『サーシャ・フィアースから読む ②』ビヨンセはなぜ“別モード”を必要としたのか ― 心理学から読み解くサーシャ・フィアース
1.はじめに
前回は、サーシャ・フィアースが「別人格」ではなく、緊張を感じる自分からステージ上の状態へ切り替える役割も持っていたことを見てきました。
では、なぜ「別モード」に切り替えることで、普段とは違う力を発揮できるのでしょうか。
第2回では、ここから一歩進んで、サーシャ・フィアースを心理学の視点から見ていきます。
2.強い人にも緊張はある
ビヨンセというと、多くの人は次のような印象を持つかもしれません。
圧倒的な歌唱力。完璧なステージ。揺るがない自信。
しかし、ステージで堂々として見えることと、緊張しないことは同じではありません。
むしろ、大きな舞台に立つ人ほど、失敗への恐怖や期待へのプレッシャーを感じることがあります。
ビヨンセもまた、世界的な評価を受ける一方で、人前に立つことへの緊張や、自分自身への厳しい要求を抱えていました。
つまり、「強い人だから緊張しない」のではなく、「緊張する自分をどう扱うかを身につけた」と考える方が、サーシャの存在を理解しやすくなります。
3.サーシャは弱さを消すためのものではない
一般的に、緊張や不安は「なくすべきもの」と考えられがちです。
しかし、サーシャ・フィアースの場合は少し違います。
サーシャについて考えると、緊張しない人になるというより、緊張を感じている状態から、ステージで力を発揮する状態へ切り替えるためのものだった、と見ることができます。
不安があるから失敗する。自信がないから本来の力が出ない。そう考えるのではなく、「今の自分とは別の状態へ切り替える」という発想です。
本人がサーシャを自分を守るために作ったと語っていることからも、弱い部分を消すというより、普段の自分とステージ上の自分を分ける役割があったと考える方が近いでしょう。
近年の心理学では、「自分を少し離れた位置から見ること」が、感情に振り回されにくくする助けになると言われています。
これを「自己距離化(セルフディスタンシング)」と呼びます。
例えば、自分の感情に入り込んで考えるのではなく、自分自身を少し離れた視点から捉えることで、感情を扱いやすくなることがあります。
もちろん、ビヨンセが自己距離化という心理学的な方法を意識してサーシャを作ったという証拠はありません。
ただ、「普段の自分」と「ステージ上の自分」を分けて捉えていたことを考えると、サーシャには、自分の状態と少し距離を取りながら行動するという自己距離化に似た面があった、と見ることはできます。
そして、その「切り替え」を実際の行動として支えていたのが、衣装やウィッグ、ハイヒールといったステージの準備でした。
4.“スイッチ”としてのサーシャ
サーシャ・フィアースを理解するうえで重要なのが、「切り替え」という考え方です。
ビヨンセ自身、ハイヒールを履き、ウィッグや衣装を身につけると、ステージ上のサーシャへ切り替わり、姿勢や歩き方、話し方まで変わると語っています。
つまりサーシャは、頭の中だけのイメージではなく、衣装や身体の変化とも結びついた切り替えだったことが分かります。
心理学では、身につける服が、その人の心理や行動に影響する可能性について研究されています。
こうした考え方は「エンクロースド・コグニション」と呼ばれます。
初期の研究では、白衣を着ることで注意課題の成績が向上するという結果も報告されました。
ただし、その後の追試では同じ効果が再現されなかった例もあります。
一方で、複数の研究をまとめた分析では、身につける服が思考や感情、行動に影響する可能性そのものには一定の支持が示されています。
ビヨンセが衣装やウィッグ、ハイヒールなどを、サーシャへ切り替わるきっかけとして語っていたことも、こうした視点から見ると興味深く感じられます。
大切なのは、人格が変わっているわけではないということです。
同じビヨンセの中にある異なる力の使い方を、意識的に引き出していたのです。
【ここからは有料です】
ここからは、サーシャをビヨンセだけの特殊な例ではなく、私たちにも起こる「状態の切り替え」として考えていきます。
緊張や自信のなさを消さなくても、必要な場面で力を発揮するにはどうすればいいのか。
心理学の視点から、さらに掘り下げます。
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