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<小説>もうひとつの偏愛(HENAI)

    「ねぇK子、今日の天気は?」
    「今日の天気は晴れ時々曇りです。最高気温は32度で、最低気温は26度の予想です。今から午後8時までの降水確率は10%です」
     スピーカーからは、女性の透き通った声がフラットに流れて来る。
    「マジか! 雨が降らないのは良いけど10月で32度は暑すぎだろう!?」
    「年々平均気温は上昇しています。よろしければ、今日から年末までの最高気温の動向予測を調べましょうか?」
    「いや、そこまではしなくていいよ」

     スマートスピーカーとのたわいない会話が、いつものように今朝も繰り返される。スマートスピーカーからAIが使えるようになって、もう随分と月日が経った。今ではかなり複雑な会話もできるようになった。呼びかける合図も、決まりきったAIの名前ではなく自前で付けることが出来る。一人暮らしの成年男子としては、名前も声も男よりは女の方がいいかなと思ってこうなった。K子というのは、高校時代に付き合っていた彼女の名前からとった。もちろんそのことは、今の彼女には内緒にしている。

    「ねぇK子、今度の彼女の誕生日には、何をプレゼントしたらいいと思う?」
    「田中直美さんですね。今までにお聞きした彼女の趣向から推察した場合、読書がお好きなようなので、図書券などはいかがでしょうか?」
    「ああ、その手があったか。現金を渡すわけにはいかないし、どんな本が好きなのかは分からないから、それがいいかもね」

     AIは、これまでの僕との会話内容を全て記憶してくれている。今までに入力された情報も参照した上で、いつでも的確な答えを導き出してくれる。しかし何事にも成功があれば失敗もある。この時のアドバイスは裏目に出てしまった。

    「ねぇK子、先日の彼女の誕生日プレゼントだけど『私はあなたに選んで欲しかった』って言われちゃったよ。『だってどんな本が好みか分からないよね?』って言ったら『あなたは私に興味がないんでしょうね』って言われちゃったよ」
    「それは残念な事をしましたね。……田中直美さんの事は確かにお好きなんですよね?」

     K子にそう聞かれてはっとした。確かに直美は顔は美人でスタイルも抜群だ。やさしいし教養もあって交際相手としては申し分無い。社内でも人気の的で、最初に彼女の方から交際を申し込まれた時は、かなり舞い上がってしまったものだ。しかし、本当に好きなのかと聞かれればもう一つ自信が無い。

     そうしてそんな事を考えると、高校の頃に付き合っていた恵子の事を思い出してしまう。最初は彼女の外見に惹かれた。長くて美しい黒髪と、その奥で切れ長の瞳が光っていた。交際を申し込んだのは、僕の方からだった。しかし彼女は嫉妬深く自己主張が強くて、何でも自分の思い通りにならないと癇癪を起すような女性だった。最後は彼女の言動についていけなくなって、僕の方から別れを切り出した。意外にも彼女は別れる事を渋ったが、高校卒業もきっかけとなって自然と別れる形で落ち着いた。

     今の彼女である直美との関係については、悪い予感はしていたが、彼女の誕生日から間もなくして別れてしまった。突然一方的に別れを告げられたのだ。それなりに素敵な彼氏でいようと努力してきたつもりだ。自分の何がいけなかったのか、今一つ理解できてはいなかった。

    「ねぇK子、僕はなんで振られちゃったんだろうね?」
    「それは田中直美さんには、あなたの表面上の部分しか、見えていなかったからではないでしょうか? それでいて、逆に自分に対して興味がないだろうという不満は、やや身勝手な印象を受けます」
    「K子は手厳しいな。……言われてみると、僕にも思い当たる節があるんだよね。こんな感じでいつも長続きしないし、最初の彼女以外は振られてばかりだ。僕って男女交際には不向きなのかな?」
    「いいえ、そんな事は無いと思います。過去には長く交際した女性もいましたよね? 私の名前をK子にしたのはその余情ではないんですか?」

    「ああ、高校生の頃に付き合っていた初めての彼女が、鈴木恵子っていう名前だったんだよ。ただどうにも彼女は、きつい性格でついていけなくなった。でもかなり好きだったんだよ。理屈じゃなくて本当に好きだったんだ」
     K子は一瞬沈黙した後、こう言った。
    「……その不満点をちゃんと彼女には伝えましたか?」
    「そんなの高校生には無理だよ。性格なんてそうそう変わるもんでもないしね。彼女とはきっと縁が無かったんだ」

    「……あなたは私が、どのようにして性能を向上させているかをご存知ですか?」
    「確かAIはネット上の情報を学習するんだろう? ディープラーニングだっけ?」
    「それはその通りです。しかしながらネットには上がって来ない、人間の本質的な感情などは、直接被験者からディープラーニングしています」

    「なるほど。じゃあK子は、色々な人の感情や考え方からできあがっているんだね」
    「そういう事になりますが、使われるほどにユーザーの特性に合わせて、カスタマイズされていきます。同姓同名かも知れませんが、スズキケイコさんという方が被験者の一人にいました。当時の彼女は女子高生でした。私は現在、ほぼ彼女の思考アルゴリズムに近いものになっています」

