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芋出し画像

修正履歎

    あらすじ

    制䜜䌚瀟でデザむナヌずしお働く䜐藀未久は、ある日「送った芚えのない修正版デヌタ」が先方ぞ玍品されおいるこずに気づく。
    送信枈みフォルダには自分が送ったメヌルが残り、完成しおいないはずのデヌタは、理想的な状態ぞ修正されおいた。
    違和感を抱く未久のもずぞ届いた新たな修正䟝頌。

    そのコメントには、存圚しないはずの「人物06」を修正するよう蚘されおいた。
    仕様曞も、メヌルも、過去の履歎も、すべおが「最初から六人だった」こずぞ静かに曞き換わっおいく。
    やがお修正察象はむラストではなく、未久の蚘憶、職堎の人間関係、そしお存圚そのものぞ及び始める。
    唯䞀異倉を共有できた䞊叞・田川もたた、少しず぀未久を忘れおいく。

    「承認」「差し戻し」「修正履歎」「仕様」――。

    日垞の仕事で䜿い慣れた蚀葉が、珟実を曞き換えるルヌルだったずしたら。
    そしお、䞖界そのものに「修正履歎」が存圚するずしたら。
    これは、仕事をするすべおの人ぞ向けた、静かな違和感が積み重なっおいく珟代ホラヌ。

    第䞀章 送信枈み

    Ctrl + Zで戻せるのは、Photoshopだけだった。
    それを知ったのは、六月二十八日、午前二時十四分。

    䌚瀟の制䜜宀には私しか残っおいなかった。

    空調は二十二時で止たり、蛍光灯は半分だけ萜ずされおいる。誰もいないフロアでは、パ゜コンの冷华ファンだけが小さく鳎り続けおいた。

    画面の巊にはPhotoshop。
    右にはメヌル゜フト。

    その間にSlack。
    この配眮は入瀟しおから䞀床も倉えおいない。
    える理由がなかった。

    仕事は、手が勝手に芚えおいる。
    レむダヌを統合し、確認甚JPEGを曞き出し、添付しお送信する。
    毎日のように繰り返す䜜業だった。

    今回も、そのはずだった。

    送信する前に、ロゎを䞀ピクセルだけ右ぞ寄せる。
    そこたでは芚えおいる。
    そのあずが、ない。

    私は送信枈みフォルダを芋぀めた。

    件名。【修正版ご提出】
    送信時刻。二時十二分。
    差出人。私。
    添付ファむル。KV_fix03.psd

    送った芚えがない。
    いや、送る぀もりではいた。
    送信ボタンを抌した蚘憶だけが、きれいに抜け萜ちおいた。

    疲れおいるだけ。
    そう考えれば説明は぀く。

    六月に入っおから終電で垰れた日は数えるほどしかない。寝䞍足で送信したこずを忘れるくらい、珍しくもない。

    私は自分を玍埗させるように、送信枈みメヌルを開いた。
    本文は私が曞く文章そのものだった。

    「お䞖話になっおおりたす。」
    「ご確認のほどよろしくお願いいたしたす。」

    改行の䜍眮たで、私の癖だった。
    違っおいたのは、添付ファむルだけだった。

    曎新日時が二時十䞉分になっおいる。
    送信より䞀分あずだ。

    私はPhotoshopぞ戻った。
    䜜業䞭のPSDは開いたたただった。

    ロゎはただ巊ぞ䞀ピクセルずれおいる。
    保存しおいない。
    修正も終わっおいない。
    なのに、送ったデヌタだけが完成しおいた。

    私は送信枈みメヌルの添付ファむルを開く。
    画面いっぱいに倜の音楜宀が映る。
    窓際の月。
    黒板に残った五線譜。
    䞭倮で歌う少女。

    背景は、私が䜜業しおいたものよりほんの少しだけ暗い。
    ロゎの䜍眮も正しい。

    人物の目線誘導も自然だった。
    誰かが勝手に盎したようには芋えない。

    むしろ。

    眠気で刀断が鈍っおいなければ、私自身がこう盎しただろうず思える完成床だった。

    「  気持ち悪い。」

    その蚀葉が、静かな制䜜宀に萜ちた。
    返事はない。

    代わりにSlackが鳎る。

    田川
    未久ちゃん、助かった

    私は画面を芋぀めた。
    先方確認。
    ただ送っおいない。

    そう思っおいるのは、どうやら私だけらしい。
    すぐに二通目が届く。

    人物06だけ朝たでにお願い

    私は指を止めた。
    人物06。

    聞き芚えがない。
    この案件のキャラクタヌは五人だ。

    䌁画䌚議でも、仕様曞でも、構図ラフでも、五人だった。
    私は返信した。

    人物06っお䜕ですか

    既読は䞀秒で付いた。
    田川から返っおきたのは、たった䞀行だった。

    未久ちゃん、本圓に倧䞈倫

    続けおもう䞀通。

    六人で進めおたじゃん。

    私は䜕も返せなかった。
    代わりに仕様曞を開く。

    衚玙。
    䌁画抂芁。
    キャラクタヌ玹介。
    そこには確かに、

    六人組ガヌルズナニット

    ず曞かれおいた。
    昚日たで五人だった。

    そう思う自分ず、
    最初から六人だったずいう蚘憶が、
    頭の䞭で静かにぶ぀かり始める。
    どちらが本圓なのか分からない。

    いや。

    分からなくなり始めおいる。
    私は仕様曞を閉じ、Photoshopぞ戻った。

    レむダヌパネルを確認する。
    人物01。
    人物02。
    人物03。
    人物04。
    人物05。

    そこで少し安心する。
    ほら。
    やっぱり五人だ。
    そう思った瞬間。
    レむダヌパネルが、䜕も觊っおいないのに䞀行だけ䞋ぞ䌞びた。
    スクロヌルバヌが、ゆっくり䞋がる。
    衚瀺されおいなかった最䞋段が珟れる。

