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素敵な関係で相模原詣での夢を叶えた その1 〜JAXA宇宙科学探査交流棟 当たり前過ぎて意識しなくなっていること

    Lincoln

     吾妹は海外駐在の経験を活かしての国際的な仕事との掛け持ちというポジション。今回はそれを活かし某大学病院でお仕事をしている間に私は付近で丸一日、大学生時代していた航空宇宙研究活動という楽しい日々を彷彿とする経験を楽しんだという話です。

    望外の出会いもアリで

    相模原詣での夢を叶えた

    という話でもあります。


     先ずは

    夫婦の素敵な関係で生まれる時間の使い方

     ある意味つかの間の天賦お一人様天国…

     流石の吾妹も私に付き合って丸一日航空宇宙話漬けは辛いかと…吾妹の愛車を運転して医学部まで送り、その足での相模原詣でという交通費実質無料での人生を存分に楽しむ趣向。吾妹も心が広いので

    仕事をしてる間、遊びかい💢とはならず…いいじゃん。楽しんでおいでよ(笑)

    というスタンス。

    毎日が日曜日の私と現役の吾妹という現状を活かした生き方の工夫です。

    素敵でしょ。

    お勧めしたい。

     ということで吾妹への愛情と自分のやりたいこととのバランスを奇しくも取れる絶好のチャンスでした。

     大学生時代、航空宇宙研究として固体燃料ロケット

    噴射実験を防衛大学でやったりしていました。しかし当時は。学生運動華やかなりし頃の名残が有りました。

     防衛大学に出入りしたりすると目立ち、部屋に嫌がらせが有ったりと物騒なので実験は自粛していました。航空宇宙工学入門の初版本等から始め、主に文献を頼りにした研究活動が主力でした。
     今や固体燃料ロケットは今や日本のお家芸。

    固体燃料ロケットは着火したら基本的に燃料が燃え尽きるまで、まるでロケット花火の様に燃焼し続けます。ですから、燃焼剤の充填を含めて完璧な品質が求められます。難易度がとても高いものの経済的に高推力を得ることができます。
     有人のロケットだと加速度は人体が耐えられる程度に抑制しますが、人工衛星等の機械物を宇宙に輸送する場合はそこまで気を使う必要は有りませんので、結構な加速度で高度を稼いで行きます。今度

    ロケットの発射の映像を視聴する機会があったらその辺りも楽しんでみて下さい。

     大学生時代にはエレクトロニクスという切り口でマイクロマウスやアナログシンセサイザー

    なんかも作って楽しんでいました。真空管から半導体、しかも半導体も集積回路(IC)化が普及するという電子技術発展の黎明期でした。日々画期的な新技術が生まれて居ました。とてもワクワクする時代。
     航空宇宙技術もまた電子技術の発展で制御技術が大進化を遂げて居てとても面白い時代でした。素粒子の1つである電子ですが、その素粒子についても素粒子物理学としてクオーク等の研究が進んで居ました。

     こんな感じで人生初めての相模原詣では叶えられたのでした。

     医学部から車で直ぐのところにJAXAは有ります。

    The Japan Aerospace Exploration Agency
    (JAXA)
    国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構

     私が大学生時代に丁度東京大学の宇宙航空研究所が宇宙科学研究所に改組しました。日本の現代的なロケットの端緒を開いた糸川教授以来の

    歴史ある東京大学の研究所が東京大学から発展的に分離独立するというこれまた画期的な時代。しかも全国の大学の共同利用機関としての役割を担う宇宙科学研究所(ISAS)が生まれた時間を同時代人として共有できました。

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    宇宙科学研究所(ISAS)沿革

    宇宙科学研究所(ISAS)のルーツは1955(昭和30)年に行われた東京大学のペンシルロケット発射実験にさかのぼります。1964年には東京大学に宇宙科学研究所の前身である宇宙航空研究所が設立され、固体燃料を用いたL-4Sロケットによって日本初の人工衛星「おおすみ」を軌道に送るなど、宇宙理学と宇宙工学が一体となった科学衛星の研究・開発を行ってきました。1981年からは宇宙科学研究所に改組し、全国の大学の共同利用機関としての役割も担ってきました。

    ………………………………………………………………………………………
     一方、東京大学系と双璧をなしていたのが宇宙開発事業団。こちらは事業者として生まれていますからより実践的でした。

    宇宙開発事業団(うちゅうかいはつじぎょうだん) は、日本の宇宙開発を担う目的で日本政府が設立した特殊法人である。英文名称:National Space Development Agency of Japan, NASDA(ナスダ)。根拠法は「宇宙開発事業団法(廃止)」で、設立日は1969年(昭和44年)10月1日である。旧科学技術庁所属。1964年(昭和39年)4月に科学技術庁内に設置された宇宙開発推進本部が発展して発足した。2003年(平成15年)10月1日、航空宇宙技術研究所(NAL)・宇宙科学研究所(ISAS)と統合し、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)に改組された。

    そして、日本の航空宇宙関連の組織が整理統合される日を迎えたのでした。

     2003年10月1日付で日本の航空宇宙3機関、文部科学省宇宙科学研究所(ISAS)・独立行政法人航空宇宙技術研究所(NAL)・特殊法人宇宙開発事業団(NASDA)が統合されてJAXAが発足したのでした。

     こんな感じでJAXAは発足し、相模原はその主力研究施設の1つなのです。だからずっと行ってみたかったのです。

     その中で、宇宙科学探査交流棟は一般公開されている施設なのです。

    つづく



     
     
     
    色々経験させて頂いたけど、今この瞬間人生が終わったとしても「とても幸せだった」と言い切れる超前向きな好々爺(笑)。地球環境に負荷を掛けさせて頂き「色々経験」したことを次世代の方々の参考になるようなコンテンツとして残そうと思っています。知のReuse&Recycle、究極のエコ。

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