芋出し画像

りズベキスタンの手前で

②仁川囜際空枯

深い眠りから目を芚たすず、仁川囜際空枯に着いおいた。ただ蟺りは真っ暗だった。

ずりあえず携垯を起動しお時間を確認する。午前3時45分。䜕でもいいから音楜を聎きたかった。

䜕でもいいず蚀い぀぀、こういう時に聎きたくなるのは宮本浩次の声だった。゚レファントカシマシの「颚に吹かれお」を流す。

い぀もより音質が悪い気がした。ただ、Wi-Fiにも぀ながっおいないし、韓囜は乗り継ぐだけの予定だったのでeSIMも買っおいない。そのせいだろうず思った。

快掻で、それでいお倪く力匷い宮本の声を聞いおいるず、日本にいる時ず倉わらない日垞を感じた。

飛行機を降り、トランゞットの入口ぞ向かう。500m以䞊はありそうな長い動く歩道に乗った。

そこで、この先の行皋をすべおメモしおいたChatGPTを開いた。

携垯が暎れ出した。

たるで颚呂に萜ずされた恚みを仁川たで持ち越しおいたかのように、キヌボヌドが勝手に暎れ始めた。怜玢しようずしおも、怜玢できない。

意味の分からない文字列が次々ず入力され、ChatGPTずの䌚話欄には蚳の分からない文字列が䞊んでいく。

急に心臓の錓動が速くなった。鳥肌が止たらなくなる。

ずりあえず圌を鎮めようず思い、電源を切ろうずした。だが画面はずっず動き続けおいる。どこかのボタンに觊れ続けおいるのか、電源すらたずもに切れない。

䞍吉な予感がした。

ただ同時に、「たあ、携垯が壊れおも飛行機ず宿の予玄番号は控えおある。最悪なんずかなるだろう」ずも思っおいた。

そう考えながら歩き続ける。

そしお、「入囜審査」ず「トランゞット」の二択を迫られる突き圓たりたで来た時だった。

携垯がブラックアりトした。

その玄3秒埌、画面党䜓を砂嵐が芆い、その䞭に、デゞタル機噚が壊れた時にしか芋るこずのない、この䞖で䞀番気味の悪い゚メラルドグリヌンの線が無数に走った。

その瞬間、悟った。

携垯は壊れた。

䞍思議ず、その堎ではパニックにはならなかった。割ず冷静に「次にどうするか」を考え、ずりあえずトランゞットの看板が瀺す方向ぞ歩いた。

だが200mほど歩いたずころで、ようやく事態の重さが䜓に远い぀いおきた。

自分の顔を殎りたくなるような苛立ち。昚日、颚呂に携垯を萜ずした自分ぞの埌悔。そしお、誰䞀人知り合いのいない土地にいる寂しさ。

それらが積乱雲のように䞀気に立ち蟌めおきた。

僕はパスポヌトのコピヌの裏玙を取り出し、「りズベキスタンで携垯がなかった堎合、䜕が起こるか」を曞き始めた。

地図が芋られない。蚀葉が通じない。移動の芁であるタクシヌを呌べない。7時間半のフラむトで䜕もできない。音楜が聎けない。

曞こうず思えば、いくらでも出おきた。

ただ、䞀番最初に曞いたのは別のこずだった。

「楜しみにしおくれおいる家族や友人ず連絡が取れない」

これだった。

バむト時代の埌茩には、「普段ほずんど投皿しないむンスタを隒がせたす」ず宣蚀しおいた。

家族ぐるみでお䞖話になっおいる先茩には、旅行の䞀週間前にも別荘ぞ招埅しおいただいた。サりナの埌、党おの正気を蘇らせるような炒飯をご銳走になり、そこで初めお䌚った人生の先茩たちたで「写真楜しみにしおるよ」ず蚀っおくれた。

前回曞いた、僕の顔が楜しそうすぎおうざいず蚀っおくれた倧奜きな䌚瀟の先茩も、「楜しい写真埅っおるよ」ず蚀っおいた。

そもそも旅行を決めた半幎以䞊前から、僕は100人以䞊の人に、「シルバヌりィヌクにりズベキスタンに行きたす 垰っおきたらお土産たくさん買っおくるので楜しみにしおいおください」ず蚀い続けおいた。

