
【小説】焦げ爛れた瞳 2
相談室は小さな一室であった。入ると、カウンセラーの教師が穏やかな笑みを浮かべ、向かい側の椅子を軽く叩いた。隣は職員室であった。職員室の人々はひどく楽しそうで、時折、吐き気を催すような笑い声を上げた。その笑い声は、細い虫のように耳の中へ潜りこんだ。鼓膜と脳は、虫に噛まれて、耳鳴りを起こした。
これが「普通」なのだ。これが、皆が私に受け入れさせようとしている「当たり前」なのだ。
カウンセリングの初めから、私は自分の病歴を語った。
小学生の頃は読書を好んでいたこと、中学では強い圧力に支配されていたことなどを話した。閻魔あいのことは話さなかった。ここは心理相談室であって、私の布教所ではないのだから。
「以上です。したがって、私は、自分を異常にしないためには、理性そのものと感情のコントロールが重要だと考えています」
「文凱(ブンカイ)はとても丁寧ですね。小学校から中学までの変化を、とてもはっきり説明してくれました。先生、少し驚きました。文凱は高機能自閉症スペクトラムではあるけれど、同じ年頃の生徒たちと比べても、言葉の使い方がずっと正確です」
「それは、以前の心理カウンセラーのおかげです。彼は私の言葉と表現をうまく組み立ててくれましたし、感情の不安定さをコントロールするだけの理性も育ててくれました」
「でも、先生は、感性も大切だと思います。文凱は今、自分がどんな感情でいると思いますか」
「分かりません。たぶん、普通な感じです。それから、外の声がかなり煩わしい」
「そうですね。ここは防音があまりよくなくて、先生も申し訳なく思っています。今、楽しいですか。悲しいですか。それとも――」
もし閻魔あいが、「今、自分がどんな感情でいると思いますか」と私に訊いたら、何が起こるのだろう。私は、焼け落ちた村の前に立ち、雪のような白と暗い赤に染められた彼女の顔を思い出した。その顔は私を安らかにした。
「寂しいと思います」
私は、奇妙なほど感情的に、その言葉を投げた。自分がなぜそう言ったのか、まったく意識していなかった。言葉は勝手にコントロールを失い、手綱を切った馬のように走り出した。
「それから、苛立っています」
私の理性的防衛に、なぜか穴が開き、感性がそこから乱入してきた。まるで誰かの血みどろの手が生きたまま私の脳に差し込まれ、怯え縮こまった感情を探っているようだった。
「大丈夫です」
隣の職員室から、ふたたび楽しげな爆笑が聞こえてきた。何かひどく馬鹿げたことを笑っているようだった。私は眉をひそめ、話を続けた。
「ただ、なぜか、ある……アニメの人物を思い出しました」
「どんな人物ですか」
「物語の中で、その人物は最後にはすべてから見捨てられた怨霊になります。生前、彼女はある村に住んでいて、村人たちは彼女に不思議な力があるために彼女を嫌っていました。でも、いとこが彼女を守っていました。村で人を生贄にする儀式が行われ、彼女が捧げられることになった時、いとこは村人に捕まらないよう彼女を守りました。けれど、村人たちは結局、彼女が生きていることを知ってしまい、いとこに彼女を自分の手で土に埋めるよう命じました。いとこはそれに従いました。彼女は生き埋めにされて死に、死後、怨霊となって村を焼き尽くしました。だいたい、そういう物語です」
話し終えると、私は自分でも少し長く話しすぎたことに気づき、視線を逸らした。窓の外の光の細い影が、ガラスを透かして、相談室の床に痕のように浮かんでいた。
「話しすぎました。では、先ほどの話に戻って――」
「彼女は本当に見捨てられたのでしょうか」
カウンセラーの教師は、その言葉を問いとして投げかけ、真剣に応じた。
「先生は、いとこはとても自分を責めたと思います。でも、その後、彼はどうなったのですか。村と一緒に焼け死んだのですか」
「いとこは、自責の念から村を出ました。だから彼は死なず、生き残りました。そして外で出世した後、村に戻って、山の上に一つの寺を建てました。七童寺という寺です」
「ああ、それなら、少なくとも冷たい結末ではありませんね。そのいとこ、外で出世しても、心の中ではずっとその女の子のことを思っていた。彼女は見捨てられてはいなかった。先生はそう思います」
閻魔あいは見捨てられていなかった。
