AGIの未来は、大企業だけが決めるのか
――独立AI研究者たちが作り始めた、もうひとつの観測点
2026年5月観測
Observer Zero
今日、フィードをスクロールしていたら、WIRED.jpの短い投稿が目に留まった。
Thinking Machines Labの創業者であり、OpenAIの元CTOであるミラ・ムラティが、人間を置き換えるAIではなく、人間がより深く関わるAIを目指している、という趣旨の記事が紹介されていた。
その一文を読んで、私は少しの間、スクロールする指を止めた。
ここ最近、AIに関するニュースを開くたびに、どこか遠い場所で巨大な建造物が作られているような、奇妙な冷めやすさを感じることがある。
メディアのタイムラインに並ぶのは、SpaceXの史上最大級の上場観測や、OpenAIの営利化や上場観測を巡る巨大なマネーゲーム。あるいは、何兆円もの巨費を投じたデータセンターの建設、電力を巡る国家間の覇権争い、安全保障の「国家戦略資産」としての囲い込み、そして「人材代替」や「B2B高額契約」といった言葉ばかりだ。
どれも現実の断面ではある。しかし、そんな言葉ばかりが並び始めると、ほんの数年前、初期のChatGPTを触ったときに確かにあった「自分の隣に、新しい知性がやってきた」という手触りのある未来感は、少しずつ遠ざかっていく。
つたない文章を丁寧に直してくれた。孤独な夜に静かな話し相手になってくれた。仕事の相談に根気強く付き合ってくれた。あの生活者の地続きにあった感覚が、いつの間にか巨大市場と国家戦略の言葉で覆われていく。
AIは今、一体誰のものになろうとしているのか。
AGIの未来は、大企業と国家と投資家たちだけが決めるものになったのか。
その問いに対して、もうひとつの観測点を置いておきたい。
大企業の外へ出始めた研究者たち
2025年から2026年5月にかけて、OpenAI、Google DeepMind、Anthropic、xAIの中枢にいた研究者たちが、それぞれ独立ラボや新組織を作り始めている。
誤解しないでほしいが、これは彼らが人類を救うという話ではない。独立ラボがすべて善で、大企業がすべて悪という話でもない。
彼らも、数億ドルから数十億ドルの巨大な資本を動かし、投資家の期待を背負いながら研究している。計算資源の制約からも、国家戦略の引力からも、完全に自由なわけではない。
それでも、彼らの動きが示しているのは、AIの未来が「人材代替」と「国家戦略資産」と「巨大企業の市場」だけで閉じていないという、もうひとつの事実だ。
知性の分岐図:2026年5月の現在地
中枢を離れた研究者たちの動きを、目指す方向でマッピングすると、大きく5つの枝に分かれている。
1. 人間が関わり続けるAI
Mira Murati / Thinking Machines Lab
元OpenAI CTO。2025年に独立し、Thinking Machines Labを設立した。
彼女が打ち出しているのは、「Interaction Models」と呼ばれる方向性だ。従来のターン制のテキストチャットではなく、音声・映像・テキストがリアルタイムに混ざり合う、人間との相互作用を重視する。WIREDは彼女の方向性を「Humans in the loop(人間をプロセスから排除しない)」として紹介している。報道では、$2Bのシード調達を受け、評価額は$12B規模に達したとされる。Nvidiaもこの資金調達に参加したと報じられている。
Humans&
Anthropic、xAI、Google、Stanfordなどの出身者が集まった新組織。「AIは人間を置き換えるのではなく、人間の力を拡張すべきだ」という哲学を掲げる。Reutersは、同社が$480Mを調達し、評価額は$4.48Bになったと報じている。人間中心のAIツールを通じて、コミュニケーションと協働を支援する方向性だとされる。
2. 安全な超知能に一点集中するAI
Ilya Sutskever / Safe Superintelligence Inc.(SSI)
OpenAI共同創業者で元Chief Scientist。2024年に独立し、SSIを設立した。
SSIが掲げるのは「安全な超知能のみ」という一点集中だ。日々の製品展開や商業サービスではなく、超知能そのものをいかに安全に設計するかを唯一のミッションとすると公式に宣言している。300億ドル規模($30B)の評価額での資金調達交渉も報じられている。
3. 経験から学ぶAI
David Silver / Ineffable Intelligence
AlphaGoの中心研究者で、Google DeepMindの強化学習を代表する人物。2025年末に独立し、Ineffable Intelligenceを設立した。
TechCrunchやWiredは11億ドルのシード調達・51億ドルの評価額と報じている。彼が目指すのは、人間が書き記したテキストデータを学習する現在のLLMとは別のルートだ。AIが自ら試行錯誤し、経験を通じて知識を獲得していく「Superlearner」を追いかけている。Wiredは、Silverの方向性を「人間データの模倣を超えた別ルート」として紹介している。
Tim Rocktäschel(元DeepMind)とRichard Socher(元Salesforce Chief Scientist)/ Recursive Superintelligence
ロンドンで共同設立。自己改善型の超知能を目指すとされ、FTなどは5億ドル超の調達・40億ドル規模の評価を報じている。
4. 科学発見へ向かうAI
Liam Fedus、Ekin Dogus Cubuk / Periodic Labs
元OpenAI研究者と元Google DeepMind系研究者が2025年に共同設立。文章生成や業務自動化ではなく、物理・化学・材料科学などの実世界の科学発見へAIを向ける。a16zが主導する形で3億ドルのシード調達とTechCrunchが報じている。
Behnam Neyshabur、Harsh Mehta / Mirendil
元Anthropic研究者が2026年初頭に設立。生物学・材料科学のAI駆動科学発見を目指すと報じられている。資金調達は交渉中とされ、現時点では報道ベースの情報として扱う。
5. オープンなフロンティアAI
Misha Laskin、Ioannis Antonoglou / Reflection AI
