「私が生まれた日」#シロクマ文芸部
「生まれた日って、いつだと思う?」
そう聞いたら、あなたは少し考えて、
「誕生日じゃないの?」
と言った。
「そうじゃなくて」
私は笑った。
「私が生まれた日」
あなたと出会った日。
どちらが先に好きになったのか。
どちらが先に溺れたのか。
そんなことは、もうどうでもよかった。
ただ、あの日から私は、少しずつ変わっていった。
あなたが椿を好きだと言った。
だから私は、椿になりたかった。
昔、道端に咲いていた黄色い花が好きだった気もするけれど、そんなことはもうどうでもよかった。
冬に咲く花。
凍てつく雪を抱きかかえ、肌を刺す寒さの中でただ赤く耐える花。
調べてみると、椿は花びらを散らすのではなく、首から丸ごと落ちるのだという。
湿った黒土に落ちたときの、重い落点音。
私は、それが少し羨ましかった。
最後まで、自分の形を保ったまま落ちることができるから。
「椿みたいだね」
あなたがそう呟いたから、私はいくらだって落ちて見せる。
骨も肉も、姿形ごとあなたに渡してしまえばいい。
あなたが紫陽花を好きだと言った。
だから今度は、紫陽花になりたかった。
雨の匂いを吸い上げ、土の質で簡単に色を変えてしまう、節操のない花。
「何色でも似合うね」
あなたが指先で私の頬を撫でるから、私は自分の色を捨てた。
青でも、紫でも、濁った赤でもいい。
あなたが望む色に染まることが愛されることなら、私はどんな色にでも塗り替えられた。
そうして私は、自分がもともと何色だったのかを、少しずつ忘れていった。
あなたが薔薇を好きだと言った。
だから私は、薔薇になりたかった。
美しく咲いて、むせ返るような甘い香りを振りまいて。
触れればあなたの指を傷つける棘すらも、愛してもらえるような花。
首筋に、濡れた髪に、毒のような香りを纏わせて。
その指先で引きちぎられるためだけに、私は身体中に棘を蓄えよう。
あなたが月下美人を好きだと言った。
だから最後に、私は月下美人になりたかった。
肌を撫でる冷気と、密室に満ちる青く甘い香気。
触れれば指の体温でドロリと解けてしまいそうな、薄く湿った花びらの質感。
「きれいだね」
あなたが吐息のように漏らすその一言のためだけに、私は太陽を捨てた。
あなたが眠りにつくまでのほんの数時間。
そのためだけに開花し、朝が来る頃には、私はもうしおれている。
それでも、よかった。
あなたが望むなら、私はどんな花にでもなれた。
あなたが望む形になり。
あなたが望む色になり。
あなたが望む痛みを抱え。
あなたが望む時間だけに咲く。
そして、ふと思った。
――私は、もともと何の花だったのだろう。
アスファルトの割れ目、誰の目にも留まらない道端に咲いていた、あの名前も知らない黄色い花。
名前すら呼んでもらえず、踏みつけられても、ただ太陽に向かって勝手に芽を伸ばしていた、雑草のような私。
あの頃好きだったお菓子の、安っぽい砂糖の甘み。
雨の日に感じていた、青くさい草の匂い。
それらの破片が確かに指先に触れるのに、どれだけ手繰り寄せようとしても、輪郭が追いつかない。
あれは本当に私の記憶だったろうか。
記憶の断片は手の中でサラサラと砂のように崩れ落ち、ついに「私」という像を結ぶことはなかった。
でも、それでいい。
華やかな温室の花になれるなら。
椿でも。
紫陽花でも。
薔薇でも。
月下美人でも。
何だっていい。
名もなき雑草だった私は、
いつ、自分を枯らしたのだろう。
「おはよう」
あなたが言った。
「おはよう」
私も答えた。
鏡に映る私は、あなたが好きな顔で笑っている。
ああ、やっぱり今日は。
私の、生まれた日だ。
……たぶん。
小牧幸助さんの「生まれた日」をテーマにした企画に参加させていただきました。いつも、素敵な企画をありがとうございます。
