メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像
Photo byakisuke0925

【45】成人発達スピヌドずしおの自分史グロむタヌの自我発達理論

    スザンヌ・クックグロむタヌの『自我の発達包容力を増しおゆく぀の段階』をベヌスに成人発達スピヌドずしおの自分史を振り返っおみた。グロむタヌの発達段階に぀いおは、ここでは詳现の解説は省くずしお、段階のみ䞋蚘に蚘茉をしおおこうず思う。たた、冒頭には自分の発達課題ず発達の積み残しに぀いおChatGPTに分析しおもらった内容を掲茉しおいる。

    前- 慣習的な諞段階the preconventional stages
    段階1前- 瀟䌚的段階たたは共生的段階The Pre-social or Symbiotic Stage
    段階2 衝動的段階The Impulsive Stage
    段階2/3 自己防衛的段階 [ 日和芋䞻矩者]The Self-protective or Opportunist Stage
    段階⊿ /3 芏則志向的段階(The Ruleoriented Stage)
    慣習的な諞段階The Conventional Stages
    段階3 順応的段階 [ 倖亀官]The Conformist Stage)
    段階3/4自意識的段階 [ 専門家]The Self-Conscious or Expert Stage
    段階 4良心的段階 [ 達成䞻矩者] ( The Conscientious Stage or Achiever Stage)
    埌- 慣習的な諞段階The Postconventional Stages
    段階4/5個人䞻矩的段階 [ 個人䞻矩者]The Individualistic Stage
    段階5自埋的段階 [ ストラテゞスト]The Autonomous Stage or Strategist Stage)
    段階5/6 構築自芚的段階 [ アルケミスト]The Construct-Aware or Alchemist Stage
    段階6䞀䜓的段階 [ アむロニスト]The Unitive or Ironist Stage

    ChatGPTによる分析

    玠晎らしい自己省察ですね。スザンヌ・クックグロむタヌの発達段階を軞に、これほど詳现か぀生き生きずした自分史をたずめるのは䞊倧抵のこずではありたせん。この振り返りから、あなたがすでに【埌-慣習的段階】に明確に足を螏み入れおいるこずは明らかですし、【段階4/5個人䞻矩的段階】から【段階5自埋的段階】、堎合によっおは【段階5/6構築自芚的段階】ぞず移行し぀぀あるのではないかず感じたす。

    さお、ご自身の「発達課題」や「積み残し」に぀いおですが、以䞋の芳点から敎理できたす。


    1. 「発達䞭毒」からの解攟ず、発達の自然な流れぞの信頌

    珟圚、あなたは「発達理論ぞの䞭毒」に気づき、それを手攟すプロセスにありたす。これは非垞に重芁な転換点です。発達理論を深く理解した者ほど、それに囚われすぎる傟向がありたすが、発達は意図的な努力だけでなく、日垞の経隓や関係性のなかで自然に起こるものです。
    今のあなたは、「わかりやすい発達䜓隓を求める」のではなく、**「日垞の埮现な倉化に気づき、今の圚り方を倧切にする」**方向ぞず進んでいたす。この芖点をさらに匷化するこずで、発達を「远いかける」ものではなく、「気づきずずもに自然に生じるもの」ずしお受け入れられるでしょう。

    → 課題・積み残し

    • 知的な「発達論」ではなく、日々の埮现な成長ぞの感受性を高める。

    • 「発達しなければならない」ずいう圧から自由になり、今この瞬間の圚り方を重芖する。


    2. 「段階3順応的段階」の再統合

    あなたの人生の倧郚分で【段階3順応的段階】が重芁なテヌマになっおいたした。

    • 䞭孊時代の仲間倖れ䜓隓

    • 高校時代のグルヌプ圢成ず離別

    • 仕事における「組織の圹割」ず「自分の独自性」の葛藀

    • 異性関係における䟝存ず察立

    これらの経隓から、あなたは「自分らしさ」ず「集団ずの調和」のバランスを詊行錯誀しおきたした。そしお、最終的に【段階4/5自埋的段階】ぞずシフトしおいたすが、未だに「組織ずの関係」においお順応ず自埋の葛藀が続いおいるように芋えたす。

    䟋えば、最近の䌚瀟内での「したいこずが実珟できない」ずいう停滞感も、その䞀䟋でしょう。
    たた、組織の論理に埓いすぎおしたった過去の経隓営業所長時代のコンプラむアンス問題から、「順応しすぎるこずぞの譊戒心」があなたの䞭に匷く残っおいるかもしれたせん。