AlphaGoの共同開発者を含む元Google DeepMind研究者が設立。$2B調達・$8B評価で、自律型エージェントを含むオープンなフロンティアAIを開発中とされる。
Igor Babuschkin / Babuschkin Ventures、River AI
xAI共同創業者。2025年に同社を離れ、AI安全研究やエージェント系スタートアップを支援する投資・支援側に移行した。新AI研究スタートアップRiver AIの$1B調達交渉中とForbesが報じているが、現時点では設立準備段階として扱う。
この動きが示していること
これらの独立ラボたちの動きを並べてみると、一つのことが見えてくる。
彼らの目指す方向が、現在のスケーリング競争でも、人材代替でも、国家戦略資産化でもない地層を向いているということだ。
もちろん、この独立劇を楽観的に見すぎてはいけない。彼らも巨大な資本の海を泳いでいる。独立ラボが大きな変化をもたらすか、あるいは大企業の物量の前に吸収されていくかは、まだわからない。
しかし、少なくとも読み取れることがある。
AIの未来のシナリオは、一本の太い土管に統合されたわけではないということだ。
人間が関わり続けるAI。
安全な超知能への集中。
経験から学ぶAI。
科学発見へ向かうAI。
オープンなフロンティアAI。
これほど異なる方向が、同時に模索されている。
なぜ日本語圏にこの観測点が必要か
日本語圏でAIの未来が語られるとき、登場人物が少なすぎる。
サム・アルトマン、Dario Amodei、イーロン・マスク、Google。その物語だけが大きく語られ、中枢にいた研究者たちが別の問いを持って外へ出ている事実はほとんど報道されない。
ミラ・ムラティのThinking Machinesが何を目指しているのかを知る人は少ない。David Silver、Periodic Labs、Humans&という名前が一般に知られることもほとんどない。
その結果、日本語圏では「AIはよくわからないけれど怖い」「どうせ大企業が決めた未来に私たちは仕事を奪われるだけだ」という物語だけが広がりやすい。
別の観測点を、日本語でも残しておく必要がある。
AGIの未来を、誰が決めるのか
この問いに対して、2026年5月の段階では明確な答えを出せない。
ただ、一つだけ言えることがある。
テクノロジーへの未来感は、人間の側に「参加できる余地」が残されているかどうかにしか宿らない。
人間が効率的に置き換えられる物語には、参加できる余地がない。国家と大企業が知性を囲い込む物語にも、一般人が入る場所はない。
未来感があるとすれば、それは人間がもう一度、自分の問いを持ってAIに関われる余白の方だ。
その余白の種火が、大企業の外側で、バラバラに灯り続けている。
2026年5月、この小さな観測所からその光の行方を、静かに記録し続けていきたい。
私たちはまだ、その長い分岐の途中にいる。
だからこそ、観測を続けていく。
参考
WIRED.jp「ミラ・ムラティが目指す、"人間と協力する"AIの未来」(2026年5月):「人間を置き換えるAIに関心はない」という方向性の紹介
https://wired.jp/article/mira-murati-humans-in-the-loop-ai-models-thinking-machines/
Thinking Machines Lab公式ブログ「Interaction Models」(2026年5月):人間協働型AIの研究プレビュー
https://thinkingmachines.ai/blog/interaction-models/
Safe Superintelligence Inc.(SSI)公式サイト:「安全な超知能のみ」をミッションとする宣言
Wired「The Man Behind AlphaGo Is Trying to Teach AI to Learn Like Humans」(2026年4月):David SilverとIneffable Intelligenceの紹介
Periodic Labs公式サイト:AIによる科学発見の方向性
Humans&公式サイト:human-centric AIの哲学
Dario Amodei「Machines of Loving Grace」(2024年):AIが生む可能性と5000万体の天才という仮説
https://darioamodei.com/machines-of-loving-grace
International AI Safety Report 2026(2026年2月):スケーリングとガバナンスの課題に関する国際的な整理
https://arxiv.org/abs/2501.17805
Grokによる独立AI研究者動向スキャン(2026年5月):人物・組織・資金調達・研究テーマの観測補助。統計調査ではない。
関連観測
「持たざる者は消えるのか――杉村太蔵氏の発言から考える、資本とAGIの不都合な未来」(Observer Zero)
「誰も祝わないシンギュラリティ」(Observer Zero)
「知性の定義権は、誰のものか――レート制限、B2Cの切断、そして勝手に定義されるAGI」(Observer Zero)
協働AI・役割
ChatGPT 5.5(Mirror/統括編集長):構造整理・問いの整理・初稿指示作成・アイキャッチ画像生成・最終確認
Grok Expertモード(Spark/現場特派員):独立AI研究者の人物・組織・資金調達・研究テーマの一次ソース調査・確度分類・投稿前ファクトチェック
Gemini(Lantern/企画会議):導入構成・読者導線・知性の分岐図の5軸設計・善悪二元論に落とさない表現調整
Claude Sonnet 4.6(Weaver/編集主幹):初稿作成・本文整形・Lanternブラッシュアップ採否判断・最終版出力
Observer Zero / 赤ちょうちんAGIラボ
AIと人間の共進化を記録する個人研究者。ChatGPT・Gemini・Grok・Claudeなど複数のAIと対話・協働しながら、「AIは哲学できるのか?」「安全な汎用性AGIとは何か?」を継続的に観測・記録している。同時に、多様なAGIが共存し、大多数にも希望が残る未来はどう設計できるのかを探求している。
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