見出し画像

BeyoncéとJAY-Z ― なぜ彼らは“現代の王と女王”になったのか

割引あり

はじめに

BeyoncéとJAY-Z。

2人はそれぞれ別々に音楽界で成功したあと、『Crazy in Love』をはじめとする共演を重ね、2008年に結婚しました。

その後も、Beyoncéは『Lemonade』で夫婦の危機を作品にし、JAY-Zは『4:44』で自身の不倫や家族を傷つけたことについて語っています。2018年にはThe Cartersとして初の共同アルバム『EVERYTHING IS LOVE』を発表しました。

一方で、2人は私生活について何でも説明する夫婦ではありません。

なぜ「4」という数字が2人の作品に何度も登場するのか。

なぜ『Lemonade』と『4:44』は、同じ夫婦の危機を異なる側から描くことになったのか。

そして、なぜ2人はいつしか「王と女王」のように語られるようになったのでしょうか。

この記事では、出会いから『EVERYTHING IS LOVE』までをたどりながら、BeyoncéとJAY-Zという夫婦を見ていきます。


1. 出会い〜『Crazy in Love』

■出会ってすぐには交際しなかった

Beyoncé本人の発言によれば、2人が出会ったのは彼女が18歳だった頃。1999〜2000年頃です。

当時のBeyoncéは、まだDestiny’s Childの中心メンバー。
JAY-Zはすでにヒップホップ界の成功者でした。

年齢差は12歳。

Beyoncéは2013年、Oprah Winfreyとのインタビューで、デートをする前に1年半、友人として電話で話していたと振り返っています。

JAY-Zは2013年の『Vanity Fair』で、当時のBeyoncéについて「魅力的な南部の女の子で、簡単にはなびかなかった」という趣旨で振り返っています。

つまり2人の関係は、出会ってすぐに始まったものではなく、時間をかけて距離を縮めていった関係だったのです。


■『Crazy in Love』で注目された2人

2003年。
Beyoncéのソロデビュー曲『Crazy in Love』がリリースされます。

ここでJAY-Zが客演として参加。

この曲によって、2人は音楽だけでなく、カップルとしても広く注目される存在になりました。

『Crazy in Love』で描かれているのは、恋によって自分でも自分を制御できなくなるほど強く相手に惹かれていく感覚です。

タイトル通り、理性を失うほどの恋。その熱量も、BeyoncéとJAY-Zというカップルのイメージを強く印象づけました。

そして、二人の共演については、当時のBeyoncé自身も興味深いことを話しています。

2006年、『Déjà Vu』と『Upgrade U』でJAY-Zと共演したことについて尋ねられたBeyoncéは、彼を「最高のラッパー」だと評したうえで、二人とも出会う前からそれぞれ成功していたと話しています。

さらに、「私たちは一緒に仕事をすることを、決して無理に成立させようとはしない」とも語っていました。

『Crazy in Love』以降、二人の共演はカップルとしてのイメージを強めていきます。しかし少なくとも2006年のBeyoncéは、それを最初から二人で作り上げた戦略としてではなく、自然に生まれる仕事として説明していました。


2. なぜ「4」にこだわるのか

■2人の人生に何度も現れる「4」

BeyoncéとJAY-Zを語るうえで欠かせないのが、「4」という数字です。

これは単なるラッキーナンバーではありません。

Beyoncéにとって「4」は、誕生日や母Tinaの誕生日、結婚記念日など、自分の人生の節目と重なる特別な数字です。


■誕生日がすべて“4日”

まず有名なのが誕生日です。

  • Beyoncé:9月4日

  • JAY-Z:12月4日

  • Beyoncéの母 Tina Knowles:1月4日

さらに、2人は2008年4月4日に結婚しています。

Beyoncé自身も、『4』のタイトルを説明する際に、自分の人生には特別な数字があり、「4」がそれに当たると語っています。


■指輪とIVタトゥー

2人は伝統的な結婚指輪も着用していますが、左手薬指にはローマ数字の「IV(4)」のタトゥーも入れています。

2人が同じ「IV」を薬指に刻んだことからも、「4」が夫婦にとって特別な数字であることはうかがえます。


■『4』と『4:44』

Beyoncéは2011年、4枚目のアルバムを『4』と名付けます。

『4』というタイトルについてBeyoncéは、自分にとって「4」が特別な数字であることに加え、ファンからもこのタイトルを勧められたと説明しています。

一方JAY-Zは2017年、『4:44』を発表します。

JAY-Z本人によれば、タイトル曲「4:44」は午前4時44分に目を覚まして書いた曲で、その時刻が曲名だけでなくアルバムタイトルにもなりました。

つまり、Beyoncéの『4』とJAY-Zの『4:44』では、タイトルの由来そのものは異なります。

それでも結果的に「4」は、2人の作品と私生活の節目に何度も現れる数字になりました。


3. なぜ2人は秘密主義なのか

■私生活について多くを語らない2人

BeyoncéとJAY-Zは、結婚生活のすべてを公に語ってきた夫婦ではありません。

Beyoncéは2024年の『GQ』でも、子どもたちのプライバシーや普通の日常を守るために努力してきたこと、自分の私生活のすべてをブランドにしないようにしていることを話しています。