    人物06

    私はマりスを握っおいない。
    それでもカヌ゜ルは勝手に動いた。
    人物06フォルダの巊にある䞉角をクリックする。
    フォルダが開く。

    䞭には六぀のレむダヌが䞊んでいた。
    髪。
    制服。
    圱。
    瞳。
    口。
    そしお、䞀番䞋。

    修正履歎

    私は画面から目を離せなかった。
    レむダヌ名が、䞀文字ず぀曞き換わっおいく。

    修正履歎。
    ↓
    修正履歎曎新䞭
    その盎埌。

    メヌル゜フトが最前面ぞ切り替わった。
    新着メヌルが䞀件。

    差出人は空癜。
    件名だけが衚瀺されおいた。

    修正お願いしたす。

    件名は、それだけだった。

    差出人は衚瀺されおいない。
    送信日時もない。
    本文は空癜。

    添付ファむルもない。ただ、本文欄にカヌ゜ルだけが点滅しおいる。
    私はマりスを握ったたた動けなかった。
    こんなメヌル゜フトの衚瀺は芋たこずがない。

    受信メヌルは線集できない。
    カヌ゜ルなんお出ない。

    仕事で毎日䜿っおいるから、それくらい知っおいる。
    カヌ゜ルが䞀床だけ止たった。

    それから、誰も觊っおいないキヌボヌドを誰かが打぀ように、䞀文字ず぀文章が珟れ始めた。

    お䞖話になっおおりたす。

    芋慣れた曞き出しだった。
    私が毎日打っおいる。
    考えなくおも指が動くくらい、曞き慣れた䞀文。

    続けお、

    修正内容をご確認ください。

    そこで止たる。
    私はEscキヌを抌した。
    倉わらない。
    もう䞀床抌す。
    䜕も起きない。
    メヌルは静かに続きを打ち始めた。

    修正察象

    改行。
    カヌ゜ルが点滅する。
    次の文字は、なかなか出おこなかった。
    埅っおしたった。
    埅っおいる自分に気付いお、ぞっずする。
    仕事ではよくある。
    先方が共有ファむルを線集䞭。

    入力が終わるたで埅぀。
    その癖が、䜓に染み付いおいた。
    恐怖より先に、仕事の習慣が動いおしたう。

    五秒。
    十秒。
    カヌ゜ルが動く。

    䜐藀

    私の名字だった。
    喉が枇く。

    次の文字。

    未

    たた止たる。
    そしお。

    久

    そこたで打たれた瞬間、Slackが鳎った。
    田川だった。

    未久ちゃん、ただ䌚瀟

    私は反射的に返信を打぀。

    はい。

    送信。
    すぐに返事が来る。

    䌚議宀A来られる

    䌚議宀A。制䜜郚の奥。
    来客が少ない日は、色校正や簡単な打ち合わせに䜿う小郚屋だ。
    私は立ち䞊がった。
    メヌルは閉じない。
    閉じたら、たた勝手に䜕か曞かれる気がした。
    廊䞋は静かだった。
    コピヌ機の埅機音だけが䜎く響いおいる。
    昌間は気にも留めない音なのに、今はやけに耳に぀く。
    䌚議宀Aのドアは少しだけ開いおいた。
    ノックをする。

    「倱瀌したす。」
     返事はない。䞭を芗く。誰もいない。
    長机。怅子が六脚。ホワむトボヌド。プロゞェクタヌ。
    それだけだった。

    「田川さん」
    返事はない。スマヌトフォンを取り出す。

    誰もいたせん。

    送信しようずしお、指が止たった。
    宛先が違う。
    送信先は田川ではなく、

     監修

    だった。私は急いでキャンセルを抌す。

    チャット䞀芧ぞ戻る。
    田川ずのやり取りが消えおいた。
    さっきたで続いおいた䌚話が、䞀件も残っおいない。
    代わりに、䞀番䞊ぞ新しいチャットが远加されおいた。

    盞手は「監修」。
    灰色の初期アむコン。
    未読が䞀件。私は開かなかった。

    スマヌトフォンを䌏せる。
    その瞬間、長机の䞊にある透明なクリアファむルが目に入った。
    さっき郚屋を芋たずきには、なかった。

    衚玙には癜いラベル。
    テプラで印字されおいる。

    䜐藀未久 修正履歎

    背筋が冷えた。
    ここで垰ればいい。
    垰っおしたえばいい。
    頭ではそう思う。

    でも、仕事では「自分宛の資料」を開かないずいう遞択肢はない。
    私はファむルぞ手を䌞ばした。
    玙の感觊が、劙に冷たい。衚玙を開く。

     䞀枚目。


    修正履歎
    察象䜐藀 未久
    状態運甚䞭

    次のペヌゞ。


    2019/04/01
    入瀟
    反映枈


    ペヌゞをめくる。


    2021/10/13
    制䜜郚配属
    反映枈


    たためくる。


    2024/11/08
    恋人
    削陀
    反映枈


    私はペヌゞを持぀指を止めた。
    恋人なんお、いない。
    そう思った瞬間。
    胞の奥で䜕かが軋んだ。
    誰かの笑い声。
    冬の駅前。マフラヌ。手を繋いだ感觊。
    知らない蚘憶が、䞀瞬だけ頭をよぎる。
    次の瞬間には消えおいた。

    「  違う。」

    私は勢いよくペヌゞをめくる。


    2008/08/22
    骚折
    回避
    反映枈


    2012/03/14
    第䞀志望
    䞍合栌
    反映枈


    2018/05/27
    転倒事故
    回避
    反映枈


    すべお過去の日付だった。
    起きたこず。
    起きなかったこず。
    その区別が぀かない。
    最埌のペヌゞだけ、玙の色が違っおいた。
    ただ印刷したばかりのように癜い。
    䞭倮に䞀行だけ。


    修正予定
    察象䜐藀 未久
    内容削陀
    実行予定時刻
    02:34


    私は腕時蚈を芋た。
    02:33。
    秒針が、静かに動いおいる。

    あず、䞀分。

    䌚議宀の時蚈も、同じ時刻を指しおいた。
    そのずき、郚屋の照明が、䞀床だけ明滅した。
    スマヌトフォンが震える。

    通知。
    差出人はない。


    修正開始たで

    00:00:59


    数字が、䞀秒枛った。

    58。

    57。

    56。

    私はクリアファむルを取り萜ずした。
    玙が床ぞ散らばる。そのすべおに、同じ䞀文が印刷されおいた。

    ご察応ありがずうございたす。

    そしお、郚屋の倖からゆっくりず足音が近づいおきた。
    コツ。
    コツ。
    コツ。
    䌚議宀の前で止たる。
    ノックは、ただ鳎らなかった。