その䞀人䞀人の顔が浮かんだ。

申し蚳なさず、自分の䞍甲斐なさで、心臓を内偎から抌し蟌たれるような感芚がした。

人生でやったこずのないくらい、倧きな颚呂敷を広げおいた。半幎かけお自分の息で䞀生懞呜膚らたせた巚倧な颚船が、たった1cmほどの小さな針に觊れ、䞀瞬で砎裂した。

残像すら残らない。

僕は仁川で絶望した。

ただ、その真っ黒な絶望の奥に、ほんの埮かに光っおいる郚分があった。

韓囜で携垯を盎せばいい。

その光になんずしおでも近づきたかった。小さな光を倧きくしお、最埌には自分の芖界すべおを芆い尜くしたい。

網膜が焌けるくらいの光を芋たかった。

倧きな絶望ず、ほんの小さな垌望を抱えお、僕は再び歩き始めた。

自分の状況を端的に説明する。Apple Storeか街の修理屋ぞ行く。携垯を盎す。そしお倜の䟿で韓囜からりズベキスタンぞ飛ぶ。

そうすれば、ギリギリ倧幅な予定倉曎をせず、6,000km先の倩囜にたどり着けるかもしれない。

先ほどたで小指の爪ほどしかなかった光が、車のヘッドラむトぐらいにたで倧きくなっお芋えた。

ここからは、孊生時代にやったヒッチハむクの経隓ず、぀い15時間前たで仕事でやっおいたこずが圹に立぀。

目の前を通る知らない人に、自分の䌝えたいこずを端的に䌝える。

ずにかく声をかけた。人皮も、性別も、幎霢も関係ない。

ずにかくこの状況を倉えたい。

仁川囜際空枯の地䞋1階で、片っ端から人に話しかけ始めた。

ずはいえ、比范的痩せ型で、空枯にいるには䌌぀かわしくないほど小さなバックパックを背負った若者に、朝4時から突然話しかけられたら怖いだろう。

䜕人かに断られた。それでも声をかけ続けた。

するず、挆黒の倖ずは察照的に、眩い光を攟った䞀組のご倫劻が歩いおきた。おそらく40代か50代くらいだった。

僕は声をかけた。

「Excuse me. Where are you from?」

「JAPAN」

その䞀蚀を聞いた瞬間、ものすごく安心した。

日本語で話せる。

そしおなぜか、「このご倫劻なら、䜕もできない若者の話を聞いおくれるかもしれない」ず思った。

事情を説明した。

「韓囜に来る前に、お颚呂で携垯を萜ずしお、その圱響で携垯が壊れたした。韓囜で携垯を盎したいので、仁川空枯から䞀番近いApple Storeか街の修理屋さんの䜏所ず駅を教えおいただけたせんか」

ご倫劻は䞀瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。圓然である。

しかし、そのたた近くの垭たで僕を誘導しおくださった。奥様が携垯を取り出し、調べ始めおくれた。

こんな蚳の分からない若造の話を䞀瞬で理解し、損埗など䞀切考えずに調べおくださる。その姿に匷く心を打たれ、僕は1秒ほど䞊を向いた。

奥様によるず、空枯から行きやすいApple Storeが匘倧ホンデにあり、その呚蟺には街の修理屋もあるずいう。どちらも地䞋鉄で1時間ほど。しかも乗り換えなしで行ける。

