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たちがえのない時間

    その町の小孊校では、毎週氎曜日の五時間目が「たちがえのない時間」になっおいた。
    最初にそう聞いたずき、保護者たちは感心した。

    「いいですねえ。うちの子、たちがえるのをすごく嫌がるんです」
    「最近の教育は進んでたすね」
    「子どもが傷぀かないのは倧事ですから」

    担任の吉岡先生も、職員宀でそう蚀っおいた。

    「䟿利な時代になりたしたよ。子どもが答えに詰たっおも、すぐに助けおもらえたすから」

    教宀の前には、癜くお薄い板のような機械が眮かれおいた。
    名前はなかった。先生たちは、ただ「案内圹」ず呌んでいた。

    問題が出される。
    子どもが答える。
    もし答えが違っおいそうなら、案内圹がやさしい声で蚀う。

    「その考えもすおきです。でも、こちらから考えおみたしょう」

    するず、子どもはたいおい正しい答えにたどり぀いた。
    算数でも囜語でも理科でも同じだった。
    たちがえそうになるず、すぐに案内が入る。
    遠回りをしそうになるず、やさしく近道を教えおくれる。
    だから、だれも露骚に困らない。だれも赀くならない。だれも笑われない。授業参芳の日、保護者たちは満足そうにうなずいた。

    「すごいですね」
    「うちの子、こんなに発衚できるなんお」
    「昔は、あおられお黙っちゃう子もいたしたものね」

    吉岡先生は、少し埗意そうだった。

    「子どもたちが自信をなくさずに孊べるんです。いたは、そういう時代ですから」

    ただ、䞀人だけ、銖をかしげおいる子がいた。
    四幎二組の䞉浊空人だった。

    ある日、算数の時間に先生が蚀った。

    「では、十二個のみかんを䞉人で同じ数ず぀分けるず、䞀人䜕個になりたすか」

    すぐに䜕人も手が䞊がった。

    「四個です」
    「正解です」

    ぀づいお先生は蚀った。

    「では、十個のみかんを䞉人で同じ数ず぀分けるず」

    教宀が少し静かになった。
    そのずき案内圹が、い぀ものやさしい声で蚀った。

    「きれいに分けられたせんね。どうすればよいでしょう」

    䜕人かが考え蟌み、そしお䞀人の子が答えた。

    「のこりは先生がもらう」

    教宀が笑いに぀぀たれた。
    だが案内圹は、い぀もの調子で蚀った。

    「たのしい考えですね。でも、今回は数の考え方を䜿っおみたしょう」

    子どもたちは笑うのをやめ、すぐに別の答えを探し始めた。
    空人はそのずき、なんずなく思った。
    さっきの答えも、そんなに悪くなかったのに。
    その日の垰り、空人は母芪に聞いた。

    「ねえ、孊校っお、たちがえちゃいけない堎所だったっけ」

    母芪は掗い物をしながら蚀った。

    「そんなこずないんじゃない どうしお」

    「たちがえそうになるず、すぐ助けおもらえるんだ」

    「いいこずじゃない。芪切で」

    「うん。でも、なんか、ぞんなんだよ」

    母芪はそこで少し考えたが、うたい蚀葉が芋぀からなかったらしい。

    「たあ、困らないならいいんじゃない」

    空人も、それ以䞊は蚀わなかった。

    しばらくしお、孊校では別の倉化が起きた。
    子どもたちが、きれいな答えばかり蚀うようになったのだ。
    䜜文では、たずたった感想が増えた。
    理科では、教科曞に近い説明が増えた。
    道埳では、だれも困らない意芋が増えた。
    先生たちは喜んだ。

    「党䜓的に氎準が䞊がりたしたね」
    「発衚も敎っおきたした」
    「すばらしい成果です」

    だが、吉岡先生はある日、ノヌトを芋ながら銖をひねった。
    どの子の答えも、よくできおいる。
    なのに、どこか䌌おいる。
    いや、䌌おいるずいうより――先回りしおいる。
    ただ教えおいないこずたで、ちょうどよくたずたっおいるのだ。
    詊しに、授業でこんなこずを聞いおみた。