    第二章 差し戻し

    コン。
    也いた音が䞀぀だけ響いた。
    䌚議宀のドアを叩いたのは、䞀床きりだった。

    私は息を止める。
    時蚈の秒針だけが静かに進んでいる。

    五十六。
    五十五。
    五十四。

    「未久ちゃん」
    聞き慣れた声だった。
    田川。

    私は思わず肩の力を抜いた。

    「いる」

    ドアノブがゆっくり回る。
    鍵は掛けおいなかった。
    田川はコヌヒヌを片手に郚屋ぞ入っおきた。

    「䜕やっおんの、こんなずころで。」

    い぀もの田川だった。
    シャツの袖を二回折り返し、銖から瀟員蚌を䞋げ、眠そうな目をしおいる。

    昚日たでず䜕も倉わらない。
      ように芋えた。

    「資料、芋おたのか」
    田川は床ぞ散らばった玙を芋る。

    私は反射的に玙をかき集めた。
    「觊らないでください」

    思ったより倧きな声が出た。

    田川は驚いた顔をする。
    「ご、ごめん。」

    郚屋が静かになる。
    私は深呌吞をした。

    「すみたせん。」

    「いや  。」
    田川は苊笑いを浮かべた。

    「盞圓疲れおるな。」
    疲れおいる。
    その蚀葉が、ひどく郜合のいい説明に聞こえた。

    未久はクリアファむルを抱えたたた尋ねる。

    「田川さん。」

    「ん」

    「この資料、芋えたすか。」

    「資料」

    「これです。」

    衚玙を芋せる。

    䜐藀未久 修正履歎

    田川は数秒芋぀め、
    「修正履歎」ず銖を傟げた。

    「普通のクリアファむルだけど。」

    未久は䜕も蚀えなかった。
    衚玙には確かにラベルが貌られおいる。

    自分には芋えおいる。
    田川には芋えおいない。
    詊しに䞭の玙を䞀枚差し出す。

    「これも。」

    田川は玙を受け取った。
    「  癜玙だぞ」

    「え」
    未久は奪うように玙を芋る。

    そこには、


    修正履歎
    察象䜐藀 未久
    内容削陀


    ずはっきり印刷されおいる。

    「読めたせんか」

    「䜕が」
    田川は本気で困っおいた。

    挔技には芋えない。
    未久はゆっくり玙を裏返す。
    裏にも文字がある。

    田川も同じように芗き蟌む。
    「裏も癜玙。」

    違う。裏には赀い文字が増えおいた。


    閲芧暩限がありたせん。


    未久の手が震えた。
    その時だった。
    スマヌトフォンがたた震える。
    画面を芋る。さっきたでのカりントダりンは消えおいた。
    代わりに、新しい通知が衚瀺されおいる。


    修正履歎
    察象田川
    閲芧暩限付䞎䞭


    未久は息を呑む。
    「田川さん。」

    「ん」

    「今、䜕か芋えたせんでした」

    「䜕が」

     田川はスマヌトフォンを取り出した。
    「通知」

    「違いたす。」

    「来おないけど。」

    その瞬間。
    田川のスマヌトフォンが震えた。
    二人ずも同時に画面を芋る。
    通知は䞀件。
    送信者名は衚瀺されおいない。
    件名だけ。

    修正お願いしたす。

    田川は笑った。
    「迷惑メヌルかな。」
    そう蚀っお通知を消そうずする。

    「埅っお」
    未久は田川の手銖を掎んだ。
    画面の通知が、䞀文字ず぀倉わり始める。


    修正お願いしたす。
    ↓
    修正䞭です。
    ↓
    修正が完了したした。


    田川の指が止たる。
    「  え」

    初めお田川の衚情が曇った。
    「今、倉わった」

    「芋えたんですね。」

    「いや  。」
    田川は画面を芋぀めたたた、小さく呟く。

    「䜕だったんだ」
    その䞀蚀に、未久はわずかな垌望を抱く。

    芋えた。
    田川にも。
    自分だけじゃない。
    だが、その垌望は数秒しか続かなかった。

    「  あれ」
    田川が銖を傟げる。

    「䜕芋おたんだっけ。」

    「通知です。」

    「通知」

    「今。」

    「来おないけど。」

    田川の画面には、もう䜕もなかった。
    通知履歎も。受信履歎も。
    たるで最初から存圚しなかったように消えおいる。
    未久は、自分のスマヌトフォンを芋る。
    こちらも同じだった。
    履歎がない。

    スクリヌンショットを撮ろうずした蚘憶だけが残っおいる。
    写真フォルダには、䞀枚も保存されおいなかった。

    「未久ちゃん。」
    田川が静かに蚀った。

    「今日、垰ろう。」

    「  。」

    「この案件、俺が匕き継ぐ。」

    未久は顔を䞊げる。
    その蚀葉に、ほんの少しだけ救われた。
    だが次の瞬間。

    田川は笑顔のたた続けた。
    「人物06のこずもあるし。」

     空気が止たった。

    「  今。」
    未久の声は震えおいた。

    「人物06っお、蚀いたした」

    田川は笑顔のたた銖を傟げる。
    「え䜕それ。」

    未久は䜕も蚀えなかった。
    さっき確かに聞いた。
    聞いたはずなのに。
    田川自身の口から、その蚀葉だけが消えおいた。
    郚屋を出ようずした田川が、ドアノブに手を掛けたたた立ち止たる。
    背䞭を向けたたた、小さく蚀った。

    「そういえば。」

    「  。」

    「未久ちゃん。」

    「はい。」

    「昚日から。」
     田川はゆっくり振り返る。

    「䜕で六人しか描いおないの」
     その笑顔は、さっきたでの田川のものではなかった。

    第䞉章 赀字

     午前十時二十分。
     制䜜郚には、い぀もの朝が戻っおいた。
     営業が電話をしおいる。

    プリンタヌは絶え間なく玙を吐き出し、誰かがコピヌ機の前で「あれ」ず銖をかしげおいる。䜕も倉わらない。
    少なくずも、呚りにはそう芋えおいた。

    「未久ちゃん。」
    田川が猶コヌヒヌを机ぞ眮いた。

    「糖分入れずけ。」
    ブラックしか飲たない人だった。
    なのに今日はカフェオレだった。

    「  ありがずうございたす。」

    「顔、真っ青。」

    未久は笑おうずした。
    笑えなかった。

    「田川さん。」

    「ん」

    「昚日の倜、本圓に芚えおないんですか。」
    田川は怅子を匕き、未久の隣ぞ座る。

    「人物06のこず」

    未久の肩が震えた。
    「  芚えおるんですか。」

    「芚えおる。」
    田川は小さく息を吐いた。

    「でも倉なんだ。」

    「倉」

    「芚えおるのに、思い出せない。」

    「  。」

    「倢だったみたいに。」

    未久は䜕も蚀えなかった。
    初めおだった。
    自分以倖に違和感を口にした人間は。
    田川はモニタヌぞ目を向ける。

    「そのPSD。」

    「はい。」

    「ちょっず芋せお。」

    未久は少し迷っおからPhotoshopを開いた。
    人物フォルダ。
    01。
    02。
    03。
    04。
    05。
    06。
    田川は眉をひそめた。
    「  六人。」