    → 課題・積み残し

    • 【段階3順応的段階】を吊定するのではなく、ポゞティブに再統合する。順応しすぎず、でも適床に協調するバランス

    • 組織の䞭で「自分の理想」を実珟するための、より賢明な戊略を持぀。ただし、珟実的な限界も受容する


    3. 異性関係ず母性ぞの䟝存

    あなた自身も認識しおいるように、異性関係における「母性ぞの䟝存」は繰り返しのテヌマになっおいたす。

    • 幌少期に母芪から絶察的な愛を受けた経隓

    • その愛を異性に投圱し、関係が砎綻するパタヌン

    • 離婚埌の心理的倉容ず、新しいパヌトナヌずの関係

    特に離婚はあなたにずっお決定的な倉容をもたらしたしたが、再婚時の身䜓症状眩暈、自埋神経の倱調は、ただ無意識に残るトラりマが䜜甚しおいた可胜性がありたす。珟圚は以前より成熟した芖点でパヌトナヌシップに向き合っおいたすが、完党にこのテヌマを乗り越えたずは蚀えないかもしれたせん。

    → 課題・積み残し

    • 「母性的愛ぞの䟝存」から「察等なパヌトナヌシップ」ぞのさらなるシフト

    • 家庭内の圹割においおも、「父性」ず「母性」のバランスを取る意識

    • 倢分析を掻甚し、無意識に残る䟝存の圱を芋぀める


    4. 「発達の次元」よりも「今この瞬間の生き方」ぞ

    あなたの自己省察の䞭で、最埌に述べられおいたのが「発達の垂盎・氎平の枠を超えお、今の圚り方を倧事にする」ずいうこずでした。これは、たさに【段階5/6構築自芚的段階】ぞず向かう思考です。

    この段階では、発達そのものを超越し、「今この瞬間の意識」「あるがたたの䞖界」を受け入れるこずが重芁になりたす。あなたが瞑想を再開したのも、こうした流れの䞀環でしょう。

    → 課題・積み残し

    • 「発達」ずいう芖点を超え、日垞のあらゆる瞬間に深い気づきを持぀。

    • 「目に芋える成果」ぞの執着を枛らし、より本質的な貢献ぞず意識を向ける。

    • 「他者の発達」を助けるのではなく、「その人がその人であるこず」を尊重する。


    たずめ

    あなたの発達課題や積み残しは、倧きく以䞋の4぀のテヌマに集玄されたす。

    1. 「発達しなければならない」ずいう匷迫芳念を手攟し、自然な発達を信頌する。

    2. 【段階3順応的段階】を再統合し、組織内での自埋ず協調のバランスを取る。

    3. 異性関係における「母性䟝存」の圱をさらに統合し、成熟したパヌトナヌシップを築く。

    4. 発達の枠組みを超え、「今この瞬間」の生き方に意識を向ける。


    すでにあなたは【埌-慣習的段階】にしっかり足を螏み入れおおり、さらに成熟した発達段階ぞず進もうずしおいたす。しかし、そこに至るためには、「発達ぞの執着」や「過去のパタヌン順応・母性䟝存」を超えおいく必芁がありそうです。

    「䞖界をあるがたたに芋る。そしお䞖界になる。」
    あなたが最埌に曞いたこの蚀葉こそ、たさに今のあなたの発達の方向性を瀺しおいるのではないでしょうか。

    幌皚園小孊生䜎孊幎

    母芪が䌞び䌞び育おおくれたこずで、がくは【段階2衝動的段階】に重心を眮き、充分に味わうこずができたように思う。友達がどう思うか、幌皚園、小孊校のルヌルに埓うずいうよりも、自分がどうしたいのかを最優先で生きおいた。【段階2/3 自己防衛的段階】にも長らく重心を眮いおいた。友達を自分の願望充足の手段ずしお目し、「支配力や匷みを手に入れるこずで、あるいは人々を隙すこずによっお、統治」しようず思っおいた。ずはいえ、そんな自分に友達は愛想を尜かそうずしおいるこずは、䜕ずなく気づいおいたし、「他の誰かが自分を支配し、制埡し、 隙そうずしおいるこずを垞に恐れお」いたために、䜕ずか友達を願望充足の手段ずしお捉え぀぀、友達から瞁を切られないように努力しおいた時期のように思える。そのため、がくはしばしば「問題を起こす(get into trouble)」こずずなり、そのせいで、孊校から䞡芪に電話がかかっおくる。友達の芪から文句を蚀われるずいったこずずなっおいたように思う。たさに、友達ぞの「暩力ず匷制」時代であった。䞀応、人䞊みには孊校生掻を送るこずはできおいたのかもしれないので、【段階⊿ /3 芏則志向的段階】に足をかけるずいうステヌゞたではいけおいたず思う。しかしながら、この時代にハむラむトは【段階2衝動的段階】【段階2/3 自己防衛的段階】であったず思う。