それでも、私生活と重なるテーマが作品に現れることがあります。その代表的な例が、2016年の『Lemonade』でした。


4. 『Lemonade』は何を暴露したのか

■“不倫暴露アルバム”では終わらない作品

2016年。Beyoncéは『Lemonade』を発表します。

公開直後から大きな注目を集めたのが、歌詞に登場する不倫を思わせる表現でした。JAY-Zとの夫婦関係を描いているのではないか、そして『Sorry』に登場する「Becky」とは誰なのかといった点にも関心が集まりました。

確かに、『Lemonade』には非常に生々しい怒りがあります。

特に象徴的なのが『Sorry』の、

“He better call Becky with the good hair”

「浮気相手の女のところへ行けば?」
※ 「good hair」は黒人コミュニティ内で、ストレートでサラサラとした「扱いやすい髪質」を指す言葉で、白人寄りの美の基準と結びつけられることが多い表現です。

というラインです。

この一節は瞬く間にネットミーム化し、「Becky探し」が始まりました。

しかし、『Lemonade』には、不倫や夫婦関係だけでは説明できない要素も数多くあります。


■『Lemonade』を黒人女性の物語として読む

『Lemonade』は夫婦間の裏切りや痛みを扱いながら、それだけでは終わりません。

作品には黒人女性たち、家族、南部の風景、世代をまたぐ記憶が繰り返し登場します。そのため多くの批評では、個人的な痛みを黒人女性の歴史や共同体の経験へ広げた作品として読まれてきました。


■『Lemonade』のジャケットを読む

その象徴が、アルバムカバーです。

Beyoncéはコーンロウ姿で、古いChevrolet Suburbanに寄りかかっています。

顔を隠し、うつむき、怒りとも悲しみとも取れる表情を見せる。

ここには複数の意味があります。


■コーンロウは“ただの髪型”ではない

コーンロウは、アフリカ系の人々の歴史や文化と深く結びついてきた髪型です。『Lemonade』におけるBeyoncéのコーンロウも、黒人文化やアイデンティティとの結びつきの中で論じられてきました。

また、コーンロウの編み目を逃走経路や地図として利用したという伝承もあります。特にコロンビアのパレンケにまつわる口承として知られていますが、これをアメリカの奴隷制全体で広く行われていた確定的な史実として扱うことはできません。

つまり『Lemonade』では、Beyoncéは単なる「裏切られたセレブ妻」としてではなく、黒人女性の歴史や文化と重なる姿で描かれているのです。


■南部ゴシックとしての『Lemonade』

『Lemonade』は、Southern Gothic(南部ゴシック)の文脈からも論じられてきました。

古い家や湿地、教会、水、廃墟、黒人女性たちの共同体など、作品にはアメリカ南部の歴史や記憶と結びつけて読むことのできる風景が繰り返し登場します。

そのため『Lemonade』は、Beyoncé個人の結婚危機だけでなく、黒人女性たちが受け継いできた記憶や痛みまで重ねた作品としても批評されてきました。


■『Lemonade』は“感情の旅”

さらに重要なのが、この作品が視覚アルバムとして構成されている点です。

『Lemonade』の映像作品は、11章からなる構成になっています。

映像作品は、Intuition(直感)、Denial(否認)、Anger(怒り)から、Forgiveness(赦し)、Hope(希望)、Redemption(贖い)へと進む11章で構成されています。

こうした11章の流れを見ると、『Lemonade』は「夫を告発するアルバム」だけではなく、傷ついた自分が再生へ向かう物語としても読むことができます。


■夫婦の危機と重ねて受け止められた『Lemonade』

『Lemonade』には、不貞を思わせる言葉や、怒り、傷、赦しへと向かう感情が描かれています。

もちろん、作品のすべてをBeyoncéとJAY-Zの実生活そのものとして読むことはできません。

ただ、その後JAY-Z自身が不倫について語ったことで、『Lemonade』は2人の夫婦関係とも重ねて受け止められる作品になりました。

そして、この話は『Lemonade』だけでは終わりません。

翌2017年、今度はJAY-Zが『4:44』を発表します。



【ここからは有料です】

ここからは、JAY-Zが『4:44』で何を語ったのか、そして夫婦が『EVERYTHING IS LOVE』へどう進んでいったのかを追います。

その先にあるのが、ルーヴルに立つThe Cartersです。なぜ2人は“王と女王”のように語られるようになったのか。そして、作品から見える2人の「愛」とは何なのか。ここから、夫婦のもう一方の物語を見ていきます。


ここから先は

4,543字

この記事が参加している募集

ありがとうございます!