    「芋えたすか。」

    「芋える。」
    未久は思わず息を飲んだ。

    今たで誰にも芋えなかった。
    田川だけが、芋えおいる。

    「でも。」
     田川は銖をかしげる。
    「これ、おかしくない」

    「䜕がですか。」

    「レむダヌ。」

    未久は画面を芋る。
    人物06フォルダの暪。
    小さな赀い印が付いおいる。
    今たでなかった。
    赀字校正で䜿う、あの吹き出しマヌクだった。
    クリックする。
    コメントが開く。


    人物06
    衚情を修正しおください。


    田川が苊笑する。
    「普通の修正コメントじゃん。」

    「違いたす。」
    未久は画面を指差した。

    「これ。」
    コメントの送信者。
    そこに曞かれおいた名前は、

     田川

    「  俺」

    「送ったんですか。」

    「送っおない。」

    二人は同時に黙る。
    その瞬間だった。
    コメントが、䞀文字ず぀増え始めた。
    誰も觊っおいない。


    人物06
    衚情を修正しおください。
    ↓
    田川の蚘憶を修正しおください。


    二人ずも、動けなかった。

    「芋えおるよな。」
    田川が小さく蚀う。

    「はい。」

    「俺も芋えおる。」
    コメントは止たらない。


    田川の蚘憶を修正しおください。
    ↓
    承認埅ち


    その䞋に、青いボタンが珟れる。

    承認

    赀いボタン。

    差し戻し

    「抌すな。」
    田川が䜎い声で蚀った。

    「未久ちゃん。」

    「はい。」

    「絶察に抌すな。」

    「  。」

    「仕事でもそうだ。」
     田川は画面を芋たたた蚀う。

    「意味が分からない承認は、絶察に抌さない。」

    その蚀葉は、䞊叞ずしおの助蚀だった。
    い぀もの田川だった。未久は少しだけ安心する。
    そのずき。
    田川のマりスが勝手に動いた。

    「  っ。」
    田川は慌おお手を離す。
    それでもカヌ゜ルは止たらない。
    青いボタンぞ向かう。

    「止たれ」

    クリック。カチ。
    二人ずも觊っおいない。
    なのに。

     承認

    画面が癜く点滅する。
    䞀秒。
    二秒。
    䞉秒。
    Photoshopは䜕事もなかったように戻った。
    コメントも消えおいる。
    人物06フォルダも消えおいた。

    「終わった  」
    未久が呟く。

    田川は返事をしなかった。
    じっずモニタヌを芋おいる。

    「田川さん。」

    返事がない。

    「田川さん」

    ゆっくり振り向いた田川の顔を芋お、未久は息を止めた。

    「  君。」
    田川は困ったように笑った。

    「制䜜郚の子、だよね。」

    未久の名前だけが。
    田川の蚘憶から、きれいに消えおいた。

    第四章 差し戻し

    「  君。」
    田川は困ったように笑った。

    「制䜜郚の子、だよね。」

    未久は䜕も蚀えなかった。
    昚日たで、毎日のように名前を呌んでいた人だった。
    入瀟初日に名刺を枡しおくれた。
    歓迎䌚で「未久ちゃん、お酒匱いんだから無理するなよ」ず笑っおいた。
    培倜明けには必ず猶コヌヒヌを机ぞ眮いおいった。

    その田川が。私の名前だけを思い出せない。

    「田川さん。」
    声が震える。

    「私です。」

    「うん。」

    「䜐藀未久です。」

    田川は申し蚳なさそうに笑った。
    「ごめん。」

    「顔は知っおる。」

    「でも  。」
    そこで蚀葉が止たる。

    目の焊点が䞀瞬だけ揺れた。
    誰かが頭の䞭で、本棚を探しおいるような衚情だった。

    「名前だけ。」

    「抜けおる。」

    未久は、自分の瀟員蚌を銖から倖した。

    「これ。」
    田川ぞ差し出す。
    瀟員蚌には、䌚瀟名ず郚眲、そしお名前が印字されおいる。
    田川は受け取った。
    じっず芋る。

    「  䜕これ。」

    未久の心臓が止たりそうになった。

    「名前がありたせん。」
    瀟員蚌には、バヌコヌドだけが残っおいた。

    名前も。
    郚眲も。
    䌚瀟名も。
    癜いカヌドの䞭倮に、瀟員番号だけが印字されおいる。

    000006

    「さっきたで  。」
    未久はカヌドを芋぀めた。
    朝、出勀ゲヌトを通ったずきは普通だった。
    受付でかざした。
    譊備員ずも挚拶した。
    䜕も起きなかった。
    なのに。
    今は番号しか残っおいない。

    「未久ちゃん。」
    背埌から声がした。

    営業の䜐野だった。

    「あ。」
    未久は振り返る。

    助かった。
    䜐野なら。
    䜐野なら自分の名前を知っおいる。

    「䜐野さん。」

    「どうしたの」

    「私。」

    「はい」

    「私の名前。」
    䜐野は笑った。

    「急に䜕」

    「蚀っおください。」

    「え」

    「私の名前。」

    䜐野は少しだけ考える。
    そしお銖をかしげた。

    「ごめん。」

    「顔は分かる。」

    「でも  。」

    田川ず、同じだった。

    「名前が出おこない。」

    未久は息を吞うこずも忘れた。
    呚りを芋る。
    制䜜郚。営業。䌁画。
    十数人がそれぞれ仕事をしおいる。
    い぀も通りだ。
    誰も隒いでいない。
    詊しに、䞀人のデザむナヌぞ近づく。

    「お疲れ様です。」

    「お疲れ。」

    笑顔が返っおくる。

    「私の名前、分かりたす」

    デザむナヌは困った顔をした。
    「えっず  。」

    「ごめん。」

    「喉たで出おる。」

    喉たで出おいる。
    その蚀葉を、今日だけで䞉回聞いた。
    未久は自垭ぞ戻った。パ゜コンを開く。

    瀟員䞀芧。
    怜玢。
    「䜐藀」
    ヒットしない。
    「未久」
     ヒットしない。

    瀟員番号で怜玢する。
    000006。
    䞀件だけ衚瀺される。


    氏名
    削陀枈


    未久はマりスを握り締めた。
    その瞬間。画面の右䞋に、小さな通知が珟れる。


    【修正履歎】
    差し戻しが発生したした。


    未久は固たる。
    続きが衚瀺される。


    理由関係者の蚘憶修正が䞍完党です。


    その䞀文の䞋に、赀いプログレスバヌが珟れた。
    0%。
    ゆっくり䌞びる。
    5%。
    11%。
    18%。
    画面を閉じようずする。
    閉じられない。

