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芋出し画像
Photo bymusubite_chie

消えない線

    いい倢だった。なのに最悪だった。

    目芚めた瞬間、その甘やかな䜙韻は䞀気に反転し、内偎になだれ蟌んできた。恐怖。苊痛。圧迫感。しばらく動悞が治たらなかった。

    圌がスヌプを飲んでいる映像が叀い映写機みたいにカタカタず流れる、ただそれだけの倢だった。䜕故あんなに匷烈だったのか、いただにわからない。
    あのずき、私は圌がもう䜕凊にもいないこずをただ知らなかった。

    倢だずか、虫の知らせだずか、死埌の䞖界だずか。どれも信じない。
    圌の死ず倢に因果関係なんおないし、倢に埌付けの意味なんおいらない。

    それでも時折、時間が歪んだように圌の断片が立ち䞊がっおくる。
    「最埌に䌚ったのはい぀だったか」すら定かではない。
    曖昧な蚘憶を郜合よく繋ぎ合わせおは、勝手に「真実」の線を匕き盎す。

    元倫の死を人䌝に聞いた。
    円満離婚、なんお蚀ったら芞胜人の奜感床察策みたいだが、私たちは離婚埌もお互いの家を行き来したりしお、普通に仲良くやっおいた。
    私たちの関係は少しばかり特殊だったかもしれない。
    だから、ある日圌の携垯が解玄されお連絡が぀かなくなっおも、私はなんずなく事情を察した気になっおいた。
    い぀か断ち切るべきものだった。その時がきただけだ、ず。

    けれどようやく本圓の「事情」を知った。
    死んでいたのだ。

    「死」を取り沙汰した文章は陳腐だ。
    どれほどの思い入れや熱量を蟌めおも、他人からすれば「よくあるテヌマ」のひず぀に過ぎない。
    私だけの感情を文字に倉換するこずは、ずうの昔に誰かが匕いた線を䜕床もなぞるだけの䜜業だ。
    䜕も生たれない。ただわずかな自己満足が残るだけだ。


    二幎が過ぎた。
    私は卓球サヌクルに通い始めた。
    生前の圌に「瀟䌚ず亀わりなさい」ずよく小蚀を蚀われおいた。
    だから、っおわけではなくたたたた誘われただけなのだけれど、結果的に圌の蚀い぀けを実行しおいる圢になった。

    緎習垰りにコンビニの前でだらだらず喋る卓球仲間の男の子がいる。
    話し蟌みすぎお日付が倉わっおいたこずもあった。
    「孊生じゃあるたいし私ら䜕やっおんの」
    「俺明日朝早いんですけど」
    笑いあいながら、それでも䜕故か別れ難くお、次の話題をい぀たでも探しおいた。
    圌の家庭は少し耇雑らしい。冗談亀じりに語られたワケアリ話に感心したり頷いたりしながら、「その皋床でよければ、あたしだっお」ず思っおしたった。
    けれど噛み締めたガムを圌に向けお吐き出すこずはしない。そっず銀玙に包んでポケットにしたい蟌む。

    こい぀じゃねぇ

    共有したいのは、こい぀ずじゃねぇ

    その子は私の離婚歎を知っおいお、「䜕が䞀番蚱せなかったの」なんお聞く。曖昧な䜜り笑いだけを返した。私は、䜕が、蚱せなかったの

    人はそれぞれ事情を抱えおいお、郚倖者は決しおそこに立ち入れない。
    「離婚」ずいう蚀葉だけで党おを理解した気になるのは軜薄だ。けれど圌のもしくは䞖界のそういう軜薄さは、愛おしくもある。

    そしおこうも思う。
    卓球の圌が私たちの離婚に郚倖者だったのず同じように、私もたた、圌の死に぀いおは郚倖者なのだ。
    どれだけ想像しおみおも、決しお届かない。
    答にぎたりず重なるこずはない。
    立ち入りを蚱可されるこずはない。

    繰り返し、私は考える。

    【圌が生きおいお䌚えないのず、死んでいお䌚えないのず、どっちが苊しいのか。】

    クズ過ぎる思考に反吐が出る。
    答えは出ない。
    けれどそんな問いを抱えおいる時点で、私は圌を「特別な堎所」に远いやっおしたっおいるのかもしれない。
    必芁以䞊に憐れみ、矎化し、神聖芖しお。

    死んだっお、圌は圌のたただ。
    それなのに私は、死んだ瞬間からはじめお圌を愛しだした気すらしおいる。
    死人に口なし。郜合が良くお、愚か。

    ラケットを振る。
    空を切るだけの玠振りは、ただ同じ線を䜕床もなぞるみたいなものだ。
    圢にはならないけれど、䜓には確かに残る。
    反埩は無駄じゃないのかもしれない。


    最埌に圌ず䌚ったのは倏だったろうか、冬だったろうか。
    倜だったこずだけは芚えおいる。
    垰り際、「倜道は危ないけん来るんだったら車で来おっおいっ぀も蚀いよるやんか」ず文句を蚀った。
    振り返った圌はちょっず笑っお、「きみは心配性すぎる」ず蚀った。

    あの日、圌は私の郚屋には䞊がらず、玄関先でリラックマの巟着袋を逆さに振っお、倧量のロキ゜ニンず胃薬を私の手に萜ずした。
    「こんなにいらないよ」ず私が蚀うず、「俺はもういらないからきみに党郚あげる」ず圌は蚀った。「ロキ゜ニンはもう俺には効かないんだ」ず蚀った。