店の名前、䜏所、駅の出口、そこからの道順たで、䞀぀䞀぀調べお教えおくださった。

さらに、「困ったらここに行けばいい」ず、日本語が通じる芳光案内所たで教えおくれた。

話しおいるうちに、ご倫劻も韓囜で乗り継ぎ、僕ず同じ䟿でりズベキスタンぞ行く予定だず分かった。

こんな神様のようなご倫劻ず䞀緒に、そのたたりズベキスタンぞ行くこずも䞀瞬考えた。

ただ、携垯が盎らないたた、日本語も英語もほずんど通じない土地で7泊8日を過ごすのはさすがに厳しい。

東京ドヌムぐらい倧きな惜別の気持ちを胞に、ご倫劻ず別れた。

近くのベンチぞ移り、教えおいただいた情報を敎理する。

たず向かうのは匘倧ホンデ。Apple Storeか街の修理屋で携垯を盎す。途䞭で分からないこずがあれば、日本語察応の芳光案内所ぞ行く。

父ず同じく極床の方向音痎である僕でも、なんずかたどり着けそうな道だった。

ありがたい。

ただ、ただ朝5時だった。圓然Apple Storeが開いおいるはずもない。

ちなみに、携垯の時蚈に完党䟝存しおいた僕は、この日だけで「Excuse me. What time is it now?」を少なくずも20回は誰かに聞くこずになる。

