
調理師免許と、ぶんぶんチョッパー
我が家のキッチンには、ちょっとしたミステリーがある。
妻は私と同じ調理の専門学校を卒業し、国家資格である「調理師免許」をきっちり持っている。一応、プロの基礎を学んできたはずの人間だ。
それなのに、いざ夕食の準備が始まると、信じられない言葉が飛び出すことがある。
「ねえ、玉ねぎのみじん切りってどうやるんだっけ?」
私は思わず包丁を握る手を止めた。みじん切りといえば、調理師学校の初期の実習で嫌というほど叩き込まれる基本中の基本だ。高い学費を払い、厳しい実習を乗り越え、一体彼女はあの学校で何を学んできたのだろう。あの2年間は幻だったのかと、真剣に問い詰めたくなる。
だが、当の本人はそんな私の視線などこれっぽっちも気にしていない。
スマホでレシピサイトを眺め、そこに「みじん切り」という文字を見つけた瞬間、妻はおもむろに彼を召喚する。包丁ではなく「ぶんぶんチョッパー」だ。
自分だったら迷わず包丁を握って刻み始めるところだが、妻の選択に迷いはない。私はちょっと目を細めて、その手元を見つめる。
そんな私の目線を置き去りにして、妻はすべての食材をプラスチックの容器に放り込み、無我夢中で紐を引っ張り始める。ぶんぶん、ぶんぶん、とリビングに小気味よい音が響き渡る。玉ねぎも、ニンジンも、プロの技法などどこ吹く風。レシピに指定されたすべての野菜が、もの凄い勢いで粉砕されていく。
かつて学校で習ったはずの繊細な包丁さばきはどこへやら。現在の妻は、お役立ちグッズの力を借りて、実に楽しそうに、そして豪快にすべてをぶんぶんで片付けている。
あの頃の苦労をすべて「ぶんぶん」の一言でリセットする潔さには、いっそ清々しさすら感じる。
形はどうあれ、妻の作る料理はいつも文句なしに美味しい。
手元で無我夢中に紐を引っ張る調理師を見ていると、学校で習う正しさよりも、目の前の料理をラクに笑顔で楽しむことこそが、家庭における本当の正解なのかもしれない。