
才能とは、神経が本来の位置に戻る方法なのかもしれない
「才能って何ですか?」
そう聞かれると、多くの人は
「人より上手にできること」
「特別な能力」
を思い浮かべるかもしれません。
でも、才能にはもう一つの見方があるように思います。
それは、
神経が本来の位置に戻る方法。
もちろん、神経が整うことすべてが才能ではありません。
お風呂に入る。
森を散歩する。
好きな音楽を聴く。
それらも心や身体を整えてくれます。
でも、それだけでは才能とは呼ばれないでしょう。
では、才能は何が違うのでしょうか。
私は、
自分が整いながら、自然と誰かの役にも立ってしまうもの。
そこに才能があるのではないかと思います。
例えば、
誰かは料理をしている時。
誰かは絵を描いている時。
誰かは人の話を聴いている時。
誰かは、理解したことを言葉にしている時。
その人自身の神経は自然と整っていく。
そして、その行為が結果として誰かの安心や理解、喜びにもつながっていく。
無理をして役に立とうとしているわけではありません。
ただ、自分らしくしていることが、自然と誰かの役にもなっている。
そんな場所があります。
以前、
「使命を知っている人とは、世界を救う人ではなく、自分の道具の使い方を知っている人。」
という言葉を書いたことがあります。
その「道具」が、才能なのかもしれません。
神経が本来の位置に戻る。
自然とその道具を使いたくなる。
使うほど自分も整う。
そして、結果として誰かの役にも立つ。
才能とは、
神経が本来の位置に戻る方法の中でも、自然と誰かの役にも立ってしまう力なのかもしれません。 🌱
⸻
自己一致についてまとめて読みたい方は
こちらにまとめています👇
👉 自己一致の地図マガジン