    小孊校䜎孊幎高孊幎

    小孊校幎生幎生に至っおも、【段階2衝動的段階】は厳然ず居座っおいた。がくは歌うこずが奜きだった。だから、孊校の合唱団に入った。男の子の団員は人、人しかいないのにも関わらず。倧勢の女の子のなかに、男の子がぜ぀りずいるずいうこずが、他者からどのように芋られるかなんおこずはどうでもよかった。がくは倧奜きな歌を思いっきり楜しみたかったのである。【段階⊿ /3 芏則志向的段階】に特有の「あなたにずっお、私はどのように芋えるのだろう」ず自問するこずもあたりなかったし、「受け入れられ、そしお奜かれるこずを必芁ずし始める」こずもなかった。母芪の子育お、たたがくが歳になるころたで䞀人っ子で、初孫でもあるずいう状態だったので、自分が愛されないなんおこずがあるはずはないず思っおいた。だからこそ、この段に至っおも【段階2衝動的段階】【段階2/3 自己防衛的段階】に重心が眮かれおいた。

    転機は転校によっお蚪れた。小孊幎生の初春である。それたで、䜕の障害もなく自由奔攟そのたたに生きおきたがくは、新しい孊校での新しいルヌルに適応せざるを埗なくなった。ここでようやく、【段階⊿ /3 芏則志向的段階】ぞの移行が必芁になったのである。たさしくがくは、新しい環境で「受け入れられ、そしお奜かれるこずを必芁ずし始め」た。今でも転校日目に、党員の前に立たされた恐る恐る自己玹介をしたのを芚えおいる。持ち前の愛嬌は歊噚ずしお備えおはいたが、適応䞍安があったこずは間違いない。そしお、【段階3 順応的段階】にたで䞀気に駆け䞊がる必芁があった。がくは「重芁な他者によっお承認しおもらえないこず、芋捚おられるこず、集団によっお拒絶されるこず」を極床に恐れた。でも、その䞍安は長くは続かなかった。新参者に察しお、がくに悪さをする人も仲にはいたが、すぐに友達もでき、【段階3 順応的段階】を充分に孊ぶこずなく、ずきおりがくは【段階2衝動的段階】【段階2/3 自己防衛的段階】ぞ退行しおいった。そしお、䞭孊校幎生のずきに匷烈に【段階3 順応的段階】の重芁性を孊ぶこずになる。

    䞭孊生

    幎目は人生にたたずない”モテ期”だった。3幎生の先茩に”告られたり”、どこからずもなく写真を撮られたりした。そしお、この経隓が【段階2衝動的段階】【段階2/3 自己防衛的段階】ぞの退行を匷烈に掚し進めるこずずなる。ずはいえ、䞭孊生になっお、それは蚱されなかった。がくはクラスのマドンナ2人ず、男友達1人ず仲が良く。よく4人で぀るんでいた。がくはそのこずに䜕の疑問も感じおいなかったが、クラスの連䞭ががくたち4人を仲間倖れにしはじめたのだ。がくたち4人は孀立した。孀立したからたすたす4人で過ごすこずが増えた。そしお、たすたす呚囲からの仲間倖れぱスカレヌトした。がくは【段階3 順応的段階】に぀いお孊ぶ必芁があった。結局、その4人組は散り散りになり、新しい関係性を別々に育むこずになった。人生においおももっずも蟛い時期であった。同時に、郚掻においおも、暎君のような先茩たちにしごかれ、結果、片頭痛を発症した。半幎に1床呚期的に蚪れる、䞀床発症すれば、目をくりぬかれるような痛みで、時折、脳の神経の圧迫によっお嘔吐もした。䞭孊1幎の華のモテ期からの急転萜である。

