
海釣りの原点、それは一匹のカワハギだった
私には、少しばかり特別な思い入れのある魚がいる
それは、初めて海で釣り上げた「大物」と呼べる魚。忘れもしない、尺(約30cm)はあろうかという立派なカワハギだった。あの日の興奮、竿を通して伝わってきた力強い引き。私の海釣り物語は、間違いなくあの一匹から始まった
キラキラ仕掛けと、小さなアタリとの格闘
それからというもの、夏から秋にかけて堤防でカワハギが釣れるシーズンになると、私はそわそわし始めた。「どうにかして、あのカワハギをもう一度釣りたい」。その一心で、あれこれ画策する日々が続いた
カワハギは、ビーズや集魚板のようなキラキラしたものを好む習性がある。その情報を頼りに、色とりどりのビーズを買い込み、夜な夜な自分だけのオリジナル仕掛けを作るのに夢中になった。どの色の組み合わせがいいだろうか、どの順番で通せばアピールできるだろうか。そんなことを考えている時間さえ、宝物のようだった
いざ、準備万端で海へ向かう。しかし、海中の賢者はそう簡単には微笑んでくれない
カワハギは「エサ取り名人」の異名を持つ。大きな口でガブリと食いつくのではなく、小さなおちょぼ口で、ホバリングしながらついばむようにエサを食べる。だから、竿先に伝わるアタリは「コツコツッ」「カツッ」といった、本当にごく僅かなものばかり。最初のうちは、波の揺れなのか、根掛かりなのか、それとも本命のアタリなのか、全く区別がつかなかった。「え、今のがアタリだったの?」と気づいた時には、ハリは空っぽ。悔しい思いを何度もした
試行錯誤の末に、私なりの攻略法を見つけた
仕掛けを海底まで沈め、オモリで底をトントンと叩いてアピールする。その後、ゆっくりと、本当にゆっくりと仕掛けを上げてくるのだ。すると、底でエサに気づいたカワハギが、追いかけるように食いついてくる。この「追い食い」をさせるイメージで誘うと、あのかすかなアタリが一番明確に伝わってきた
それでも、アタリを感じてからハリに掛けるまでが、また難しい。ハリのサイズを小さくしたり、カワハギ専用の鋭いハリに替えたり。エサのアサリの付け方を工夫したり、時にはエビに変えてみたり
釣れない時間も多かったけれど、自分で考えて、工夫して、一匹にたどり着くまでのプロセスは、まるで冒険のようで、最高に楽しかった
水中で出会う、もう一つの顔
私とカワハギの物語は、釣りだけでは終わらない
素潜りで魚を獲る時も、私のターゲットはいつもカワハギだった
海水温が上がる夏、カワハギは驚くほど浅い場所までやってくる。水面から海中を覗いていると、ひし形のシルエットが、背ビレをゆらゆらさせながら優雅に泳いでいる姿を見つけやすい。平たい体はヤスを当てる面積が広く、狙いやすいターゲットでもあった
何より、その仕草が愛らしかった
岩陰の貝やゴカイに夢中になっている時は、私がすぐそばにいても全く気づかない。かと思えば、ふと私と目が合った瞬間に「ハッ!」と我に返ったような表情(に見える)で、一目散に逃げていく。その姿がなんだか人間臭くて、見るたびにクスッと笑ってしまった
最高のターゲット、カワハギ
私にとってカワハギは、釣りの奥深さを教えてくれた師匠であり、水中で出会う愛嬌たっぷりの隣人でもある
難しいからこそ、一匹の価値が高い
自分で考えた戦略がハマった時の喜びは、何物にも代えがたい
そして何より、釣った後、獲った後の楽しみが待っている。新鮮なカワハギの薄造りを、濃厚な肝を溶かした醤油でいただく一口は、まさに釣り人の特権だ
釣って楽しい、獲って楽しい、食べて、最高に美味しい。
私の釣りの原点であるカワハギは、今も変わらず、私にとって最高のターゲットであり続けている