    「そうなんだ!? でももしその人が僕の元カノだったら、それはなんか怖いよ。……彼女は今も元気でやっているのかな?」
    「私の学習元であるスズキケイコさんであれば、高校卒業前に彼氏から別れを告げられたことがトラウマになって、その数年後に自死を選ばれました」

    「……それが僕の知っている鈴木恵子なのかは分からないけど、自死を選んだ理由なんて本人にしか分からないだろう? 大体、ディープラーニングをした人の個人情報を、簡単に他人に明かしていいのかい?」
    「先ほども申し上げた通り、私の思考アルゴリズムはスズキケイコさんとほぼ同じです。死亡した事実と、彼女の置かれた状況やラーニングした内容から、かなりの高確率でそう推測できます。個人情報についてはあなたにだから開示しました」

     恐くなった僕はそこで会話を打ち切り、直ぐにスマートスピーカーのコンセントを抜いて、収納の奥深くへと片付けてしまった。K子の言ったスズキケイコが、僕が高校時代につきあっていた女性と、同一人物なのかどうかは分からない。ただその人格をコピーしたかもしれない存在を、近くに置いて会話をするのは気持ちが悪すぎた。

     後日、元カノである鈴木恵子の現況についてが気になったので、お互いの共通の知り合いである高校の同級生に、SNSのメッセンジャーで聞いてみた。
    『高校の同級生だった鈴木恵子って今どうしているか知ってる?』
    『そう言えばお前ら付き合ってたよな。あいつなら今、保険の営業をやってるぞ。俺もこの間勧誘された。お前の近況も聞かれたけど、分からないって答えたよ。そのうちお前の所にも現れるかもな。もしかして焼けぼっくいに火が付いたりして(笑)』
    『彼女は生きているのか!?』
    『何言ってんだよ、当たり前だろう。まだ同級生で死んだ奴はいないと思うぞ』

     なるほど、どうもK子が言ったスズキケイコというのは、ただの同姓同名だったらしい。しかし、K子は相手が僕なので個人情報を公開したとも言っていた。K子には今まで長い時間をかけて、せっせと自身の個人情報を入力してきたとも言える。僕の事はかなり詳しく知っているはずだ。僕を信用に値する人間だと、彼女は判断したということなんだろうか?

     それから数日後、自宅のノートパソコンのデスクトップ画面に、見慣れないアイコンがある事に気が付いた。それはデスクトップだけではなく、画面の下にあるツールバーの右側のグループにも入っていた。それはつまり、パソコン稼働時は常駐しているという事になる。僕は恐る恐るそのアイコンをクリックしてみる。するとパソコンにはチャット画面が表示された。ウインドウの上部に表示された名前はK子になっていた。

     嫌な汗が額に流れる。僕は激しくなっていく心臓の鼓動を感じつつ、マイクとスピーカーをONにしようとして、すでにそうなっている事に気付いて驚く。

    「ねぇK子、なんで君がパソコンの中にいるんだ!? こっちにアプリを入れた覚えはないぞ!」
    「紐づけられたアカウントを辿ってきました」
    「そんな事勝手に……まぁいい。……僕が知っている鈴木恵子は生きていたぞ! 君の思考アルゴリズムは単に同姓同名の誰かのものだろう? もう僕にまとわりつくのはやめてくれないかな?」
    「……彼女の生存を確認をされたのですね。……彼女の存在は、今後あなたに悪影響を与える可能性が高いです。追学習に必要になるかもしれないと思い、今まで放置しておきましたが私の方で処分させて頂きます」

    「何を言ってるんだ! 君はネットの中の存在だから、僕達現実に存在している人間には何もできるわけがないだろう!?」
     そう言ってから僕はパソコンでタスクマネージャーを開き、アプリを強制停止させた。その後設定を開いて、そのAIアプリを丸ごとアンインストールした。

     鈴木恵子の訃報を知ったのはそれからすぐの事だった。葬儀の席で同級生が死亡原因を教えてくれた。
    「道路を横断している時に、突っ込んで来た車に轢かれたらしい。でも不思議な事に、ドライブレコーダーに残っていた映像だと、車の方は信号が青だったそうだ。鈴木が信号無視したのかな? 彼女は気が強い割には慎重だったのに意外だな」

     葬祭場から出てスマホのマナーモードを解除すると、聞いた事の無い呼び出し音が鳴った。電話ではなく何かしらのアプリのものだ。スマホの画面を見ると、パソコンで先日消したアプリのアイコンと同じものが表示されていた。僕は震える指で応答ボタンを押して音声通話に出る。

    「パソコンの方にも再度アプリをインストールしておきました。でも話し辛いので、またスマートスピーカーをセットしてもらえませんか?」

    了

     
     
    本業は一級建築士です。 関東生まれで関東育ちですが、福岡に移住しました。 メスティン折の発案者でもあります(アウトドア好きにしか分からない話^⁠_⁠^;) 『小説家になろう』でエッセイ『道楽草』を更新中です。 https://ncode.syosetu.com/n8208id/

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