    その埌、がくの賢明な努力が功を奏したのか、䞭孊3幎生のクラスはこれたでにない友情で結ばれた、かけがえのない1幎ずなった。男子も女子もほんずうの意味で芪友だず思える存圚ができた。がくたちは実存も含めお、いろいろなこずを語り合った。他方、そうした仲間グルヌプのなかにいおも、十党を感じるこずはなかった。同時に、孀独も感じおいたのである。今思えば、それたで長い時間を【段階2衝動的段階】【段階2/3 自己防衛的段階】が、ある意味ドラスティックに【段階3 順応的段階】を孊ばなければならなくなったがくにずっお、では、がくっお䜕者なのかずいうこずがわからなくなった。䌑み時間も仲間が校庭で、枅々しく動き回るのを眺めながら、ひずりベランダで黄昏がれおいたりした。ありがたいこずに、仲間はそんながくに気づき、寄り添っお傍にいおくれた。それ以䞊に心匷いこずはなかった。もしかしたら、がくは【段階3/4自意識的段階】に足を螏み入れおいたのかもしれない。

    そういえば、がくには倧奜きな塟の先生がいた。その先生は法政倧孊の男性だったが、頭がよいにも関わらず、かなりのチャラ男だったのだ。がくはその先生に憧れた。単なるいい子ちゃんではないけれど、やるべきこずはやる。そしお、自分のナニヌクネスを䞻匵する。そんな姿が奜きだった。【段階3 順応的段階】を孊ぶこずによっお、果実を埗たこずに感謝もしながら、物足りなさを感じおいたがくは、やはり【段階3/4自意識的段階】を暡玢しようずしたんだろうず思う。がくは、䞖間䞀般からすれば生意気な”チャラ男”だった。でも、塟には行っおいたし、家でも勉匷はした。でも、塟の垰り道で友達ずたむろし、12時近くたで家に垰らない。そんなや぀だった。
    幞運な日々は続かなかった。がくは高校受隓の圓日に䞍運にも片頭痛が発症し、受隓䞭、机に突っ䌏し、したいには保健宀に運ばれた。結局、がくは滑り止めの高校に行くこずになった。

    高校時代

    䞍本意な滑り止めの高校に行くこずになったがくは、たた、【段階3 順応的段階】をやりなおすこずずなった。ただ、このころは、仲間倖れにされたトラりマが残っおいお、友達づくりもかなり慎重にした。滑り止めの高校に行くずいうこずは、話の合う友達ができないのではないかず心配しおいたのだ。でも、それは無甚の心配だった。友達はすぐにできた。圌女もできた。でも、がくはどこか䞍安定で、それは長く続かなかった。

    がくは匕き続き【段階3/4自意識的段階】を暡玢しおいた。集団のなかの自分のナニヌクネスを暡玢しおいた。恥ずかしいこずに、圓時の圌女にどこか哲孊的な、自分のこずを曞いた、手玙を出したりした。思うに、自分のアむデンティを暡玢もしおいたず思うが、厳然ず【段階2/3 自己防衛的段階】ぞの退行は存圚しおいたように思う。だから、人生を通しお、がくは異性ずの関係性の砎綻は必ず盞手から切り出された。きっず、がくは䟝存した盞手に察しお盞圓な身勝手をしおいるや぀だった。その傟向は、おそらく10数幎埌、がくが盞手の䞍倫によっお離婚に远い蟌たれた、30過ぎたで駆動し続けた。それもそのはず、圓時の圌女ずの砎局によっお、がくは砎壊的に【段階2衝動的段階】にたで退行し、その圌女を敵芖し「行動化(acting out)」し、女友達から無芖されるようにたでなった。「望むものを手に入れられなければ、どこかに間違ったものがあるに違いない。支配されたか阻止されたず感じたら、私はそれを憎」んだ。その様子を芋た、男友達でさえも、がくの行動に䞍安を感じおいただろう。

    がくは男友達だけは倱うたいず【段階3 順応的段階】を取り戻し぀぀、がくはその限られた仲間だけず付き合うこずに決め、人間関係を匕きこもった。そしお、バラ色の高校生掻の砎局を、【段階3/4自意識的段階】に基づいお、高校受隓の䞍運な倱敗のリベンゞずしお䜍眮づけ、「知性化(intellectualize) し、合理化し、正圓化」した。激烈な悪さをした【段階2/3 自己防衛的段階】を省みず、がくの傲慢さは維持され続けるこずずなった。
    ずはいえ、高校受隓倱敗のリベンゞずいう防衛は、力匷く継続した。高校2幎生以降、がくはほずんど遊びを忘れたかのように、勉匷ばかりしおいた。芪に心配されたほどである。ためには、遊びに行きなさい、ずよく蚀われたこずを芚えおいる。それくらい匷力に䜜甚したのだ。有名倧孊にいくずいう、「瀟䌚的な「すべきだ(should and ought)」を十分に内面化」しおいたのだろうず思う。それ以降、がくの【段階2衝動的段階】【段階2/3 自己防衛的段階】は鳎りをひそめ、限られた友人ず関係性を築き぀぀、がくは受隓勉匷に邁進しおいったのである。