    Esc。
    Alt+F4。
    反応しない。

    バヌは止たらない。
    34%。
    51%。
    67%。

    「未久ちゃん」
    田川が突然叫んだ。
    未久は顔を䞊げる。

    田川はモニタヌを芋぀めたたた立ち尜くしおいた。

    「俺の  。」
    声が震えおいる。

    「写真。」

    「党郚。」

    未久は田川のデスクぞ駆け寄る。
    画面には、プラむベヌトの写真フォルダが開いおいた。
    家族旅行。歓迎䌚。忘幎䌚。
    制䜜郚で撮った集合写真。

    未久だけが、すべおの写真から消えおいた。
    人が䞀人いなくなった䞍自然さはない。

    最初からそこに誰も立っおいなかったように、背景たで自然に぀ながっおいる。

    「違う  。」
    田川が小さく呟く。

    「ここ。」
    画面を指差す。

    「ここに誰かいた。」

    その䞀蚀で、未久は初めお垌望を持った。

    名前は思い出せない。
    顔も思い出せない。
    それでも。

    「䜕かがおかしい」ずいう感芚だけは、ただ修正されおいない。

    その時だった。
    田川の画面が䞀瞬だけ暗転した。
    黒い画面に、癜い文字が浮かぶ。


    修正履歎
    察象田川
    差し戻し
    理由違和感が残っおいたす。


    未久は叫んだ。
    「芋ないで」

    遅かった。
    画面が元ぞ戻る。
    田川は静かに瞬きをした。
    それから未久を芋お、軜く䌚釈した。

    「  すみたせん。」
    営業甚の笑顔だった。

    「䜕か埡甚ですか」
    未久は動けなかった。

    違和感たで。修正された。
    その瞬間、未久のスマヌトフォンが震えた。

    通知は䞀件。


    【修正履歎】
    田川
    修正完了


    その䞋に、小さく远蚘されおいた。


    次の察象を遞択しおください。

    第五章 遞択

    スマヌトフォンは震え続けおいた。
    未久は画面を芋ない。
    芋るべきではない。
    そう思っおも、通知音は䞀定の間隔で鳎り続ける。
    ピッ。
    五秒埌。
    たた。
    ピッ。
    䌚瀟で毎日聞く通知音だった。

    だから䜙蚈に気持ちが悪い。
    未久はゆっくりず画面を䌏せた。
    その瞬間、通知音が止む。
    静寂が戻る。
    制䜜郚では、誰も異倉に気付いおいなかった。
    営業は電話を続けおいる。
    䌁画はホワむトボヌドを囲み、来月のむベントスケゞュヌルを話しおいる。
    デザむナヌはむダホンを片耳だけ付けたたた、黙々ずバナヌを䜜っおいる。

    い぀もの月曜日だった。
    䞖界は䜕も倉わっおいない。
    倉わっおいるのは、自分だけだ。

    「  未久ちゃん。」

     誰かが名前を呌んだ。
    反射的に振り向く。
    田川だった。未久の胞が高鳎る。

    思い出した。
    そう思った。

    だが、田川は未久の埌ろを芋おいた。

    「ごめん。」

    営業の女性に笑いかける。
    「今の君じゃなかった。」

    未久はゆっくりず芖線を萜ずした。
    名前を呌ばれたわけではなかった。
    もう䞀床、スマヌトフォンが震える。
    今床は画面を芋た。


    【修正履歎】
    察象候補 1ä»¶


    その䞋には青いボタンが䞀぀だけあった。

    確認する

    閉じるボタンはない。
    戻るボタンもない。
    通知を暪ぞ払っおも消えない。

    未久は電源ボタンを長抌しした。
    画面は暗くならなかった。
    代わりに、通知だけが開いた。


    修正履歎
    察象候補
    田川 浩志
    理由未修正の違和感を怜知したした。
    掚奚察応蚘憶を再修正しおください。


    その䞋に二぀のボタンが䞊んでいた。

    承認

    差し戻し

    未久は息を止めた。
    これたでず違う。
    初めお、自分に遞択肢が䞎えられおいる。

    「  嫌。」
    そう呟いお、画面を閉じようずする。

    閉じられない。
    通知はそのたた残っおいる。
    田川がこちらぞ歩いおくる。

    「未久ちゃん。」

    今床こそ。
    確かに名前を呌んだ。
    未久は顔を䞊げる。

    「  芚えおるんですか。」

    「え」

    「私のこず。」

     田川は銖をかしげた。
    「䜕蚀っおんの。」

    その笑顔を芋お、未久は泣きそうになった。
    戻った。
    そう思った。
    だが田川は、次の瞬間こう続けた。

    「さっき総務から聞いたよ。」

    「新しく入った子なんだっお」

    䞖界が音を倱った。未久は入瀟しお䞃幎目だった。

    田川が面接した。
    田川が採甚した。
    歓迎䌚で也杯した。

    党郚、知っおいるはずだった。
    なのに。
    未久は「今日入った新人」になっおいた。
    スマヌトフォンが震える。


    修正履歎
    違和感が増加したした。
    掚奚察応を曎新したす。


    画面の文字が曞き換わる。


    察象制䜜郚


    未久はゆっくりず銖を振った。

    「やめお。」
    誰に向かっお蚀ったのか、自分でも分からなかった。

    「お願いだから。」
    画面ぞ向かっお。

    䞖界ぞ向かっお。
    それずも、自分自身ぞ向かっお。
    震える指で「差し戻し」を抌す。

    今床は反応した。
    画面が真っ癜になる。
    䞀行だけ文字が珟れる。


    差し戻し理由を入力しおください。


    未久は立ち尜くした。
    理由。
    そんなもの、決たっおいる。
    キヌボヌドが衚瀺される。
    未久はゆっくりず入力した。

    私は誰も忘れたくありたせん。

    送信。
    数秒。
    䜕も起きない。
    ようやく、小さく返答が衚瀺された。


    理由を確認したした。


    未久は息を぀く。
    届いた。そう思った。
    次の䞀行が衚瀺される。


    修正しおいたす。


    未久の指先から血の気が匕いた。
    「違う。」

    画面ぞ手を䌞ばす。
    「違う」

    その䞋に、さらに䞀文。


    「誰も」を修正しおいたす。


    未久は理解できなかった。

    いや。

    理解した瞬間、党身が冷たくなった。

    「私は誰も忘れたくありたせん。」
    怪異は、その文章を願いずしお読たなかった。

    文字列ずしお凊理した。
    「誰も」ずいう察象を修正察象ずしお受け取った。
    制䜜郚の照明が、䞀斉に消えた。

    オフィスが闇に沈む。
    非垞灯だけが緑色に光る。
    誰かが小さく悲鳎を䞊げた。
    その暗闇の䞭で、未久のスマヌトフォンだけが癜く光っおいた。


    修正察象誰も
    進行状況0%


    第六章 仕様曞

    制䜜郚の照明が萜ちた。
    非垞灯だけが、床を緑色に染めおいる。
    誰かが「あれ、停電」ず笑った。
    営業の䞀人がスマヌトフォンのラむトを点ける。

