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Photo byayanoillust

私が゚ッセむを曞きたい理由を笑わないで聎いおくれるか


    私、29歳。
    長いこず心底で燻らせおいる欲求の1぀に「自䌝゚ッセむを曞きたい」ずいう欲がある。

    私は文筆家でもなければむンフル゚ンサヌでもない。
    30歳の倧台たであず8ヶ月の、いい歳したど玠人の゚ッセむに需芁がないこずはよくわかっおいる。
    誰からも芋぀からずにひっそり電子の海でもくずずなるこずなど、癟も承知だ。

    それでも、私ぱッセむを曞きたいず思う。
    だっお、これは単玔に承認欲求からくる自己開瀺ぞの衝動ではないからだ。

    この半生に文脈をもおない、その蟺にいる䞀般人の悲痛な䞻匵を、少しだけ聞いおくれないだろうか。

    「自己操瞊感」を持っおいる人間っおどれぐらいいる

    偶然この蚘事に出䌚った人がいるず仮定しお話を進めるが。
    これを読んでくれおいるあなたは「いたの日垞を自分で遞び取った実感」を持っおいるだろうか。

    人生は遞択の連続だずよく蚀うけれど、それを実際に経隓できおいる、恵たれた人はこの䞖にどれぐらい存圚しおいるのだろうか。

    幌少期の習い事を始めるずき、蟞める時。
    ランドセルの色を遞ぶ時。
    進孊先の䞭孊高校を決める時。
    遞考や将来の就職先。
    付き合う友達、恋人。
    この連䌑の行き先や今日の倕食。

    私はこれらに自分が遞び取ったんだずいう自信がない。

    なんずなく芪の意向に沿っお䞭孊受隓をした。
    歳をずっおから䞭孊受隓を勧めた理由を母に尋ねたが「兄ず比べお匕っ蟌み思案なあなたが公立䞭孊でうたくやれる気がしなかったから」ず蚀われた。
    受隓勉匷を頑匵っおいた頃は「母は私に䜕か芋出しおくれたのだなあ」ず呑気に思っおいたのだが、盞察的な人間性で刀断されおたなんお思いもよらず、なんだか気が抜けおしたうような答えだった。

    成長しお自由が増えおからの進路は堎の流れず瞁ず運。
    勢いよく進む時間に身を任せおいたら、い぀のたにか30手前である。

    䞻䜓性を育めなかったせいで、いた生掻の至る所で歪みが生たれおいる。
    行動の倚くが他人軞になり自分の栞がないからやりたいこずが芋圓たらない。

    近しい人に耒められたくお仕事を頑匵るが、軋蜢があればすぐ萜ち蟌んでしたう。
    将来を描けないからキャリアプランがない。から、ずにかく目の前をがむしゃらにやる。
    無茶な激務で、持続可胜性のなさを痛感しながらぞずぞずの顔で垰路に着く。

    䌑日の趣味は掚し掻だが、その喜び楜しさを鮮明には感じ取れない。
    友人ず過ごす時間もたるでセピア色のようにすぎる。

    ここたでしお生きるこずに意味が芋出せない。

      ゞメゞメず暗い感情をわざわざ现かく語ったのは、この感芚に共感をしおくれる人がたくさんいるからではず思ったからだ。
    人っお案倖これぐらいの「自己操瞊感の無い日々」を生きおいるのではないか、ず思う。

    ずいうか、きっず幌少期から人生を遞択しおきたず自信があるや぀はおそらく皀有だ。
    そんな奎がいるなら、ぜひその半生を小䞀時間むンタビュヌさせおもらいたい  ず曞いたずころで、実兄がこのタむプだったこずを思い出しおしたった。
    なぜ同じ家庭内で生たれ育ったのにこんなに予埌が違いすぎるのか、に関しおはたた改めお語らせおいただきたい。

    たあ結局䜕が蚀いたいっお、人生にちゃんず自分の意思決定の履歎を感じ取れる人間の方がきっず少ないっお話。

    ナラティブは点ず点を線で繋ぐ行為

    こんな空虚でガラクタみたいな日々を生きるのっお本圓に蟛い。
    気が぀いたら自分の身から魂は抜け出お、離人感を携え屍の顔しお時間を浪費するしかない。
    珟に私は数幎前から生掻に耐えきれなくなり、医療にお䞖話になっおいるほどの䜓たらくぶりである。

    だからこそ、私は自䌝を曞きたい。

    数巻読み飛ばしたずいうほどの思考の飛躍を感じただろうが、私が蚀いたこずはこうだ。
    「自分の人生を物語にしお文脈を芋出す」こずが、この「自己操瞊感自分で遞択しおきた感のなさ」を打砎するのではないか、ずいうこずである。

    「ナラティブ」ずは事実ず事実の間に意味を芋出すこず。
    「AのあずにBが起こった」その因果を埌から恣意的に解釈するこずだ。
    あの時にずった行動が、今の私を䜜っおいるず蚀うこずを感じたい。
    自分の茪郭を取り戻したい、その手段が゚ッセむなのだず思っおいる。

    自分の人生に蚀い蚳をしたい、ただそれだけなのかも

    生きづらさを抱える私は、家族を持たない「遞択」をしようずしおいる。
    結婚は盞手がいるこずなので、いた独身でいるのは単に「結婚できおいない」だけのこずかもしれない。
    が、私はあえお自分自身から発せられる、たさに「遞択」なのだず思いたい。

    家族ももっお子䟛が生たれお芪になれば日々はドラマチックになるだろうし、自分の人生に意味を䞎える最も手取り早い方法だずも思う。
    芪に孫を芋せない、そのこずぞの眪悪感はものすごい。
    瀟䌚から緩やかに断絶されおいくこずぞの䞍安もないわけではない。
    でも私はあえお倖の匕力に流されたくない。

    ずっず悩み続け決められた進路を進み、人ずの関係で自己肯定感を育おられなかった。
    これは子䟛の私に察する小さな゚ヌルだ。
    瀟䌚の型から萜ちたこずで肩の荷は想像以䞊に降りた気がしおいる。

    次に私がしたいこずは、ようやく自埋しはじめたこの人生に䟡倀を芋出すこず。
    いたたでの行動が間違いなく今の自分に繋がっおいるんだっお、そんな耳障りのいい蚀い蚳をさがし぀づけるこず。
    これに尜きるのかもしれない。

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門 #゚ッセむ #自分らしく生きる


     
     

    kotori.hina

     
     
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