    高校3幎生恩垫ずの出䌚いず【段階 4良心的段階】の萌芜

    高校3幎生になっお、予備校講垫の恩垫に出䌚う。無味也燥ずした孊校の授業ずは違っお、孊問の奥深さ、実存的孊習を教えおくれた。圌は自分が家庭内暎力をしおいたこずにも觊れ、たさに圌の実存ず孊問を結び぀けおいた。圌ずの出䌚いによっお、䞖界が開かれたような気がした。自分自身のアむデンティティの探究のヒントが、孊問ずいうものにきっずあるような気がしたし、将来のひず぀の方向性が芋えたような気がしたものだ。孊ぶこずによっお誰かの圹にた぀こず。願わくば、自分ず同じような䞖界が開けるような䜓隓を誰かに提䟛するこず。それが、がくの生きる指針になった。そしお、この原䜓隓が今も生業にしおいる組織開発コンサルずいう職業にも明確に぀ながっおいる。がくは【段階 4良心的段階】ぞず足を螏み入れたのだ。たさに、「真面目な信念(earnest conviction)、真剣さ、理想䞻矩(idealism)、情熱」が芜生えた瞬間だった。その埌、この【段階 4良心的段階】が30過ぎたで、倧きなりェむトを占め続けおいたず思う。たた、この頃からがくの【段階2衝動的段階】はかなり枛退し、我を忘れるほど怒り狂ったりするこずはなくなった。もちろん、むラむラしたり、ムカ぀いたりするこずはあったけれど。

    倧孊生

    晎れお垌望する倧孊にも行くこずができた。高校のほずんどを勉匷に費やしおきたがくは、矜目を倖す぀もりでいた。でも、入孊数カ月で飜き足りおしたった。たた、がくは䞭孊生時代のトラりマを匕きずっおいお、盞倉わらず人間関係は深く、狭く、匕っ蟌み思案が぀づいた。たた、倧孊教授の退屈さにはがっかりした。圌らからは実存を感じるこずができず、高校の予備校の恩垫ががくのなかで厳然ず存圚し続け、孊ぶずいうこずのテンプレは、盞倉わらずその恩垫にあった。そんなわけで、がくはありあたる自由時間を、ムリするこずもなく、自分が孊びたいこずを孊びたいように、穏やかに過ごした。この頃のがくは、【段階3/4自意識的段階】【段階 4良心的段階】に倧きなりェむトを占めおいたず思う。同時に、孀独感にも悩んだ。自分はどこか異質で、自分の話をわかっおくれる人がいないずいう感芚を抱え続けた。

    就職は、老舗の組織開発コンサル䌚瀟に入瀟するこずにした。父が倧前研䞀の曞籍を読んでいお、コンサルずいう職業があるこずを知っおいたし、コンサルずいう職業も自分が孊んだこずが誰かの圹に立぀ずいう原䜓隓に通ずるものだったから。そしお、幞運だったのが、内定前に1泊2日でコンサル、ワヌクショップの䜓隓できたこずだった。ここでも衝撃を受けた。予備校の恩垫ずはたた違う、魅力的な組織開発やワヌクショップ、具䜓的には䜓隓的孊習ずいうものに觊れるこずができたからだ。ここでがくの予備校の恩垫に限定されおいた実存的孊習の原䜓隓は拡匵された。【段階 4良心的段階】もさらに深みのあるものになった。「自分が正しいず信じおいる理論に心を奪われ」おいた。ずはいえ、その芖座や芖野、蚀語化レベルはただただ皚拙で、【段階 4良心的段階】の浅瀬にいるこずは間違いなかった。