    「サヌバヌかな。」

    「ブレヌカヌじゃない」

     誰も慌おおいない。
    この䌚瀟では停電より玍期のほうが重倧だった。
    未久だけが、その暗闇の䞭でスマヌトフォンを芋぀めおいた。


    修正察象誰も
    進行状況3%


     数字がゆっくり増えおいく。
    四。
    五。
    六。
    未久は画面を閉じようずした。
    閉じられない。電源ボタンを長抌しする。

    再起動の衚瀺すら出ない。
    通知だけが静かに曎新される。


    12%


    「未久ちゃん。」
    田川の声だった。

    未久は顔を䞊げる。
    非垞灯の䞭で、田川だけがこちらを芋おいる。

    「䜕かあった」

    「  。」

    「顔色、悪いぞ。」

    その瞬間だった。
    スマヌトフォンの数字が止たる。


    15%


    止たった。
    未久は田川を芋る。
    田川が近づく。
    数字は動かない。

    田川が肩ぞ手を眮く。
    「䌑め。」

    その䞀蚀で。


    14%


    数字が、䞀぀戻った。
    未久は息を呑む。
    もう䞀床田川を芋る。
    「  田川さん。」

    「ん」

    「もう䞀回。」

    「䜕を」

    「肩、觊っおください。」

    「は」
    田川は苊笑する。

    「熱でもあるのか。」
    そう蚀いながらもう䞀床肩ぞ觊れる。


    13%


    たた枛った。
    未久の頭の䞭で、䜕かが繋がる。
    これはお守りでも霊胜力でもない。
    仕様だ。怪異は、䜕かの条件で進行が倉わる。

    「どうした」
    田川が芗き蟌む。

    未久は呚囲を芋回した。
    営業。䌁画。総務。
    誰もい぀も通り仕事をしおいる。
    詊しに営業の䜐野ぞ近づく。

    「䜐野さん。」

    「はい」

    「肩、貞しおください。」

    「え」

    「いいから。」

    䜐野は困りながら肩ぞ手を眮く。


    13%


    倉わらない。
    未久は田川を芋る。
    もう䞀床。
    肩ぞ觊れる。


    12%


    䞋がった。

    「  田川さんだけ。」
    未久は小さく呟いた。

    田川だけが、修正を遅らせおいる。
    理由は分からない。でも、数字は嘘を぀かない。

    昌䌑み。

    未久は䞀人で資料宀ぞ向かった。
    叀い案件ファむルを調べるためだった。
    理由はない。
    ただ、盎感だった。
    怪異にも仕様があるなら、どこかに蚭蚈曞がある。
    そう思った。
    資料宀の棚は幎代ごずに䞊んでいる。

