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答えのない仕事を、三十年続けてきた


    #創作大賞2026 #エッセイ部門

    介護の仕事をして、三十年になる。
    長いですねと言われることがある。
    そのたびに、私は少し笑ってしまう。
    長かった、というよりも、気づいたら三十年経っていた。
    目の前の利用者さんと向き合って、一日を終える。
    その積み重ねだった。
    一番忘れられない利用者さんはいますか?
    そう聞かれると、私はいつも困ってしまう。
    一人なんて選べないからだ。
    笑顔が多い人もいた。
    怒りっぽい人もいた。
    何度も同じ話をする人もいた。
    静かに窓の外を眺めているのが好きな人もいた。
    誰一人、同じ人はいなかった。
    みんな、それぞれの人生を歩いてきた人だった。
    私はその人生の、ほんの一場面に関わらせてもらってきただけだ。
    介護を始めた頃の私は、介護とはできないことを手伝う仕事だと思っていた。
    食事のお手伝いをする。
    お風呂に入るのを支える。
    トイレの介助をする。
    着替えを手伝う。
    もちろん、それも大切な仕事だ。
    でも三十年続けてきて思う。
    介護は、それだけではなかった。
    介護は、その人の今日を守る仕事だった。
    いつも通り朝を迎えられること。
    いつもの席でご飯を食べられること。
    いつもの人に名前を呼ばれること。
    その人がその人らしく、一日を過ごせること。
    その当たり前を支える仕事なのだと思う。
    新人の頃、初めて利用者さんを見送った日がある。
    その日のことは、今でも覚えている。
    静かな時間だった。
    昨日まで声をかければ反応してくれていた人が、
    もう返事をしてくれない。
    頭では分かっていた。
    人はいつか亡くなる。
    介護の現場では、別れもある。
    それでも、目の前でその人の命が静かに終わっていく場面に立ち会ったとき、私はどうしていいか分からなかった。
    涙が止まらなかった。
    利用者さんのそばで、私は泣いてしまった。
    止めようとしても止まらなかった。
    そのとき、先輩が私に静かに言った。
    ここでは泣いてはだめ
    その言葉を聞いた瞬間、胸がぎゅっとなった。
    悲しいのに。
    涙が出るのに。
    どうして泣いてはいけないんだろう。
    その時の私は、少し冷たい言葉に感じた。
    でも、先輩は責めていたわけではなかった。
    ご家族がいる。
    利用者さんを最後まで穏やかに送り出す時間がある。
    その場で私たちが取り乱してしまったら、ご家族はもっと不安になる。
    悲しくないから泣かないのではない。
    悲しいからこそ、今はこらえる。
    それも介護なのだと、その日初めて教わった。
    仕事が終わって、一人になってから思いきり泣いた。
    あの日の涙は、三十年経った今でも忘れられない。
    それから何度も見送りを経験した。
    でも、慣れたことは一度もない。
    そのうち慣れるよと言われたこともある。
    けれど、私は慣れなかった。
    慣れなくてよかったのかもしれない、と今は思う。
    一人ひとりに人生がある。
    家族がいて、思い出があって、大切にしてきたものがある。
    その人生の最後の時間に関わらせてもらう。
    その重みは、何年働いても軽くならない。
    介護の仕事をしていると、答えのない言葉に出会うことがある。
    ある日、一人の利用者さんがぽつりと言った。
    もう、早く死にたい
    私は何も言えなかった。
    そんなこと言わないでください
    そう返すのは簡単だった。
    まだ頑張りましょう
    そう励ますこともできたのかもしれない。
    でも、どちらも違う気がした。
    その人がどんな思いでその言葉を口にしたのか。
    どれほど苦しかったのか。
    どれほど寂しかったのか。
    私が簡単な言葉で返していいものではないと思った。
    結局、私は何も言えなかった。
    ただ隣に座った。
    一緒に黙っていた。
    その時間は、今でも心に残っている。
    若い頃の私なら、何もできなかったと落ち込んでいたと思う。
    でも今は少し違う。
    あれは、何もできなかった時間ではなかった。
    その人を一人にしなかった時間だった。
    介護は、正解を言う仕事ではない。
    相手の苦しみを全部消せる仕事でもない。
    でも、その苦しみを一人で抱えさせないことはできる。
    黙って隣にいること。
    手を握ること。
    お茶を入れること。
    名前を呼ぶこと。
    その人の言葉を否定せず、受け止めること。
    それも介護なのだと思う。
    三十年働いてきて、私はたくさんのことを利用者さんから教わった。
    老いること。
    病気になること。
    誰かの手を借りること。
    思い通りにならない体と向き合うこと。
    それでも、その人らしく生きようとすること。
    私は支える側だと思っていた。
    でも本当は、支えられていたのは私の方だった。
    利用者さんの笑顔に救われた日がある。
    何気ない一言で、また頑張ろうと思えた日がある。
    うまくいかなくて悔しかった日もある。
    自分の未熟さに落ち込んだ日もある。
    その全部が、今の私を作ってくれた。
    介護は、特別なことばかりが起きる仕事ではない。
    むしろ、同じような毎日の繰り返しだ。
    朝が来る。
    声をかける。
    食事をする。
    お風呂に入る。
    眠る。
    その繰り返しの中に、その人の人生がある。
    何も起きない一日。
    穏やかに終わる一日。
    昨日と同じように過ごせる一日。
    その一日が、どれほど大切なのかを、私はこの仕事から教えてもらった。
    三十年経った今でも、介護の答えは分からない。
    正しい声かけができたのか。
    あの時、もっと違う関わり方ができたのではないか。
    今でも考えることはある。
    でも、一つだけ分かることがある。
    介護は、人を支えるだけの仕事ではない。
    その人の人生に、そっと寄り添わせてもらう仕事だ。
    そして、人の人生に寄り添うことは、自分自身の人生も育ててもらうことだった。
    ここでは泣いてはだめ
    あの日の先輩の言葉を、今なら少しだけ理解できる。
    涙をこらえることも、介護。
    黙って隣にいることも、介護。
    その人らしい一日を守ることも、介護。
    三十年続けても、私はまだ学んでいる途中だ。
    だから今日も、利用者さんの名前を呼ぶ。
    おはようございます
    その何気ない一言から、また一日が始まる。