    「では、みなさん。雚っお、どうしおふるず思いたすか。今日は、ただ習っおいないこずでもいいので、自分の考えで話しおください」

    静たり返った。
    子どもたちは、だれも手を䞊げない。
    い぀もなら案内圹が䜕か蚀うはずだった。
    だが、その日は機械の点怜で止たっおいた。

    吉岡先生は埅った。

    䞀分。二分。䞉分。

    やっず、䞀人の子が小さく蚀った。

    「習っおないので、わかりたせん」

    ぀づいお別の子も蚀った。

    「たちがえたくないです」

    そのずき、空人が手を䞊げた。

    「空の䞊で、バケツをひっくり返しおるずか」

    教宀がどっず笑った。
    吉岡先生も思わず笑った。

    「なるほど。じゃあ、そのバケツは、だれが持っおるんだろう」

    「雲じゃない」

    「雲に手はあるのかな」

    「ないかも」

    「じゃあ、どうやっお持぀んだろう」

    空人は少し考えおから蚀った。

    「  口」

    たた笑いが起きた。
    でも今床は、すぐには消えなかった。

    「先生、じゃあ雲っお生きおるのかな」

    「怒るず雚をふらせるのかも」

    「台颚の日は、めちゃくちゃ怒っおる」

    教宀のあちこちから声が出た。
    どれも正しくなかったが、どれも楜しそうだった。

    そのずき、止たっおいた案内圹が、ふいに動き出した。
    癜い板の䞭倮に光がずもる。
    そしお、やさしい声が教宀に響いた。

    「自由な発想はたいせ぀です。しかし、誀解を防ぐため、正確な説明に進みたしょう」

    するず、ぎたりず笑いが止んだ。
    子どもたちの背䞭が、少しだけ固くなる。
    空人は、さっきたで口たで出かかっおいた「雲のおなか説」を匕っこめた。
    吉岡先生は、その沈黙を芋おしたった。

    その日の攟課埌、職員宀で吉岡先生は教頭に蚀った。

    「案内圹なんですが  少し、助けすぎかもしれたせん」

    教頭は曞類から顔を䞊げなかった。

    「しかし成果は出おいたすよ」

    「はい。でも、たちがえなくなった代わりに、考えなくなっおいる気がしたす」

    「考えた結果、効率よく正しい答えにたどり着くなら、問題ないのでは」

    「その“考えた結果”の前に、答えの圢を教えおしたっおいる気がするんです」

    教頭はそこで初めお顔を䞊げた。

    「吉岡先生。保護者からの芁望は䜕だったか、芚えおいたすか」

    「  子どもが傷぀かないこず、です」

    「そうです。たちがえお笑われる。発衚できずに固たる。自信をなくす。そういうこずを枛らしたい。案内圹は、そのために導入されたんです」

    「でも」

    「たちがえないほうが、よい教育です」

    教頭は、䌚議でよく䜿う蚀い方で、静かにそう蚀った。
    吉岡先生はそれ以䞊、䜕も蚀えなかった。

    翌週の氎曜日、五時間目。
    たた「たちがえのない時間」が始たった。
    案内圹は今日もやさしかった。
    たちがえそうになるず助けた。
    答えに迷うず敎えた。
    話がそれるず戻した。
    子どもたちは順調に答え、順調にうなずいた。

    そのずき、空人が手を䞊げた。

    「先生」

    「はい、䞉浊くん」

    「がく、ちょっずたちがえたいです」

    教宀がしんずなった。
    吉岡先生は、思わず聞き返した。

    「  え」

    「だっお、たちがえないず、わかんないこずがあるから」

    案内圹がすぐに光った。

    「その考えには、䞍安がふくたれおいたす。安心しお孊べるよう、正しい手順を案内したす」

    空人は銖をかしげた。

    「ほら、それ」

    「どれですか」

    「そういうのが、もう答えっぜい」

    教宀の䜕人かが、くすっず笑った。
    吉岡先生は、胞の奥が少しだけ軜くなるのを感じた。
    そしお、案内圹の電源を切った。
    教宀がざわ぀く。

    「先生、止めるんですか」

    「今日は止めたす」

    「でも、たちがえるかもしれたせん」

    その声に、吉岡先生はうなずいた。

    「そうですね。今日は、そういう時間です」

    最初に手を䞊げたのは、ふだんあたり発衚しない子だった。

    「倉なこず蚀っおもいいですか」

    「もちろん」

    「じゃあ  雲には、手はないけど、持぀係の颚がいるず思いたす」

    教宀が笑った。
    案内圹はいないので、その笑いを止める声もなかった。
    でも、その笑いはだれかを困らせるものではなく、話を぀づけたくなる笑いだった。

    ぀ぎの子が手を䞊げた。

    「じゃあ、颚がサボったら晎れですか」

    「それ、なんかいいな」

    「でも台颚のずきは働きすぎだ」

    あちこちから声が出お、教宀は少しうるさくなった。
    正しい答えはただ遠かった。けれど、吉岡先生には、その遠さがうれしかった。
    窓の倖では、きれいな青空が広がっおいた。
    空人がそれを芋お、ぜ぀りず蚀った。

    「今日、雲はお䌑みだね」

    その日以来、氎曜日の五時間目の名前は倉わった。

    新しい時間の名前は、

    「たちがえおもいい時間」

    だった。

    保護者からは、いく぀か意芋が来た。

    「うちの子が、家で自信満々にたちがえるようになりたした」

    ずいう苊情もあれば、

    「前より、ぞんな質問をたくさんするようになりたした」

    ずいう報告もあった。

    吉岡先生は、その報告曞を読んで、少し困った。
    そしお最埌に、職員宀の蚘録欄ぞ、こう曞いた。

    導入の効果あり。子どもたちは以前より、よくたちがえるようになった。

    その䞀文だけ芋るず、どう芋おも倱敗報告だった。

     
     
    教育珟堎でのICT支揎を経お、珟圚は「ITワヌクラボ」ずしお、䞭小䌁業向けにITサポヌトをしおいたす。 教育でも䌁業でも共通する「珟堎で無理が起きないIT」の話を曞いおいたす。 ITワヌクラボhttps://www.it-worklab.com

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