
7時45分、いつもの電車にて。
気になる人がいる。
名前も知らない、年は多分2つか3つ上。
電車の2両目後ろ側、進行方向から見て左に座っている男の人。大学生だろうか。私服で黒のリュックを膝に乗せながらいつも文庫本を読んでいる。
この朝早い、学生が最も多いであろう時間帯に、いつ見ても涼しい顔をして座っているということは、私の最寄り駅の二つ前の駅で乗っているのかもしれない。そこは始発駅だから、一番早く席を取りやすい。
そこから駅が二つもあれば、もう座る所は何処にもない。最初から諦めて立つしかないのだ。
片道15分の距離をずっと立っているよりかは座れる方がいいのだが、その願いは高校生になり1年近く経っても、叶ったことはない。
風で崩れた前髪を直す、フリをして手鏡の向こう側、正面に座っているその男の人をこっそりと見る。
今日は深緑のパーカーに紺のデニム。前もあのパーカー着てたな。いいなぁ、その色が似合って。
少し重たそうな前髪は右分けにして整えている。ぺったりと整えているというより、軽めのワックスを無造作風につけているからか、ふんわりとしていて、なんだか、ふわふわの犬みたいな。
私はいつの間にか、その人を観察するのが日課になった。きっかけは覚えていない。しいて言うなら、顔が好みだから。
電車が停車し、多くの人が乗り換えの為に電車を降りていく中、彼と、私は動かない。
他にも動かない人はいるだろうけど、彼と私はチームのように、まだ目的地にたどり着いていない同志のように、この時間だけ仲間になれるのだ。
名前も、人生も、何も知らないけど、ここで降りないことは知っている。
電車が動き出し、私の学校の最寄り駅に到着するアナウンスが流れる。
彼の方を見ると、文庫本の話が嫌な展開なのか、少し顔をしかめていた。
また、知らない顔だ。
最寄り駅に着き、私と、私以外の学生や社会人が降りるけど、彼は降りない。まだ先なのだ。一体どこに行くんだろう。
いつか、もう少し、仲間でいられますように。
私が卒業しても乗り続けてよ、と見慣れた赤い電車に、見えないメッセージを送り続ける。