    三十年続けても、私はまだ学んでいる途中だ。
    介護をしていると、ありがとうと言われることがある。
    もちろん、その言葉は嬉しい。
    でも、私の心に一番残っている言葉は、少し違う。
    ある日、一人の利用者さんが、私にこう言ってくれた。
    あなたがいてくれてよかった。
    たった、それだけの一言だった。
    でも、その言葉は三十年という時間の中で、どんな賞賛よりも私の心に残っている。
    私は利用者さんを支える仕事をしてきたと思っていた。
    けれど、本当は違う。
    笑顔を教えてもらった日もあった。
    涙をこらえることを教わった日もあった。
    答えのない言葉に立ち尽くした日もあった。
    支えてきたつもりで、支えられていたのは、いつも私の方だった。
    だから今も、介護に答えはない。
    きっと、この先も見つからないだろう。
    でも、それでいいのだと思っている。
    答えがないからこそ、一人ひとりと向き合い続ける。
    その人の今日が、その人らしい一日になるように願いながら。
    そしていつかまた、誰かに言っていただけるように。
    あなたがいてくれてよかった。 
    その一言に恥じない介護を、私はこれからも続けていきたい。

     
     

    せつ

     
     
    はじめまして。介護福祉士としての経験をもとに、介護の現場で感じたことや家族介護の悩み、心が少し楽になる考え方を発信しています。介護に関わる方の支えになれたら嬉しいです。ですが、時々毒を吐きます。

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