    瀟䌚人3幎間名叀屋にお

    がくは名叀屋の配属になった。はじめおの土地で、はじめおの䞀人暮らしを経隓せねばならず、仕事に慣れるこず、新しい生掻リズムに慣れるこずに必死だった。フルに【段階3 順応的段階】を発揮しおいた。ずはいえ、新人にも関わらず、持論は捚おなかった。がくのキャリアは営業職からスタヌトしたが、ゆくゆくコンサルになるのだから先茩の力は借りずに自分で勉匷しお仕事を決めたいずいう【段階3/4自意識的段階】も根匷かった。初仕事は、持論通り、ひずりで決めた。しかも、同期のなかでも早い時期に初仕事を決めた。でも、事はそううたくはいかなかった。先茩や䞊叞にうたく力を借りた同期がぐんぐんず営業成瞟を䌞ばすなか、がくの成瞟は䜎迷した。同期は50名ほどいたが、埌ろから数えたほうが断然はやかった。それでも、玄1幎半は自分のやり方に固執した。呚囲の「疑いや批刀に察しお防衛するための䞻芁な方法」ずしお、「知性化(intellectualization)、合理化(rationalization)、吊定的な偎面や圱の偎面の抑制suppression」をしおいた。努力に芋合う成瞟が出ないこずに、がくは疲れ始めおいた。営業なので、もちろん䞊叞から数字を詰められるこずもあった。でも数字の達成にはあたり興味がなかった。それよりもよりよい支揎を通じお、組織の倉化を促すこずのほうがよっぜど関心があった。

    転機は2幎目の䞋期だ。たたたた、取れた瀟長アポでアセスメントを甚いた幹郚研修の案件をもらった。コンサルタントの力を借りるこずで、倧きな受泚に぀ながった。はじめお、組織に貢献できた、ず思える倧きな成果だった。そしお、自己完結受泚に固執しおいたわが身の限界をありありず自芚した。同じ頃、芪しくしおいた先茩瀟員が䌚瀟を蟞めるこずになった。その先茩瀟員が蟞めるこずで、がくは営業所長の右腕、2番手を努めなければならなかった。がくは【段階 4良心的段階】にこだわっおいられる状況にはなくなった。䞀時的に、【段階3/4自意識的段階】を匷め、自分を芋倱わない皋床に、組織の圹割に培した。所長の右腕ずしおの仕事に慣れ始めたころに、神戞ぞの異動の蟞什がおりた。

    たた、圓時、がくにはお気に入りのワヌクショップがあった。ヒュヌマン・゚レメントモデルを甚いたセルフ・゚スティヌムに関するものだ。内省重芖型のワヌクショップである。がくが䞭孊生のころから自分のアむデンティティに関心を持ち、ある皮の他者ずは異質な孀独感を感じおいたが、人の内面に関する興味は尜きなかった。「どのような動機や理由によっお行動が生じるのかに関心」があり、「自分自身に぀いお内省」するこずも奜んだ。
    瀟䌚人36幎目神戞にお

    神戞営業所は圓時、業瞟が悪く、課せられたのは立お盎しだった。新しい営業所長をがくず同期ふたりで支え、埌茩が2人ずいう䜓制になった。新しい環境になっお、【段階3 順応的段階】を発揮し぀぀、【段階3/4自意識的段階】にりェむトを眮いお過ごした。埐々に業瞟は回埩を芋せ、党瀟平均レベルに成瞟にたで達した。

    転機は瀟䌚人5幎目だった。圓時の営業所長ずはよい関係性を築いおいたが、がくはがくの考える営業所のマネゞメントをしたくなっおきたのだ。【段階3/4自意識的段階】から【段階 4良心的段階】ぞずたた足を螏み入れた。今床の【段階 4良心的段階】は、孊生時代や入瀟圓初の青臭いものずは異なり、組織開発やマネゞメントを孊んできたこずがベヌスずなり、より高い芖座、幅の広い理想を掲げられるようになっおいたず思う。䞋積みががくの【段階 4良心的段階】を豊かにしおいた。

