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小説「むンクの匂いは、文明開化の音がする」プロロヌグ

    奔流倧孊のキャンパスには、目に芋えない奔流が流れおいる。

    Wi-Fi。

    孊生たちは講矩棟の間を歩きながら、
    発光する長方圢の画面を芗き蟌んでいた。

    笑い、怒り、流行、炎䞊、恋愛、政治。

    あらゆる情報が毎秒ごずに生たれ、消え、忘れられおいく。
    昌䌑みの広堎では、誰かが投皿した動画が話題になっおいた。昚日たで無名だった孊生が、䞀倜にしお数十䞇回再生ずいう勲章を䞎えられる。
    だが䞀週間もすれば、誰もその名前を芚えおいない。
    蚀葉は流れ続ける。たるで濁流だった。

    宇治田 治は、その光景を法孊郚棟の窓から眺めおいた。
    四階の廊䞋。窓ガラスには倕暮れが映っおいる。
    孊生たちは皆、忙しそうだった。

    就職掻動、資栌取埗、起業、サヌクル、留孊、自己実珟。

    誰もが未来ぞ向かっお走っおいる。そのはずだった。

    「党郚、軜いな」

    宇治田は呟いた。誰に聞かせるでもない独り蚀だった。

     軜い。最近の蚀葉は軜すぎる。
    誰も責任を持たない。誰も蚘憶しない。誰も保存しない。ただ流し、
    消費し、忘れおいく。それで本圓に䜕かが残るのだろうか。

    ――いや、残らないのではない。流された蚀葉の底に、䞀䜓どれだけのものが沈み、芋えなくなっおいくのか、誰も知りもしないのだ。

    宇治田の手は、無意識のうちにき぀く握りしめられおいた。
    爪が手のひらに食い蟌む。圌の瞳の奥には、キャンパスの華やかな光ずは明らかに質の違う、昏い火が灯っおいた。画面を滑っおいく蚘号のような蚀葉に察しお、圌は単なる懐叀趣味ずは違う、もっず刺すような拒絶を抱いおいる。だが、その理由を語る盞手は、この倧孊には䞀人もいなかった。

    講矩終了のチャむムが鳎る。孊生たちが教宀から溢れ出す。
    宇治田は人の流れに逆らうように歩き始めた。向かう先は地䞋だった。

    法孊郚棟の地䞋には、今ではほずんど䜿われおいない旧印刷準備宀がある。
    か぀お倧孊新聞や孊術誌の印刷に䜿われおいた堎所だずいう。
    階段を降りるたび、空気が倉わっおいく。

    コンクリヌトの匂い。湿気。叀い玙の臭気。

    珟代から切り離されたような静けさ。

    地䞋最奥の鉄扉を抌し開ける。そこには、時間に忘れられた郚屋があった。
    壁際には油の抜けた叀い掻版印刷機。積み䞊がった雑誌の束。色耪せたポスタヌ。倩井では䞀本だけ残った蛍光灯が頌りなく明滅しおいる。

    宇治田は机の䞊に眮かれた䞀冊の雑誌を手に取った。
    昭和の終わり頃に発行された倧孊文芞誌だった。黄ばんだ衚玙。擊り切れた背衚玙。ペヌゞをめくる。叀いむンクの匂いが立ち䞊る。

    その瞬間だった。䞍思議な感芚が宇治田を襲った。
    そこには確かに誰かがいた。

    䞉十幎以䞊前に、この文章を曞いた孊生。線集した孊生。校正した孊生。
    培倜で印刷した孊生。もう卒業し、瀟䌚ぞ出お、あるいは家庭を持ち、
    あるいはこの䞖を去っおいるかもしれない誰か。
    だが圌らの蚀葉だけは、ここに残っおいる。

    スマヌトフォンが開く薄っぺらな光の画面には、絶察にない感芚だった。
    デヌタは耇補できる。拡散できる。だが、この重みは耇補できない。
    人間が生きた痕跡。迷い。情熱。執念。そうしたものが、この玙には染み蟌んでいる。

    「『文字は思想の、あるいは感情の衣裳である』」

    か぀お幞田露䌎が残した蚀葉を、宇治田は指先に觊れる玙の凹凞を確かめながら、静かに、噛み締めるように呟いた。

    衣類には、それを身に぀けた人間の䜓枩が残る。ならば、あの画面の䞭を流れる剥き出しの蚀葉たちはどうだ。誰の䜓枩も残さず、ただ消費されお消えるだけの蚘号に、どんな䟡倀があるずいうのか。

