
わが家には「夫」という名の三男がいる〜帰省編
最近、ふと思うことがある。
反抗期への免疫は出来てきた。
なのに、何だかまだ
「モヤモヤ」「ザワザワ」することがある。
何でだろう、と考える。
…あ、わが家の問題は、
反抗期だけじゃなかったんだ…
ラスボスの登場である。
そう、夫だ……
わが家に、もう1人いるはずの大人、
「夫が、ちょっとめんどくさい。」
今に始まったことではない。
夫は子どもが生まれてから、
ずっとその場所から動いていない。
本質がまるで変わらないのだ。
だって、私は夫に、
何年も、何度も同じことを言っている。
今回は、わが家の「夫」について、
私の過去の後悔と
イライラを交えて振り返ってみたい。
(ちょっと長文です…そして長過ぎるので
4部作でお届けします…!)
「帰省」という名の義務に、私と子どもたちの今しかない時間を捧げていた
夫の仕事が激務なのは、
昔からわかっている。
かなりブラック気味な職場だということも…
子どもが小さい頃から
ずっとワンオペだったし、
休みの日がわかるのは直前のこと。
だから家族旅行の計画なんて
全く立てられなかった。
なのに、長期休みだけは、
「親に顔を見せたいから」と
必ず夫の実家に帰省していた。
本当は、長期休みくらい家でやりたいことを一緒にやってほしかった。
庭作りもしたかったし、子どもと思いっきり遊ぶことも、遠出も、一緒にしてほしかった。
普段、家にいないのだから。
育児に関わっていないのだから。
そんな私の思いとは裏腹に、
チャイルドシートを嫌がって大泣きする長男を必死であやし、
昼寝の時間を計算しながら、
ひたすら帰省するのが当たり前という義務に耐えていた。
必死の思いで行っても、
義両親は仕事で不在の日も多く、
夫は長時間の運転で疲れ果て、
そこからどこかへ遊びに行く体力はない。
それどころか、実家に着くと
昼寝をしてしまうこともあった。
結局、私が
子どもたちを近くの公園へ連れて行く。
(あれ?
何のためにここまで来たんだろう……)
夫は実家に帰省するだけで満足していて、
「他にどこか行く必要ある?」という感覚だったのだろうか。
私は運転が得意ではない。
さらに方向音痴なので、
見知らぬ土地で小さな子どもたちを
1人で連れ歩くのは厳し過ぎた。
なぜ、すぐそこに観光地があるのに、
私たちは近所の公園で遊び、どこにでもあるスーパーのお惣菜を食べているんだろう。
これ、誰のための、何のための帰省なの?
誰が喜んで、何の義務を果たしているの?
せっかくの長期休み、
子どもたちと密に過ごせる貴重な日々を、
なぜこんな風に消費しなきゃいけないの?
義母は子どもたちとお風呂に入ることも、
遊ぶこともなく、何度か誘ってみたけれど、
「小さくて怖いから〜」
とやんわり断られた。
え?兄弟2人を育て上げたよね?と
何度も思った。
もちろん口にはしなかったけど。
義母のそのスタンスは、
子どもたちが幼稚園児になっても、
小学生になっても変わらないまま、
子ども達は中高生になった。
義父は遊んでくれたけれど、
帰宅が遅く朝が早いため、
関われるのは、ほんの短時間。
今でも思う。
あれは、夫の勝手な親孝行に、
私と子どもたちが都合よく使われていただけだったんだな、と。
別の場所に、家族で行きたかった。
楽しい場所で、楽しい思い出を
たくさん作ってあげたかった。
子どもたちも私も、義両親のことが好き。
滅多に会えない分、少し距離感はあるけれど、子どもたちを愛おしく想ってくれているのは、ひしひしと感じている。
だからこそ、余計に切ない。
子どもたちが一緒にどこかへ出かけてくれる、家族で楽しい思い出を作れる、
そんな「黄金の時期」を、私たちは
逃し続けてしまった気がしてならない。
後悔しても、
仕方のないことだとわかっている。
それでも私の中で、
ずっと何かがくすぶっていて、
それが今に繋がっているのを
日々感じている。
(第2部に続く…)