
溶かしてマクラーレン —投資哲学とイイヤツゼロの人生逆転—
これは作り話ではない。
脚色でもない。
実際に起きた出来事だけでできている。
山林の公売物件を見に行くために乗った、小さなフェリー。
暗闇の山道。
三度目の訪問で、ようやく姿を現した土地。
その瞬間、私は直感した。
「この旅は物語になる」と。
だが、その“物語”はすぐに常識を超える。
競売開始から二週間で、30トンの仏像に出会う。
ユンボで割れるのかと真顔で考える。
そして胸に響いた問いは、冗談のようでいて、極めて真剣だった。
「溶かして、マクラーレンに乗れるか?」
それは「物を壊す」話ではない。
自分の中の
“いい人”
無難さ
正しさ
期待される役割
それらを、本当に捨てられるかという試練だった。
舞台はやがて、不動産から投資市場へ移る。
ニュースが恐怖を煽る日、チャートには異常な出来高が現れる。
群衆が投げる瞬間、クジラは静かに拾う。
市場には「設計」がある。
私は勝とうとしない。
ただ、背中に乗る。
不動産というジャングルで鍛えた感覚は、
仮想通貨のチャートでも同じように働き始める。
未来は予測ではなく、
静けさの中で“見えてくるもの”だった。
そして、私は辿り着く。
イイヤツは、悪いやつに食われる。
だが、イイヤツゼロは、誰にも食われない。
これは成功論でも、自己啓発でもない。
答えを押しつける本でもない。
境界線を引き、
自分の人生を取り戻していく、
ひとつのノンフィクションの記録だ。
夜明け前の静けさの中で、
あなたの中にも一本の線が引かれるかもしれない。