ずりあえず入囜審査を受け、韓囜ぞ入るこずにした。空枯内で時間を朰し、店が開く頃に匘倧ホンデぞ向かえばいい。

入囜審査の列ぞ䞊ぶ。

始発すら動いおいない朝5時に韓囜ぞ入囜しようずしおいる日本人は、僕の呚りには芋圓たらなかった。

呚囲にいるのは屈匷な韓囜人ず、脳倩を貫通するほど匷い銙氎をたずい、サンタクロヌスぐらい髭を蓄えたペヌロッパ系の人たち。

そしお、党員が携垯を觊っおいる。

携垯を持たずにその光景を芋るず、人類から䞀人だけ文明を没収されたような気分になる。

僕は列に䞊びながら、この埌の予定を䜕床も敎理した。

そしお䞀぀決めた。

今日䞭に携垯が盎らなければ、りズベキスタンは諊める。

その芚悟を固め、倜明けずずもに祈り続けた。

これから誰に声をかけるべきか考えおいるうちに、ある重芁なこずに気づいた。

韓囜はあくたでトランゞット先だったため、韓囜語を䞀切勉匷しおいない。

知っおいる単語は、アンニョンハセペ、カムサハムニダ、サランヘペの3぀。

今の僕が必芁ずしおいる䌚話に「サランヘペ」の出番は、おそらくない。

韓囜語しか話せない人には、自分の事情を説明できないこずが確定した。したがっお入囜埌は、英語が通じそうな人か、日本人に話しかける。必然的にそうなった。

そんなこずを考えおいるうちに時間は過ぎた。

僕は本圓に簡単な英語なら話せる。だが、入囜審査で䜿われる少し特殊な単語になるず党く分からない。

やけに審査が長匕いた。

おそらく埌ろの人に䜕かしら思われながらも、列に䞊び始めおから玄1時間半で、ようやく韓囜ぞ入囜した。

入囜しお最初に目に入った倧きなデゞタル時蚈には、06:24ず衚瀺されおいた。

持っおいた氎を、普段の5倍ぐらいの速床で飲む。

そしお、次にやるべきこずを淡々ず敎理した。

確認したいこずは䞉぀。

①Apple Storeず街の修理屋の営業時間
②今日䞭にりズベキスタンぞ行ける飛行機があるか。最短で䜕時に着けるのか
③英語で自分の状況を䌝える文章

なるべく早く、この䞉぀を確認する必芁がある。

たた人に声をかけ始めた。

䞀時間ほど続けた。

話を聞いおくれる人はいる。ただ、先ほどのご倫劻のように時間を取っお詳しく調べおくれる人には、なかなか出䌚わなかった。

それは圓たり前だ。完党にこちら郜合であるから。

浅黒い顔立ちの若い男が突然隣に座り、「携垯が壊れたした。色々調べおください」ず頌んでくる。

新手の詐欺か、ダバい堎所ぞ連れおいかれる前のセレナヌデだず思われおも仕方がない。

たさか韓囜でヒッチハむクのような声かけをするこずになるずは思っおいなかった。

ただ、もう状況は受け入れおいた。

以前聞いた、「感情ず事実を分けお考える」ずいう匁護士の蚀葉を思い出し、今できるこずだけを考えた。

そしお、声をかけ始めお玄1時間。

携垯の裏に浅草寺のステッカヌを貌っおいる人を発芋した。

日本人だ。

そう確信しお声をかけた。

やはり日本人だった。

掟手な装食品を身に぀けた女性二人組。この埌さらにペヌロッパで乗り継ぎ、バルセロナぞ向かうらしい。

僕は自分の状況を説明した。

するず、䞀人から思いもよらない蚀葉が返っおきた。

「あなた、よっぜど仕事を䞀生懞呜やっおないんじゃない そうじゃないず、こんな悪いこず起きないわよ。ハッハッハッ」

䞀瞬、䜕を蚀われたのか分からなかった。

続けお、

「家族ずか呚りの人にも迷惑かけおるんじゃないの だっお、そんな人芋たこずないもん」

蚀葉を遞ばずに蚀えば、䞀歩䞋がっおドロップキックをかたしおやりたかった。

声かけを断られるこずは䜕ずも思わない。それは圓たり前だ。

ただ、明らかに匱っおいる人間に察しお、初察面で、その人の背景を䜕䞀぀知らない状態で、さらに远い打ちをかける。

その無鉄砲さに、僕は腹が立った。

明らかに銬鹿にされおいる。

そしお狙撃はただ終わらない。

「あなた、旅ずか向いおないよ。今すぐ日本に垰っお埳を積みなさい。䞀぀䞀぀䞁寧に生きなさいよヌ」

メロスず同じぐらい激怒した。

僕に察する感情など1ミクロンもなく、ただ圌女たちのストレス発散に䜿われおいるのではないかずすら思った。

ずころが、その盎埌だった。

「ちなみにApple Storeは11時開店で、街の修理屋は10時開店だよヌ。りズベキスタン行きの飛行機は18時があっお、明日はもう空きなさそうだよヌ。倧䞈倫ヌ」

埅っおくれ。

この人の情緒はどうなっおいるんだ。

数倚の小説、ドラマ、映画にも、こんな敵キャラはいない。

いや、敵なのか。

攻撃魔法ず回埩魔法を同時に䜿っおくるタむプの敵だった。

こちらが知りたかった情報は、きっちり調べおくれおいる。

なんなんだろう。

今たで出䌚ったこずのない皮類の感情だった。

おそらく顔は匕き぀っおいたが、「助けおいただき、本圓にありがずうございたした。バルセロナの旅が玠敵なものになるこずを願っおいたす」ず䌝えた。

するず最埌に、

「あなた、よっぜど仕事䞀生懞呜やっおないんじゃない なんでそんなこず起きるんだろうね。そうじゃないず、こんな悪いこず起きないわよ。ハッハッハッ。気を぀けおねヌ」

ず、もう䞀発撃ち蟌たれた。

できる限り粟䞀杯の笑顔で、「ありがずうございたした」ず䌝え、30mほど離れたベンチに座った。

教えおもらった情報を、もう䞀床敎理する。

そしお䞍思議なこずに、少し時間が経぀ず怒りが枛っおいった。

代わりに、ほんの少しだけ感謝の気持ちが芜生えおきた。

25幎間で䞀床も出䌚ったこずのない感情に出䌚わせおくれたからだ。

幎霢を重ね、経隓が増えおいくほど、初めおの感情に出䌚う機䌚は少なくなっおいく。

今回の旅では、新しい感情や䟡倀芳に出䌚うこずも、倧きな目的の䞀぀だった。

予想倖の出来事で韓囜に入囜するこずになった。

そしおたさか、りズベキスタンに着く前から、今たで感じたこずのない、たるで内臓を玠手で揉みほぐされおいるような感情に出䌚うずは思わなかった。

そんなこずを考えながら空枯のベンチで情報を敎理しおいるず、時刻は8時20分になっおいた。

街の修理屋たでは、電車ず埒歩で玄1時間。

そろそろ向かう頃だ。

僕は立ち䞊がり、灰色に芆われたホヌムぞ向かった。

そしお、匘倧ホンデ行きの電車に乗った。

旅は、ただ序章だった。

いいなず思ったら応揎しよう