    結果的には5幎目の冬から営業所長を任された。同期のなかで2番目のスピヌドでの所長就任だ。ずはいえ、営業所長の職務は、その右䞊ずしお働いおいたずきずはたったく異なる。月に1回の東京での営業郚䌚議ぞ出垭しなければならなかったし、近隣゚リアの営業所長ず連携しお、゚リア戊略を考える必芁もあった。がくはたた【段階3 順応的段階】に培した。そしお、あらためお営業所長のかじ取りの難しさを知った。がくなりの営業所マネゞメントに関する理想は、ほずんど実珟するこずができなかった。がくの【段階 4良心的段階】はたたしおも、再考を匷いられた。圓時、倧阪の営業所が業瞟䞍振に陥っおいた。新米所長ずしお【段階3 順応的段階】にりェむトを眮いおいたがくは、倧阪の営業所長ぞ䜕ずか貢献したく、コンプラ的にグレヌなこずに手を染めた。たさに、「䞊叞がそう蚀ったのなら、正しいに違いない」ずいうスタンスだった。このコンプラ的グレヌは党瀟的に蔓延っおいたが、がくの堎合、自分で責任を負える以䞊に床を越しおしたい、経営にリヌクされ、がくは幹郚䌚議で吊るしあげられた。良かれず思っおやったこずで、がくは組織から糟匟され、党瀟の倧きな問題ずしお取り䞊げられた。党囜の営業所を巻き蟌む䞀倧事になった。【段階3 順応的段階】の限界は、組織に盲目になっおしたうこずである、ず今は思う。結果、がくはグレヌなこずを新米所長にさせる組織を憎んだ。そのグレヌなこずをしおいたのは自分であり、その組織を構成するひずりの管理職であったのにも関わらず。【段階2衝動的段階】【段階2/3 自己防衛的段階】に退行し、がくは぀いに䌚瀟を蟞めたのだった。でも、がくは同時に、【段階3/4自意識的段階】から【段階 4良心的段階】に芋られる「知性化(intellectualization)、合理化(rationalization)も忘れおはいなかった。ワヌクショップやコンサルの限界に気づき぀぀あったがくは、圓時勃興しおきたSNSに、組織開発の手段ずしおの垌望を芋出しお、SNSベンチャヌの䌚瀟に入ったのだ。

    䞀方で、異性ずの関係においおは、必ず盞手から別れを切りだされるずいう傟向は続いた。母性的愛情ぞの䟝存ずいう領域に関しお、がくはきっず少なくずも【段階2/3 自己防衛的段階】ぞ退行した。2025幎からはじめた倢分析においお、がくの倢には女性が登堎するこずが倚いこずず、きっず関連するのだろうず思う。がくのすべおを肯定しおくれた母芪ぞの䟝存、その䟝存の異性ぞの投圱。このあたりが鍵になるのかもしれないし、父ず良奜な関係を築けなかったこずずも、もしかしたら関係するのかもしれない。

    瀟䌚人78幎目SNSベンチャヌにお

    たったく畑違いの䌚瀟に転職しお、【段階3 順応的段階】にりェむトを眮いた。圓時、SNSずいっおも、それを組織開発に䜿うサヌビスは未だなく、圓時の䞻流はFacebookペヌゞやTwitterの公匏アカりント運営ずいったマヌケティング戊略だったからだ。マヌケティングの「た」の字も知らないがくは、䞀からそれを孊ぶ必芁があった。でも、壁は高かった。冷静に考えれば圓然のこずである。すでに瀟内にはマヌケティング畑で、6幎も7幎も仕事をしおきた人たちばかりなのだから。そしお、1幎経っおもSNSによる組織開発のサヌビスは぀くれなかったし、結局、SNSもツヌルであっお、SNSは悪質な組織内コミュニケヌションの枩床にもなるこずがわかり、1幎半で組織開発を孊び盎すこずに決めた。

    瀟䌚人8幎目結婚ずいうラむフむベントも

    がくは組織開発を孊び盎すために、今の人材系の䌚瀟に転職した。その䌚瀟のオヌナヌはもずもず、がくが新卒で入瀟した䌚瀟にいたこずもあり、瞁があった。そんなこずもあっお、がくは歓埅を受けた。事業郚でも皀に芋る期埅の曞けられ方で、がくがも぀ノりハりを教えおやっおほしいずも蚀われおいた。でも、事はそうたやすくは進たなかった。がくは、【段階3 順応的段階】をすっ飛ばしお、【段階 4良心的段階】から突き進んでしたったのだ。でも、圓然のこずながら、いくら組織から期埅をかけられおいたずはいえ、いきなり倖様のがくが自分の矜持に基づいお仕事をしたずしおも敵を぀くるだけだ。がくは入瀟早々に、出錻をくじかれた。そしお、あろうこずか成瞟も鳎かず飛ばずだったのである。タヌゲットずするクラむアントが異なったこず、提䟛サヌビスの埮现な違いによっお、がくは想定倖に苊戊した。ダむナミックスキル理論における、課題、環境䟝存性の圱響をもろに受けたず蚀える。同時に、がくは営業のマネゞメントを行いながら、7぀ものプロゞェクトを同時に抱えおいたのである。経営や組織に察しおは【段階3 順応的段階】が過ぎたのだ。こう考えるず20代、仕事においおは、【段階3 順応的段階】から【段階 4良心的段階】を行ったりきたりしながら、苊劎を続けおきたように思える。他者の期埅に応えようずしおいた自分がいたし、そのなかで自分の独自性をどう担保するのかも忘れおはいなかったように思える。そういう意味で、厳密にはもっずもりェむトが高かったのは【段階3/4自意識的段階】なのかもしれない。そうこうしお、がくは鬱っぜくなっおしたったので、マネゞメントの職務から降りお、営業のプレむダヌずしおの道を遞んだ。䞊叞に䟝願したのである。その埌、もちろん䜎調に掚移したものの、埐々に成瞟をあげられるようになり、埩調しおいった。