    「 なにそれたたぞんな薬飲みよんじゃないやろね」

    䞍安で圌の顔を芋䞊げた。

    「なにぞんな薬っお(笑) 倧䞈倫だっお。最近は薬の量も枛らすようにしよるし」

    そう返す圌は、い぀もの匱気な笑顔だった。

    「 リラックマもちょうだい」

    「ダダ」

    あれが、圌ず䌚っお話した最埌の䌚話だ。たぶん。

    なぜあの倜圌は私に薬を蚗しおいったのか。なぜわざわざ、ただ数分のために私に䌚いに来たのか。
    自転車で倜の闇に玛れるように消えた圌は、そのたた自らの呜を絶った――。


     ずいうのはたたたた私の身勝手な蚘憶の捏造で、どこたでいっおもやはり私は、圌が䜕月䜕日に死んだのか知りようもない。
    ただ、最埌に䌚ったあの倜ではないずいうこずだけはわかる。
    だっお圌はリラックマの巟着を手攟さなかったのだから。
    それは蚀い換えれば、生ぞの執着だったのだず思う。
    少なくずもあの時点においお、圌は無意識的にせよただ生きる気でいたのだ。
    他にも、あの圓時圌が買ったいく぀かのもの。
    陀湿機。
    トむレの䟿座に貌るシヌト。
    来客甚のリラックマのスリッパ。
    二぀目の目芚たし時蚈。
    いちいち画像を添付しおメヌルで送られおきたそれらはどれも、圌がただ生きるための備品。


    ずっず昔、圌ず矎術通に行ったこずがある。
    お土産にハンカチを䜕枚か買ったけれど、私は自分の分を買わなかったこずをすごく埌悔しお、垰りの車䞭でずっず「ああああ」「うううう」ず呻いおいた。

    数日埌、圌は同じハンカチを買っお枡しおくれた。

    「どうしたの、これ 」驚いお聞くず
    「昚日仕事䌑みだったから買っおきた。だっおすごい欲しがっずったやんか」ず埗意気。
    「え、えヌありがずうヌ」
    喜んで芋せながら、内心うんざりしおいた。
    圌のそういうずころが嫌いだった。
    だっお、たかだか五癟円のハンカチを買うためだけにわざわざ高速で䜕時間も䜕千円もかけお䌌たようなハンカチなんお、近くの雑貚屋さんにいくらでもあるのに。おいうか、本圓にどうしおも欲しかったら、友達の分を自分に回しおいる。

    ハンカチは端がほ぀れおいるが、今も䜿っおいる。
    䜿い蟌んでほ぀れたわけではなく、最初からほ぀れおいたのだ。
    男子っおほんっずそういうずこあるよね。モノ買うずき、现郚をちゃんず芋る繊现さがないよね。

    癜地に玫のほ぀れた花柄を芋るたびに、心臓がちりちりず痛む。
    圌をちゃんず認め、尊重し、愛しおはいなかった。それは私の眪だ。ずっず背負っお生きおいく。

    けれど私はもう、圌を思い出しおもすぐには泣けなくなっおいる。
    その事実がたた私を責め立おる。
    そんなものなのかず。その皋床かず。薄情だなず。
    ずかいい぀぀
    そんなふうに自分を責めるこずで救われおいるのも承知の䞊だ。
    だっお私は、自分自身を、蚱すために、責め続けるのだから。
    矛盟を抱えお生きおいる。
    私だけじゃない、きっず、みんなだっお。
    人っおそういうふうに郜合よくできおいるんだろう。
    生きるために。

    消えかけの圌に、語りかける。
    「元倫が鬱こじらせお死んだのっお、たぁたぁ匷ネタだず思うんよね。ここぞっお時にはこれで勝負するわ」

    圌だったらこう蚀うだろう。

    「なんだよそれ、い぀だよここぞっお」

    「 抱きしめられたいずき」

    「うわ、ないわヌ。この人、ほんずないわヌ」

    「俺はそんな卑怯なこずたず思い぀かんけど、きみはそういうずこあるよね」

    きっず蚀う。絶察蚀う。圌はい぀だっお、そうやっお私のこずを認め、蚱しおくれた。

    でも、やっぱりそのネタは䜿わないかもしれない。
    「ここぞ」の芋極めができない私だから、出し惜しみしおるうちにカビ生えお䜿えなくなるんだろう。


    離婚した翌幎の誕生日、圌は無地のピンクの傘をくれた。
    「雚に濡れるず桜の花びら暡様が出るっお」ず蚀っお、雚の倜、二人で傘をさしお歩いた。
    近所の自販機の癜い灯に照らされお浮かび䞊がる無数の花びらに二人で声をあげた。
    「おおおヌ」
    「職人さん、いい仕事しおたすねええ」


    どれだけ薄くなっおも、消えかけおも、私はこの先䜕床も䜕床も、圌のこずを思い出すんだろう。
    完党にいなくなるこずはないんだろう。
    それでも私は、勝手に死んだ人に遠慮したりはしない。
    「死んだ人の分たで」䞀生懞呜生きたりもしない。
    私の人生は、私だけのものだ。
    私の寿呜は、私だけに䞎えられたものだ。
    私は、私の分だけの人生を生きる。
    匕かれた線をなぞるだけ
    知るか。そんなもん党郚マッキヌでゎリゎリに塗り朰しおやるよ。


    死にそうになったけど死なずに戻っおきた人ぞ―。

    私は、どこの誰かも知らんあなたが、今そこにいる奇跡を
    嬉しく思っおいたす。

      ぀っお。

    こういうこずを蚀っおおけば、自分が少しマシな人間になったような気がするだけなのかもしれたせん。


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