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ヘルマン・ヘッセ 『アウグスツス』

    MRT

    僕にとっての本書:
    アウグスツス、母の強い願いを受けてうまれてきた不思議な子。「あらゆる人に愛される」という魔法を受けて育った。やがて、魔法は彼の運命になる。彼は、運命を拒む。自分の真ののぞみを、見つめる。


    原著 Märchen 1913。
    原著 出版 1919。 邦訳の初出は1952年。

    ヘルマン・ヘッセ(1877-1962)は、僕が最大限に尊敬する詩人/小説家です。彼と誕生日が同じであることをとても誇らしく思っています。全集を全部読んでいます。

    noteを書きはじめて2年くらい、ついにヘッセをとりあげる日がきました。

    僕は児童文学を読んで感想をかくことがありますが、ヘッセにはそれほど児童文学というイメージはないかもしれません。

    こどもが活躍する話はあります。『デミアン』にしろ、『知と愛』にしろ、有名な『車輪の下』にしろ。でも、児童文学なのかねえ…といった感じで、ちょっと考えていました。

    そういえば、あったぞ、ヘッセの児童文学。『メルヒェン』は、かなりそれっぽいぞ。

    メルヘン/メルヒェン(独語)は、その意味にファンタジー的児童文学のニュアンスを含みます。よし、シリーズにいれてもいいよな。


    さて、本作、『アウグスツス』は、1913年にヘルマン・ヘッセによって書かれました。空想物語、児童物語を集めた『メルヒェン』におさめられた作品のひとつで、その『メルヒェン』は1919年に出版されました。日本語訳は、高橋健二氏。ドイツ文学研究の巨匠で、ヘッセとは親しい友人でもありました。

    もうこれはすばらしい話。
    大学生のときに読みまして、本当にすばらしいなと思ったものでした。

    アウグスツスは、父のいない子。隣人のビンスワンゲル翁に、出生時、魔法をほどこされました。

    その魔法は、アウグスツスの母親の願いそのもの。かなえられる望みはたったひとつ。

    母は、アウグスツスを想うあまり、もっとも強力な願いを、ひとつ思いついてしまうのです。

    たとえば、頭が良くなりますようにとか、体が強くなりますように、とか、スポーツができますように、など、親はみなわが子に才能を望むものです。

    でも、あらゆる才能を凌駕する、たったひとつのシンプルな、そして万能なこどもの才能は、「すべての人に愛される」という才能でした。

    これひとつで、あらゆる未来を手に入れることができるし、実際、アウグスツスは長じてすべてを手に入れました。

    「誰からも愛される」。あらゆる「成功」の根源ともいえる願いでした。母が願ったアウグスツスへの魔法は、彼にあらゆるものを手に入れさせた。

    そして、アウグスツスはすべてを手に入れ、すべてを手にしたからこそ、満たされない激しい飢えにさいなまれるようになる。

    それは、「誰かを愛すること」。すべてのものに愛されるものは、誰かを愛することはできない。

    アウグスツスは魔法をふりきって、すべてをすてて、人を愛することを願うようになる。

    なんて感動的な話。

    いろいろあっても、最後は、人を愛することをほっするべし。

    映画 Into the Wild で、クリストファー君がたどりつく境地に似ています。

    ぼくは、自分のこどものこと(5歳)を考えたとき、この童話の母の思いもよくわかります。でも、子には、人を愛する力を持ってほしいし、他の力よりもそれを優先してほしいと思っています。ぼくがこう思えるようになったのは、この話の影響による。

    ヘッセ。よく考えたら、かれこそ若い人がよむべきものじゃないか!ちょっと小難しいかもしれないけど、中学生や高校生は読んだ方がよいと僕は信じる。これからはこの零細なnoteでもとりあげていこうじゃないか、ときどき。

    そもそも、中学生の国語の教科書に載っていたじゃないか、ヘッセ。

    ヘッセについて書きたいことは山ほどあるのです。


     
     
     

    MRT

     
     
    現在、歴史をひとりの友だちとして描く絵本『もしも歴史が友だちだったら』 を制作しています。 歴史教師。児童文学レビューと創作。短編小説『シェルター』は、コバルト短編小説新人賞「もう一歩の作品」に選出(マガジンにあります)。

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