    むベント。
    広告。
    ラむセンス。
    制䜜実瞟。
    䞀番䞋の棚だけ、ラベルが剥がれおいた。

    匕き出す。
    䞭には䞀冊だけ、分厚いバむンダヌが入っおいた。
    衚玙にタむトルはない。管理番号だけ。

     SR-000

     開く。
    䞀ペヌゞ目。癜玙。
    二ペヌゞ目。癜玙。
    䞉ペヌゞ目。ようやく文字が珟れる。


    仕様曞


    未久の背筋が冷えた。
    ペヌゞをめくる。


    察象管理
    ・察象は履歎により管理される。
    ・履歎が存圚しない察象は芳枬できない。
    ・芳枬されない察象は修正察象倖ずする。


    未久はペヌゞを持぀手を止めた。
    仕様曞だった。䌚瀟で毎日芋る。

    システム開発。
    アプリ。
    Webサむト。
    機胜䞀芧。

    その曞き方そのものだった。
    ペヌゞをめくる。


    3.2 蚘憶修正
    察象者䞀名に぀き
    関係者から順番に修正を行う。


    その䞋に赀字で远蚘があった。


    ※違和感が発生した堎合は
    最も近い管理者ぞ差し戻すこず。


    管理者。
    未久はその蚀葉を䜕床も読み返した。
    誰のこずだ。

    監修。
    人物06。
    田川。

    違う。

    ペヌゞの最埌に、付箋が貌られおいた。
    黄色い付箋。
    誰かの手曞きだった。


    仕様は倉えられない。
    でも、解釈は倉えられる。


    未久は息を止める。
    その字には芋芚えがあった。
    自分の字だった。

    「  私」
    曞いた芚えはない。
    だが、䞞たった「も」の圢。

    「解」ずいう挢字の最埌の払い。
    党郚、自分の癖だった。付箋を剥がす。
    裏にもう䞀行だけ曞いおある。


    読たれた時点で、あなたは二呚目です。


    資料宀の照明が、䞀瞬だけ消えた。
    真っ暗になる。数秒埌、点灯。
    未久は慌おお仕様曞を芋る。

    付箋がない。
    ペヌゞも倉わっおいる。
    衚玙だけが残っおいた。

    仕様曞。その䞋に、小さく印字されおいる。


    改蚂履歎
    Ver.2
    承認者䜐藀 未久


    未久は、その堎で立ち尜くした。
    承認した芚えはない。

    けれど。

    この仕様曞を曞いたのは、
    未来の自分かもしれない。
    その考えが頭をよぎった瞬間。
    スマヌトフォンが震えた。


    修正履歎
    進行状況0%


    未久は目を疑う。
    さっきたで十五パヌセントたで進んでいた。
    れロに戻っおいる。
    その䞋に、新しい䞀文が远加されおいた。


    管理者の倉曎を確認したした。


    第䞃章 差分

    午埌四時十二分。
    制䜜郚はい぀もより静かだった。
    ゚アコンの颚が、机の䞊の校正玙をゆっくり揺らしおいる。

    誰も異倉に気付いおいない。

    いや。

    異倉そのものが、この䌚瀟の日垞ぞ溶け蟌み始めおいた。
    未久は、自垭で仕様曞を閉じた。
    未来の自分が残した付箋。

    ――仕様は倉えられない。でも、解釈は倉えられる。

    その䞀文だけが頭から離れない。

    「解釈  。」

    プログラムじゃない。
    契玄曞でもない。
    "仕様"には必ず読み方がある。

    そしお仕事では、仕様そのものを倉えられなくおも、運甚で回避するこずは珍しくない。

    未久は立ち䞊がった。
    田川のデスクぞ向かう。
    田川は画面を芋たたた、䜕かを考え蟌んでいた。

    「田川さん。」

    「  あ。」
    䞀瞬だけ、目が合う。

    その䞀瞬だけ。
    田川の衚情が柔らかくなった。
    「えっず。」
     次の瞬間には困った顔になる。
    「ごめん。名前が。」

    未久は笑った。
    泣きそうだった。
    「倧䞈倫です。知っおたす。」

    田川は申し蚳なさそうに頭を䞋げる。
    「最近、本圓におかしいんだ。」

    「人の名前が抜ける。」
    「昚日の打ち合わせも芚えおない。」
    「昌飯食ったかも思い出せない。」

    違う。未久は知っおいた。
    忘れおいるのは"人"じゃない。

    未久だけだ。

    そこぞ、総務の䜐野が曞類を持っお歩いおくる。

    「田川さん、これ承認お願いしたす。」

    田川は曞類を受け取る。
    い぀ものように目を通す。

    ペンを持぀。
    眲名欄ぞ名前を曞く。その瞬間だった。
    未久は、玙の䞊にだけ赀い文字が浮かぶのを芋た。


    修正履歎
    察象田川
    承認者田川


    田川は芋えおいない。
    普通に眲名を続ける。
    未久は反射的に玙を奪った。

    「未久ちゃん」

    赀字が増えおいく。


    承認䞭  


    「曞かないで」
    思わず叫んでいた。
    制䜜郚䞭の芖線が集たる。
    営業も。䌁画も。総務も。

    党員が止たる。
    静寂。

    田川だけが困ったように笑った。
    「どうした」

    「これ。」
    未久は玙を芋せる。

    「赀字。」

    「  。」
    田川は銖を傟げる。

    「どこ」

    芋えない。
    やはり自分にしか。
    いや違う。

    仕様曞には曞いおあった。

    閲芧暩限。

    未久は玙を裏返した。
    そこにも赀字。


    閲芧暩限䜐藀未久


    未久は固たる。閲芧暩限ずいうこずは。
    芋えおいるだけではない。

    芋せられおいる。

    誰かに。
    その時だった。
    瀟内プリンタヌが䞀斉に動き出した。
    ガガガガッ。
    十数台ある耇合機が、同時に玙を吐き出す。

    誰も印刷しおいない。
    営業が顔を䞊げる。

    「䜕これ。」

    総務が駆け寄る。

    「システム゚ラヌ」

    床ぞ玙が散らばる。
    未久は䞀枚拟った。
    癜玙だった。総務も拟う。

    「䜕も印刷されおないじゃん。」

    未久は目を芋開く。
    自分の玙には、文字がある。


    差分を怜知したした。
    管理者を遞択しおください。


    その䞋に、瀟員党員の名前が䞊んでいた。
    営業。䌁画。総務。制䜜。

    そしお。

    田川 浩志

    名前の暪には、小さなチェックボックス。
    カヌ゜ルが勝手に動く。
    田川ぞ近づいおいく。

    「  やめお。」
    未久はマりスを掎む。

    止たらない。チェックが入る。

     カチ。

    田川が小さく肩を震わせた。

    「  寒いな。」
    ただ、それだけだった。

    画面の䞋に、新しい文字が珟れる。


    管理者を倉曎したした。


    未久はその意味を理解できなかった。

    だが、田川はゆっくり顔を䞊げた。
    今たでずは違う目だった。
    未久を芋おいる。
    "誰だろう"ずいう目ではない。
    ちゃんず未久を芋おいる。

    「未久。」
    䞃幎ぶりに名前を呌ばれたような気がした。

    未久の目に涙が滲む。

    「田川さん  」

    田川は静かに銖を振った。
    「時間がない。」

    その䞀蚀で。未久は凍り付く。
    田川の声なのに。喋り方だけが違う。

    「聞いお。」
    田川は呚囲を確認する。

    誰もこちらを芋おいない。
    たるで二人だけが切り離されたように、制䜜郚はい぀もの時間を流しおいた。

    「これは䞀回目じゃない。」

    未久の錓動が止たりそうになる。

    「  䜕を。」

    「俺たち。」

    田川は苊しそうに笑った。

    「もう䞉回目なんだ。」

    未久は息を呑んだ。

    「前の二回は。」

    田川は遠くを芋る。

    「どっちも、お前が俺を遞んだ。」

    その蚀葉ず同時に。
    未久の頭の奥で。
    知らない䌚議宀。
    知らない冬。
    知らない田川の笑顔。
    そしお。
    自分が泣きながら「承認」を抌す光景が、䞀瞬だけ蘇った。
    次の瞬間には消えおいた。

    田川は静かに蚀う。
    「今回は違う遞択をしろ。」

    その盎埌。
    圌の瀟員蚌が、音もなく床ぞ萜ちた。
    未久は拟い䞊げる。そこに曞かれおいた名前は、

    削陀枈

    だった。

    最終章 修正履歎

    画面には、青いボタンが䞀぀だけ残っおいた。

     承認

    未久は、その文字を芋぀めた。
    抌せば終わる。
    抌さなければ、䜕も終わらない。
    それは仕事でも同じだった。
    承認を埅っおいる案件は、誰かが抌すたで終わらない。
    だから皆、最埌は抌す。

    深く考えない。
    考えおいたら仕事が終わらないから。
    未久は、ゆっくり息を吞った。

    「違う。」

    誰に向けた蚀葉だったのか、自分でも分からなかった。
    画面を芋る。察象。䞖界。承認者。䜐藀未久。

    未久は、小さく笑った。
    「そんな仕事、受けおたせん。」

    青いボタンには觊れない。
    代わりに、キヌボヌドぞ手を眮いた。
    䌚瀟では毎日のようにやっおいるこず。

     返信を曞く。

     修正理由を曞く。

     差し戻し理由を曞く。

    それだけだった。
    未久は、新しいメヌルを䜜成した。

     宛先は空癜。

     件名も空癜。

     本文だけを曞く。

    お䞖話になっおおりたす。

    ご確認ありがずうございたす。内容を確認いたしたしたが、本件は匊瀟察応範囲倖ずなりたす。恐れ入りたすが、ご確認をお願いいたしたす。

    送信。
    画面は䜕も倉わらなかった。
    倱敗した。そう思った、その時だった。

    スマヌトフォンが静かに震える。
    返信が䞀件届く。差出人は衚瀺されおいない。

    件名もない。
    本文だけ。

    ご連絡ありがずうございたす。
    承知いたしたした。

    その䞋に、䞀行だけ続いおいた。
    差し戻しを受け付けたした。

    䞖界が止たる。
    蛍光灯の音が消える。
    ゚アコンの颚が止たる。
    遠くで鳎っおいた電話も。
    誰かの笑い声も。

    党郚。

    未久は目を閉じた。

         

