Beyoncéと『メトロポリス』のあいだにあるもの ― 機械の女性像からRenaissanceまで
はじめに
Beyoncéのステージに現れるロボットや銀色の身体を見ていて、ずっと気になっていたことがあります。
どうして私は、そこに1927年の映画『メトロポリス』を重ねてしまうのだろう。
2007年のBET Awardsで見せた金属的なロボット姿。『Sweet Dreams』の機械を思わせる衣装。そして『Renaissance』期に繰り返し登場した銀色やクロームの身体。
特に2007年のBET Awardsについては、当時のメディアにも『メトロポリス』を連想したものがありました。
ここまで似ているのなら、Beyoncé自身が『メトロポリス』を何度も引用しているのではないか。そう思っていました。
ところが今回、改めて調べてみると、少し違いました。
Beyoncé本人や制作関係者が、これらの衣装や演出について『メトロポリス』を参照したと語った一次資料は、確認できなかったのです。
では、私が感じていたこの「似ている」は何だったのでしょうか。
『メトロポリス』は、その後の音楽やファッションの世界で実際に何度も参照されてきました。映画の映像そのものを使ったアーティストもいれば、本人が影響を認めている例もあります。
そしてBeyoncéの周辺をたどっていくと、『メトロポリス』との関係を本人の言葉で語っていた、あるデザイナーにも行き着きました。
この記事では、「Beyoncéが『メトロポリス』を引用した」と結論を決めてから似たものを集めるのではなく、まず本当に確認できる引用をたどります。
そのうえで、Beyoncéのロボットやクロームの身体を並べてみたとき、なぜ100年近く前の機械人間を思い出すのかを考えてみます。
Beyoncé performing at the BET AWARDS (2007)
— Future Rockstar GF (@fendifaguette) July 2, 2020
Metropolis (1927) pic.twitter.com/ewYwPeV70X
1.1927年、『Metropolis』が残した「機械の女性」
『Metropolis』は、Fritz Lang(フリッツ・ラング)監督による1927年のドイツ映画です。
舞台は巨大な未来都市。地上では富裕層が豊かな生活を送り、その地下では労働者たちが巨大な機械を動かしています。
物語の中心にいるのがMariaという女性です。
そしてもう一人、Mariaと同じ姿を与えられた機械人間が登場します。
この機械人間は、最初から人間そっくりの姿をしているわけではありません。金属の身体を持つロボットとして現れ、やがてMariaの外見を与えられます。
ここで生まれるのが、「人間の女性」と「その姿を写し取った機械」という二重性です。
同じ顔をしていても、一方は人間で、もう一方は作られた存在。
しかも偽Mariaは、人々を強く惹きつけ、群衆を煽り、都市に混乱を起こしていきます。
私がこの映画で特に気になるのは、機械が単に「冷たいロボット」として描かれていないところです。
人間の女性の姿を与えられた瞬間、機械人間はむしろ目を奪うほど華やかで、魅惑的な存在になります。
「女性の身体」と「機械」が一つになる。
その強烈なイメージは、『Metropolis』以後のポップカルチャーでも繰り返し参照されてきました。
おはようございます。今日はブリギッテ・ヘルム誕生日。SF映画の名作「メトロポリス」のマリア役として片や清純な労働者の娘、片や半裸でセクシーに踊り民衆を熱狂させる偽マリアを演じました。アンドロイドの着ぐるみは本人が着てたのですね。ナチスを嫌い1935年に夫と共にスイスに移住したそうです。 pic.twitter.com/87UtKBuzMp
— 阿乱隅氏 (@yoiinago417) March 16, 2021
ただし、ここで注意したいことがあります。
ロボットや金属的な女性が登場するたびに、すべてを『Metropolis』の影響と呼ぶことはできません。
実際に映画の映像を使った例もあれば、本人が影響を語った例もあります。一方で、見た目が似ているだけで、制作側の意図は確認できない場合もあります。
では、「本当に『Metropolis』を引用した」と言えるとき、どんな証拠があるのでしょうか。
次に、QueenとMadonnaの例を見てみます。
2.QueenとMadonna ― 本当に『Metropolis』を引用したポップスター
『Metropolis』は、その後のポップミュージックでも繰り返し参照されてきました。
ただ、「似ている」ことと「引用した」ことは同じではありません。
その違いが分かりやすいのが、QueenとMadonnaです。
1984年、Queenは「Radio Ga Ga」のMVで、『Metropolis』の映像そのものを使用しました。
メンバーが未来都市の上空を飛ぶような場面から始まり、映画に登場する都市や労働者たちの映像がMVの中に組み込まれています。
これは、「『Metropolis』っぽく見える」という後世の解釈ではありません。映画の映像を実際に使っているため、直接的な引用だと確認できます。
さらに分かりやすいのが、1989年のMadonna「Express Yourself」です。
こちらは映像が『Metropolis』を思わせるだけではなく、Madonna本人が制作当時のインタビューで、『Metropolis』のアイデアを取り入れたことを語っています。
「Radio Ga Ga」と「Express Yourself」では方法は違います。
Queenは映画の映像そのものを使用した。
Madonnaは本人が影響を認めている。
つまり、「この作品は『Metropolis』を引用した」「影響を受けた」と書くなら、このように制作とのつながりを確認できる材料があります。
もちろん、『Metropolis』を思わせる作品がすべて、これほど明確な証拠を残しているわけではありません。
たとえばDavid Bowieについては、『Metropolis』を見て強い感銘を受け、それが『Diamond Dogs』につながったというAmanda Learの証言があります。Kraftwerkの1978年のアルバム『The Man-Machine』には、そのものずばり「Metropolis」という曲も収録されています。
ただし、そこから彼らのロボット的な衣装や人格、音楽表現のすべてを『Metropolis』由来と考えるのは別の話です。
3.2007年、Beyoncéがロボットになった夜
QueenやMadonnaには、『Metropolis』とのつながりを確認できる証拠がありました。
では、Beyoncéはどうでしょうか。
2007年のBET Awardsで、Beyoncéは「Get Me Bodied」を披露しました。
このパフォーマンスで目を引くのが、Beyoncé自身がロボットになったように見える金属的な衣装です。
私が『Metropolis』の機械人間を連想したのも、この姿でした。
しかも、そう見えたのは私だけではありません。当時のThe Guardianにも、このパフォーマンスをFritz Langの『Metropolis』になぞらえる記述があります。
ここまでなら、「やっぱり『Metropolis』だったのでは?」と思いたくなります。
ところが、QueenやMadonnaの例と同じように調べてみると、大きな違いがありました。
Beyoncé本人や、この衣装・演出に関わった制作側が、『Metropolis』を参照したと明言する一次資料は確認できなかったのです。
Queenは映画の映像そのものを使っている。
Madonnaは本人が影響を語っている。
Beyoncéの場合は、見た人が『Metropolis』を連想している。
この三つは、同じではありません。
だから、この2007年の姿を「Beyoncéによる『Metropolis』の引用」と断定することはできません。
それでも私は、ここで別の疑問が残りました。
直接引用したという証拠がないのなら、なぜBeyoncéのロボット姿は、これほど『Metropolis』を思わせるのでしょうか。
調べていくと、Beyoncé本人ではないところに、かなり興味深い接点がありました。
【ここからは有料です】
ここからは、その接点となる一人のデザイナーから、Beyoncéの機械的な姿をもう一度たどります。
その人物は、『Metropolis』について自分の言葉で語っていました。
ここから先は
¥ 500
この記事が参加している募集
ありがとうございます!
