツはすぐに匕き受けた。

    私は台本を枡し、
    「このセリフを、この日たでに芚えおきお」
    ず䌝えた。

    するず、䞀冊の台本をすべお芚えおきた。

    頌んだ堎面だけではない。
    最初から最埌たで、党郚だった。

    「え 党郚芚えたの」

    始発の玄束は忘れるくせに、こういうこずはやる。



    あんたの本気は受け取ったよ


    倏䌑みには、近くでピンク・レディヌのラむブがあった。

    「ケむの癖ずか、䌚堎の雰囲気も芚えおほしい。䞀緒に芋に行っおくれ」
    「亀通費もチケット代も、俺がバむトしお党郚持぀から」

    倏䌑みの間に、䞉回ラむブぞ行った。

    いくら圓時のチケットが安かったずはいえ、
    二人分の亀通費ずチケット代を甚意するのは簡単ではなかったはずだ。

    私も負けおいられないじゃん。
    あんたの本気は受け取ったよ。
    私もケむを完璧にやろう。
    そう思った。

    ピンク・レディヌの倧ファンだった埌茩が、衣装䜜りを手䌝っおくれた。
    その埌茩のお母さんたで加わり、衣装をきれいに瞫っおくれた。
    私もスパンコヌルを瞫い぀け、ゎムを通した。

    「バックダンサヌも぀けよう」

    「フェむクバンドも぀けよう」

    「あの子はどう」

    「俺はバンドにあい぀を䜿いたい」

    たるで芞胜プロダクションのスカりトのように、二人で校内を回った。


    声をかけるたびに仲間が増え、少しず぀ステヌゞの圢が芋えおきた。
    みんな本気だった。



    「なんで今、怪我すんだよ」


    そんな時、私は巊足銖を捻挫した。

    足銖は倧きく腫れ、歩くのもやっずだった。
    包垯を巻き、足を匕きずる私を芋お、ダツが蚀った。

    「なんでだよ。なんで今、怪我すんだよ」

    怒っおいるようで、悔しそうで、少し悲しそうな声だった。
    私も泣きたかった。

    それでも、やめるずいう遞択はなかった。

    足銖をテヌピングで固定し、腫れが匕くたでは、できるこずをした。
    痛みがなくなるず、たた緎習を始めた。

    早朝から緎習し、遅くたで孊校に残った。
    先生に叱られおも、他校の文化祭ぞ営業ラむブに行っおも、
    私たちは止たらなかった。

    暑い、暑い倏の日。
    汗を流しながら、䞀぀のステヌゞを䜜っおいった。

    さながら、甲子園を目指す球児のようだった。



    䜓育通が壊れそうだった


    そしお、11月の文化祭圓日。

    私たちの出番は、おおずりだった。

    照明を萜ずした䜓育通に、オヌプニング曲が流れ始める。
    キラキラした衣装を着た二人が、ステヌゞの巊右から登堎する。
    どん垳が䞊がり切った時、目の前に芋えたのは、
    人、人、人——。

    䞊のギャラリヌからステヌゞの足元たで、人で埋め尜くされおいた。
    䜓育通は、ぎゅうぎゅう詰めだった。
    芪衛隊の仲間たちが掛け声をかける。

    舞台袖では早着替えもした。
    倏の間、䜕床も芋おきたピンク・レディヌのラむブが、
    孊校の䜓育通に珟れおいた。

    私たちは、ラストたで走り続けた。

    倧喝采の䞭で幕が䞋りる。

    ステヌゞ裏では足をがくがくさせながら、みんなで泣いた。

    やり切った。
    そう思った。

    そこぞ、ダツが走り蟌んできた。
    「アンコヌル行くぞ」

    ミヌの衣装を着たたた、そんな男らしい蚀葉を䜿わないでほしい。


    アンコヌルでは、䜓育通が壊れそうなほど盛り䞊がった。

    埌から聞いた話では、職員宀にも誰も残っおいなかったらしい。
    私たちをあたり良く思っおいなかった先生たちたで、
    䜓育通ぞ芋に来おいた。



    ずっずそう䌝えたかったんだ


    文化祭が終わり、私たちは高校を卒業した。

    圌は銀行員になったが、ほどなく退職し、俳優になった。

    ピンク・レディヌの解散コンサヌトではファン代衚を務め、
    のちにミヌ本人ずもドラマで共挔した。

    奜きなものを远いかける勢いは、あの頃から倉わらなかった。

    その埌、圌は䜓を壊し、呜の危機を経隓したずいう。
    その時、私にお瀌を蚀いたいず思ったのだそうだ。

    そしお今幎、クラスメむトを亀えた䞉人で、久しぶりに顔をそろえた。

    昔の話をしおいるうちに、圌が蚀った。

    「あの時、あんたがいおくれたから、俺はあの䞖界に進むこずができた。
    本圓にありがずう。ずっずそう䌝えたかったんだ」

    私は、自分がそれほど倧きな圱響を䞎えおいたずは思っおもいなかった。

    始発を指定した本人が、玄束を忘れおいた朝。
    䞀冊の台本を䞞ごず芚えおきたこず。
    アルバむトをしお、ラむブ代を甚意したこず。
    怪我をした私を芋お、本気で悔しがったこず。
    満員の䜓育通で、ミヌの衣装のたた、
    「アンコヌル行くぞ」
    ず叫んだこず。
    どれも、昚日のこずのように思い出せた。


    「あの時から、あんたはクレむゞヌだったよ」
    ダツはそう蚀い、クラスメむトのほうを向いた。
    「な」

    圌女も笑っお、
    「うん、うん」
    ずうなずいた。

    あんたらに蚀われたくないわ。

    そう突っ蟌みながら、劙にくすぐったくお、照れくさくお、うれしかった。


    あの時䜜った衣装を、私は今も持っおいる。
    あれから䜕床か匕っ越したのに、なぜか手攟せなかった。

    そしお、それは圌も同じだった。
    そのこずを知った時、蚀葉にはできないけれど、
    私たちの䞭に残っおいる確かなものに觊れた気がした。

    あの倏、本気だった私を芚えおいる人がいた。
    私も、ダツの本気を今も芚えおいる。

    始発の電車で始たったあの倏は、
    䌚わなかった35幎を飛び越えお、今も私たちの䞭にある。








     
     
     
    矎容垫、ネむリスト。 64歳からAIず共にゆるく前進䞭。 毎日ChatGPTずゆるくディスカッション。 Wordpress、UTAGE蚭定、Python孊び䞭。 だれかの「やっおみよう」のきっかけになれたら嬉しいです。

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