彼女は異常ではなかった。
私と同じように、拒まれた世界に生きているのではなかった。
そのことに気づいた瞬間、私は雷に打たれたように体を硬直させ、長いあいだ言葉を失った。
なるほど、私は閻魔あいにふさわしくなかったのだ。私は彼女とは別の世界に生きていた。この結論は、高校生だった私に罪悪感を抱かせた。私は閻魔あいを、私と同じ異常な世界へ勝手に引きずりこんでいたのである。
その後のカウンセリングのことを、私はよく憶えていない。
カウンセリングが終わったその日、私はペンケースの裏側に貼っていた絵に対して、慎重に一つの儀式を行った。私はそれまで、そのようなことをしたことがなかった。なぜなら、その絵は神聖なものであったからである。だがその日、私は紙を透明なプラスチックの層から引き出し、閻魔あいの無表情な顔の上に、指でぼんやりとばつを薄っすらと描いた。
訣別しなければならない。
ごめんなさい。私があなたを、異常の中へ引きずり込んだのだ。
翌朝、私は早くから近所の廟へ行った。何を祀っているのか、私は知らなかった。ただ、そこにはお供え物を焼くための炉があることだけを知っていた。炉の構造に慣れていなかったため、私は閻魔あいの聖像を無造作に投げ入れ、彼女を焼いた。
閻魔あいの無表情な頬は、火によって皺み、崩れた。三年にわたって私に寄り添ってきた閻魔あいは、火焔の中で苦しんでいるようには見えなかった。彼女の鮮やかな赤い眼が黒く焼けた時、私は突然、手を伸ばし、その絵をまるごと取り戻そうとした。
ただあの眼だけが、あの静かで、いっさいを意に介さぬような眼だけが、かつて私の救済であった。
私は彼女を裏切ったのだと思った。
その感覚は、私に絵を奪い返したいという衝動を抑えがたくさせた。しかし、誰かが私を引き止めた。それは朝に来ていた一人の老人で、彼は私を何度か叱りつけた。汚い台湾語が耳のそばで燃えた。私は台湾語に対して、説明できないほどの嫌悪感を抱いていた。しかも、私は台湾語をあまり聞き取れなかった。それでも、彼が私の儀式を妨げているのだと感じた。私は、なんと頭を低くして、その場から逃げ出した。
それ以来、あの焼け焦げ、火を透かしていた両眼、まるで眼そのものが燃え尽き、色の意味において死灰となったような両目は、私の日常の中で絶えず浮かび上がるものとなった。
高校に入ってから、私の成績は坂を転がるように落ちた。中学の頃、私はいつも何かを追い求める熱意を持っていた。そして、私と同じ側に立つ存在がいることを知っていた。だから私は、自分の異常を誇ることができた。しかしあのカウンセリングの後、私は閻魔あいを焼き、ふたたびこの「正常」な世界と向き合い、その中へ溶け込もうとした。
正常でない者が正常になろうとすることは、多くの場合、一つの悲劇である。教室に溶け込めなかった私は鬱に沈み、休学するようになった。そして、私は自室を小さな祭壇に作り替え、壁に大きな閻魔あいの写真を掛けた。自分が閻魔あいにふさわしくないことを知っていても、閻魔あいが愛されていた者であり、私が彼女をかってに自分の世界へ引きずりこんだのだと分かっていても、それでも私は彼女の傍らを必要としていた。
ようやく、自分がどれほど孤独を恐れている人間であるかを悟った。
また、私は一つの現実的な問題にも向き合わなければならなかった。高校を卒業できなければ、私はそのまま職場へ投げ出されるのか。あるいは、中卒のまま家に留まり、両親に養われて生きるのか。
それらの問いは私を刺した。そして同時に、鬱から抜け出そうとする動機にもなった。異常から逃れられず、一度は閻魔あいを裏切った私は、『地獄少女』第一期を見返しはじめた。そして、閻魔あいが東京の人混みの中を歩く場面を見た。
私はまだ、閻魔あいの故郷である日本へ行ったことがなかった。
細い一筋の光が、私の心房に差しこんだ。私にはまだ、したいことがあったのだ。
私は勉強を始め、日本語を独学し、日本語学科を目指した。それによって、閻魔あいに少しでも近づけると思ったからである。成績のために、私は結局、日本語学科には入れず、宗教学科へ進むことになった。それでも私は日本宗教を志し、閻魔あいとの距離を、なお一歩縮めようとした。
だが、すべてが順調にいったわけではなかった。