
誰かが褒められてると、なぜか落ち込む。
誰かが頑張ってたり
誰かが褒められているのを見ると
「うわぁ〜!すごい!」
……と思った0.3秒後。
「…それに比べて私は…(あれもこれもできてない。。)」
と凹んだり
「そんなに?もっと◯◯の方がいいと思うけど?」
とか言っちゃって(じぶん性格悪ぃー)と思ったり。
こんなことありませんかねーー?
私の脳内には、ときどき謎の数式が現れる。
『誰かがプラス = 私がマイナス』
冷静に考えたら、おかしい。
誰かが褒められたからって
私が否定されたわけではないし
誰かが成功したからって
牌が、なくなったわけじゃない。
てゆーかそもそもまったく関係ないのに!
誰にも何にも言われてないのに!
なぜそう思うのか?
どうやらそれは自分がホントはこうなりたいと思っていたり
興味があることに反応するっぽい。
例えば私はバレーボール🏐の才能がなさ過ぎるのだが
(JK時代、私のサーブが下手すぎて「大丈夫!落ち着けば入るから!ね!」と敵も一丸となって応援してくれた)
まったく上手くなりたいという意欲がない。
だからどんなに スゴイ選手を見ても、ただただ
「尊✨️」
で終わる。
でも、たとえば
私よりめっちゃ伸びてる同業者YouTuber
英語ペラペラの人
ステキメリハリボディの人
旅しまくってる人
文章が上手くて面白い人
などには
毎回ザワッとした感情を抱かざるを得ない。
(どうだ、ダサいだろう!)
ほんとうは行きたいのに行ききれずにいる場所に辿り着いてる人、を見ると心がザワつくのかも。
それってあれかな。
「私も、そっちに行きたぁぁいのぉぉぉぉおおーー!!ぅわぁーーーーん。°(´ฅωฅ`)°」
とスーパーで駄々をこねる園児みたいに、心が叫びたがってるんかな?
だとしたら
比較は自然。
嫉妬や羨ましさも自然。
でもそれを自分より上か下かに使わずに
行き先を教えてくれるカーナビとして使う。
関係なさすぎることは、最初からセンサーに引っかからない。
引っかかったのは目的地が近いから。
だから落ち込む代わりにこう聞いてみる。
「で、本当はどうしたいの?」
少しだけ駄々っ子な自分がかわいく思える、かも。