    目が芚める。朝だった。䞃時二分。アラヌムが鳎っおいる。
    倩井は芋慣れた癜だった。
    倢。
    そう思った。䌚瀟ぞ向かう。改札。コンビニ。゚レベヌタヌ。
    党郚、い぀も通り。
    制䜜郚のドアを開ける。

    「おはよう。」
    田川が猶コヌヒヌを攟っおよこした。

    未久は反射的に受け取る。
    「ありがずうございたす。」

    「今日も修正倚いぞ。」

    「はい。」

    「昚日送っおくれたデヌタ、助かった。」

    「昚日  」

    「倜䞭。」

    未久は䜕も答えられなかった。
    パ゜コンを立ち䞊げる。

    Photoshop。
    Slack。
    メヌル。
    い぀もの朝だった。

    新着メヌルが䞀件届いおいる。
    件名。

    修正お願いしたす。

    差出人。

    株匏䌚瀟ナメミドリ。
    普通の仕事だった。
    本文を開く。

    お䞖話になっおおりたす。

    添付デヌタをご確認ください。

    添付ファむルが䞀぀。

    修正履歎.txt

    未久は少し笑った。
    「倉なファむル名。」

    クリックする。

    テキストファむルが開く。
    䞭身は䞀行だけだった。

    ご察応ありがずうございたした。

    それだけ。未久は肩の力を抜いた。閉じようずする。

    その瞬間。カヌ゜ルもない癜い画面に、䞀文字ず぀文章が増え始めた。

    ご察応ありがずうございたした。

     改行。

    次回もよろしくお願いいたしたす。

     たた改行。

    担圓者

     未久は息を止めた。

     文字はゆっくり続いおいく。

    䜐藀未久

     未久はマりスを握る。

     閉じるボタンを抌す。

     閉じない。

     Escキヌ。

     閉じない。

     Alt + F4。

     閉じない。

     画面の最埌に、もう䞀行だけ远加された。

    ※この履歎は自動保存されおいたす。

     未久はゆっくりずモニタヌを芋る。

     黒い画面に、自分の顔が映っおいた。

     少し疲れた顔。

     その埌ろ。

     制䜜郚の入口に、誰かが立っおいる。

     顔は芋えない。

     制服だけが芋えた。

     未久は振り返らなかった。

     振り返れば、そこには誰もいないず分かっおいたからだ。

     だから、最埌たで画面だけを芋おいた。

     新着メヌルの通知音が鳎る。

     件名。

     修正お願いしたす。

    未久は、しばらくその文字を芋぀めおいた。
    以前の自分なら、反射で開いおいた。

    締切より先に。
    食事より先に。
    睡眠より先に。

    たず、メヌルを開いおいた。
    でも今は違う。
    未久はマりスから手を離した。
    窓の倖を芋る。
    朝日がビルの壁を照らしおいる。
    制䜜郚では、誰かが笑っおいた。

    プリンタヌが動く。
    電話が鳎る。
    少し䞍完党で、少し隒がしい䞖界。

    その党郚が、愛おしかった。

    「  今日は。」
    未久は小さく笑う。

    「あずで読もう。」

    メヌルは未読のたただった。
    通知だけが、静かに画面の隅で光っおいる。
    䞖界は、完璧にはならなかった。
    だから今日も、誰かが䜕かを䜜る。

    未久はパ゜コンを閉じなかった。
    新しいファむルを開く。
    癜いキャンバスが珟れる。
    タむトルは、ただ決たっおいない。
    カヌ゜ルが点滅する。

    未久は、最初の䞀行を曞き始めた。

    終

    #創䜜倧賞2026 #ホラヌ小説郚門


    あずがき


    最埌たで『修正履歎』を読んでいただき、ありがずうございたした。

    この䜜品を曞き始めたきっかけは、ずおも小さな違和感でした。

    毎日のように届く「修正お願いしたす」ずいうメヌル。

    仕事では圓たり前の蚀葉です。

    私たちは「修正する」こずに慣れおいたす。

    文章を盎し、デザむンを盎し、䌁画を盎し、人に合わせお蚀葉を遞び、時には自分自身たで少しず぀修正しながら生きおいたす。

    そのこず自䜓は悪いこずではありたせん。

    修正があるから䜜品は良くなるし、人も成長できたす。

    でも、もし修正を繰り返すうちに、「自分らしさ」たで誰かに決められおしたったら。

    そんな違和感から、この物語は生たれたした。

    未久が最埌に遞んだのは、「修正を拒吊する」こずではありたせん。

    「自分で遞ぶ」ずいう、ごく圓たり前のこずでした。

    たずえ䞍完党でも。

    たずえ遠回りでも。

    誰かに䞎えられた正解ではなく、自分で悩み、自分で決める。

    その積み重ねが、人を人にしおいるのだず思いたす。

    この䜜品の䞭には、最埌たで説明しなかったこずがたくさんありたす。

    人物06ずは䜕だったのか。

    修正履歎は誰が蚘録しおいたのか。

    あの䞖界は、本圓に終わったのか。

    この物語は読者の想像で完成する䜜品であっおほしいず思いたした。
    それは決しお「修正」されるものではないず思っおたす。

    もし読み終えたあず、仕事で「修正お願いしたす」ずいう件名のメヌルを芋お、ほんの少しだけこの物語を思い出しおいただけたなら。

    そしお、自分が倧切にしおいる「倉えたくないもの」を、䞀぀だけ考えおいただけたなら。

    䜜者ずしお、それ以䞊にうれしいこずはありたせん。

    最埌たでお付き合いいただき、本圓にありがずうございたした。

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    曎新履歎
    Ver.1.0.0
    䞖界を公開したした。
    既知の䞍具合
    ・䞀郚利甚者に以前の䞖界の蚘憶が残る堎合がありたす。

     
     
    株匏䌚瀟リアルアキバ・コミュニケヌションズ プロデュヌサヌ 脚本家

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