借金返済への道
私は所長には向いていないということがわかり、プレイヤーとしてやっていくことに決めた。
33歳で7年間勤めたD生命保険を退職し外資系であるG生命保険に転職した。
子供も小学生の時とは違い、中学に入学するにあたり制服の準備でお金がかかった。
公立とはいえ制服代金は辛かったのを覚えている。
子供は部活でテニスをやることにした。
部活以外でもテニスを習いたいと言ってきた。
しかし私はテニスでご飯は食べられないよねと一蹴してしまった。
今思うと、この時のお願いが子供のはじめてのお願いだったと思う。
子供の可能性をまたひとつ潰してしまった…
25歳から借金返済を開始し残りは100万ほどとなっていた。利息も含めると2,000万円ほどを8年かけて返済してきたことになる。
G生命保険での面接では、見込み客を200人記入してくださいと言われた。
借金返済だけで生きてきた私には、その時繋がっている友達もほとんどいなく、親からも見放されていたし、書ける人はいなかったが、死んでしまった祖父や祖母、名前だけ知っている人などとにかく適当に書いて200人を記入した。
もともと保険会社に勤めると友人を失くすという言葉を信じていたため、友人知人、親兄弟に保険を勧めることはしないと決めていた。
新規開拓のみで入社した。
G生命保険の所長は男性だった。所長には事情を話をしてとにかく稼ぎたいんだと話をした。
13枚のカードのうち1枚だけは残して、所長は、私の持っている金融会社のカードをハサミで切った。
この1枚の残されたカードをこの時以降、二度と遣うことはなかった。
私は週に2件の新契約を必ず挙げ続けた。
何でもいいのです。数千円の小さい医療保険でも年金でも。
外資系保険会社は私にとても合っていた。
$建てやら豪ドルやら魅力的な商品が多かった。
この時、初めて子供に何か残したいと子供の$建て終身保険に加入した。円にすると、毎月6,000円ほどだった。