    宇治田は静かに雑誌を閉じた。流されるためではなく、残るための蚀葉を、ここ玙に刻む。その考えは、圌の胞の奥にある「語られぬ傷」から生じた、ただ圢を持たない小さな火だった。

    「君も倉わり者か」

    地䞋宀の奥から声がした。
    振り返るず、薄暗い゜ファの䞊に䞀人の男が寝転がっおいた。
    分厚い六法党曞を枕にしおいる。现い目。冷めた衚情。

    法孊郚䞉幎、梶浊 安吟だった。

    「普通の孊生は、そんなに熱い目でゎミを芋぀めたりしない」

    梶浊は六法党曞を枕にしたたた、面倒くさそうに片目だけを開けた。

    「ゎミじゃない。䞉十幎前の、蚀葉の死䜓だ」

    宇治田がそう蚀っお雑誌を掲げるず、安吟はふんず錻を鳎らし、
    ようやく身䜓を起こした。

    「死䜓ね。文孊的な衚珟は結構だが、法孊的に蚀えばそれはただの『占有離脱物』、芁するに攟眮された廃棄物だ。で 君はその死䜓を前に、
    䞀䜓䜕を目論んでいるんだい、宇治田君」

    同じ法孊郚の同孊幎だ。倧講矩宀で䜕床か顔を合わせたこずはあったが、
    蚀葉を亀わすのはこれが初めおだった。
    安吟の目は、たるで事件の調曞を読む怜事のように冷ややかだった。

    「雑誌を䜜る」

    宇治田が短く答えるず、地䞋宀に䞀瞬の沈黙が流れた。
    次の瞬間、安吟は真顔でスマヌトフォンの画面をタップし始めた。

    「  䜕をしおいる」

    「いや、珟代医孊の進歩を信じお、君のために粟神科の予玄を取ろうず思っおね。冗談だろう 今の時代に玙の雑誌だっお タむパもコスパも最悪だ。ネットに䞊げれば䞀秒で䞖界に届く時代に、わざわざ重くお、かさばっお、砎れるゎミを生産するなんお、正気の沙汰じゃない。
    経枈孊郚の連䞭が聞いたら、効率の悪さに卒倒するレベルのドブ銭だぞ」

    「だからこそ、やるんだ」

    宇治田の目が、からかいを跳ね返すように昏く光った。

    「䞀秒で届く蚀葉は、䞀秒で消える。誰も芚えないし、誰も責任を持たない。俺は、消えない蚀葉をここに残したい。
    曞き換えのきかない、質量を持った蚀葉をだ」

    安吟はしばらく宇治田の顔を凝芖しおいた。
    宇治田の瞳の奥にあるのは、単なる文系青幎のノスタルゞヌではない。
    もっず切実で、どこか血の匂いがするような、匕き返せない執着だった。

    安吟は呆れたように倧きなため息を぀くず、
    枕にしおいた分厚い六法党曞を、ドサリず机に眮いた。

    「ただいたんだな。効率化ずいう名の文明開化に、刀䞀本で逆らおうずする時代遅れのサムラむが。  だが宇治田、君の理想は綺麗すぎる。
    掻字にすれば蚀葉が枅らかになるずでも思っおいるのか」

    安吟は県鏡のブリッゞを指先で抌し䞊げ、冷酷な笑みを浮かべた。

    「『人間は恋をし、堕萜する。それ以倖に人間を救う道はない』。
    坂口安吟はそう蚀った。君の蚀う『矎しい蚀葉』なんおものは、法廷に䞊ぶ無機質な蚌拠曞類ず同じで、誰の腹も満たさないし、誰も救いやしない」

    安吟は机の䞊の六法党曞をトントンず指で叩いた。

    「もし俺が君の、その雑誌創刊ずいう無謀な自殺行為に手を貞すなら、
    条件は䞀぀だ。この倧孊の底に溜たった、ドロドロの『堕萜』を暎くこず。
    ――たずえば、倧孊圓局がひた隠しにしおいる、䞍透明な助成金の流れずかな。綺麗事じゃない、人間が矎名の裏でどう汚らしく堕萜しおいくか、
    その生々しい真実を玙にハッキリず刻み぀ける戊堎にするなら、
    手を貞しおやっおもいい」

    宇治田は驚き、安吟を芋぀めた。
    冷培で、ひねくれおいお、しかし確実に「蚀葉の牙」を持぀男。

    「  お前、法孊郚生なのにスキャンダルを远っおるのか」

    「法を孊ぶ者が、党員正矩の味方だず思うなよ。俺はただ、特等垭で人間の業を芋物したいだけさ。どうだ 君の綺麗な玙を、俺の持っおくる泥で汚す芚悟はあるか」

    宇治田は、ただむンクの匂いが残る指先を芋぀め、
    それから安吟に向き盎っお䞍敵に埮笑んだ。

    「いいだろう。お前の持っおくる『堕萜』を、
    この玙で氞遠に保存しおやる」

    宇治田がそう蚀っお䞍敵に埮笑むず、安吟はすぐに冷ややかな珟実の県差しに戻り、手元のスマヌトフォンを操䜜し始めた。

    「よし、契玄成立だ。では副線集長ずしおの最初の仕事ずしお、
    我が『地䞋宀線集郚』の珟実的な法的・経枈的リスクを算定しおあげよう」

    安吟は画面を芋぀めたたた、淡々ず指を動かす。

    「たず、君の指定した『明治の質感を再珟する特泚の和玙』ず、光を吞い蟌むような『挆黒の極みむンク』。これらを最䜎郚数で発泚したずしお  
    うん、珟圚の君のバむト代の残高では、衚玙を䞉枚刷った時点で完党に砎産する」

    「  䞉枚」

    宇治田の笑みが匕き぀った。

    「そう、䞉枚だ。しかも、この化石のような掻版印刷機だがね」

    安吟は゜ファから立ち䞊がり、油の抜けた鉄の塊をコンコンず叩いた。

    「電力を絶望的に消費する。もしこれをたずもに動かしたら、法孊郚棟のブレヌカヌが萜ちるか、あるいは倧孊の事務局から『異垞な電力消費』ずしお目を぀けられ、䞀発でこの隠れ家が没収される。法孊的に蚀えば、僕たちはスタヌトラむンに立぀前に、䞍法占拠ず噚物砎損のコンボで退孊凊分だ」

    宇治田は腕を組み、印刷機を芋぀めた。

    「金がないなら、集めるしかない。電気に頌れないなら、手で回すたでだ」

    「真顔で脳筋みたいなこずを蚀うな」

    安吟は心底呆れたようにため息を぀いた。

    「いいかい、宇治田。君の頭の䞭にあるのは、矎しい掻字が䞊ぶ高尚な文孊雑誌かもしれない。だが、珟実にそれを䞀冊の『物䜓』ずしおこの䞖に産み萜ずすには、金を工面し、泥氎をすすり、倧孊の目を盗んでゲリラ戊を仕掛ける必芁があるんだ。君にその泥臭い実務ができるのか」

    「できる。䜕でもやる」

    宇治田の蚀葉に迷いはなかった。その瞳の奥にある昏い火は、
    安吟がどれだけ冷たい珟実を济びせかけおも、決しお消えそうになかった。

    「  やれやれ、本圓にタチの悪い男に捕たったな」

    安吟は県鏡のブリッゞを抌し䞊げ、口元に埮かな、
    しかし楜しげな笑みを浮かべた。

    「分かったよ。じゃあ、たずはその『䜕でもやる』を蚌明しおもらおうか。
    資金集めず、この鉄屑を動かすための人手が必芁だ。経枈孊郚や文孊郚に、
    君ず同じくらい頭のネゞが吹き飛んだ、䜿い勝手のいい倉人が転がっおいないか、たずはリサヌチから始めるずしよう」

    宇治田は、ただむンクの匂いが残る指先を匷く握りしめた。
    目の前にあるのは、䞀通の告発状の原皿ず、動かない鉄の塊。
    そしお、最高に皮肉屋の盞棒。

    ここから、圌らの無謀な逆流が、
    ようやく最初の䞀歩を螏み出そうずしおいた。続く

     
     

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    アラ還の元テレビ屋  趣味皋床の映像制䜜ず絵を描く 叀着旅散歩酒堎攟浪をこよなく愛す 䜓隓を基にしたあるいは完党創䜜ストヌリヌを曞く

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