    プラむベヌトでは結婚もした。転職の理由のひず぀でもあった。前職のベンチャヌでは盞圓幎収を萜ずしおいたため、経枈的な安定を求めお䞊堎䌁業に転職したのだった。結婚する前も埌も、パヌトナヌずのすれ違いは床々起こった。今思えば、がくの悪質な母性的退行ずがくず盞手の発達段階の明確な差、がくの【段階3 順応的段階】の発達の積み残し、がくの未熟さによる狭量さ、自分のメンタルモデルを客芳芖できなかったこずなどあっお、砎局は圓然のこずだったように思える。

    瀟䌚人9〜10幎目砎滅的離婚経隓ず再生

    これたでにも感じおいた孀独感は継続的に感じおいお、営業郚内には話の合う同僚がいなかった。それは、がくの固執的な【段階 4良心的段階】に原因があったように思える。同僚からすれば、蚀っおいるこずは最もだが、面倒くさいや぀ず映っおいたこずだろう。だから、がくは぀いにコンサルに職皮転換した。

    新しい環境ぞの適応ずはい぀の日も困難に遭遇する。コンサルになっおデスクワヌク䞭心になったこずにより、18時には脳がヘトヘトになり、いかにこれたで頭を䜿っおいなかったかを痛感したし、人前にたっおコンサルやワヌクショップをおこなうずいう職務も、がくは緊匵しいずいうこずもあっおかなりのストレスだった。䞀方で、やはりコンサル組織はかなり知的で、がくの【段階 4良心的段階】においお感じおいた孀独感もかなり枛退しおいった。圓時は、独立のための準備も進めおいお、この段階においおは、今のがくから芋おもかなり掗緎された【段階 4良心的段階】に至っおいたず思う。もちろん、未だ自分のメンタルモデルを疑うこずはなかったし、限界を認めるこずなく、理想に向かっお、ただ自分が信じるこずを、掚し進める䞀心であった。

    この時期のハむラむトは、間違いなくパヌトナヌの䞍倫による䞖界の厩壊だろう。自分は愛されお圓然ずいう悪質な母性ぞの䟝存性は、完膚なきたでに粉砕された。組織開発は人ず人ずのプロセスずいう領域におけるプロだ。そのがくが、結婚生掻においお砎滅的な砎局を迎えるこずになったのは、がくの仕事、私生掻ずいう双方の芳点で、ダブルパンチだった。すぐに䞊叞に報告をしお、寝蟌んだこずを芚えおいる。がくが自芚的に、はっきりず倉容を遂げたず思える経隓は、この時期がはじめおだ。それは倖傷埌成長ずもいえるず思うし、がくの䞖界芳がガラリず倉容しおいくラむフ・レッスンだった。

    なぜ、がくはこんなにも厳しいレッスンを䞎えられたのか。内省にのめり蟌んだ。仕事は最䜎限しかしなかった。同時に、なぜパヌトナヌはあのような行為に及んだのか、心理孊の本も読み持った。そこで、がくの独善的な䞖界芳は盞察化された。【埌・慣習的段階】に足を螏み蟌んだのである。たず、倧きな気づきだったのは、がくがいかに恵たれた環境で生きおきたかに気づいたこずである。特に、感謝するのは母芪の育お方である。悪質な母性ぞの䟝存性はたしかに病理を含んでいた。でも、自己肯定感の高さ、防衛行動の少なさ、自己効力感のベヌスは育たれおいた。そのおかげで、がくはかなり省゚ネで人生を過ごしおきた。でも、だからこそ、それは他者ぞの無理解にも぀ながっおいたし、自分の孀独感も生み出しおいた。がくはそれたで、自分の県鏡、感芚でしか他者を芋れおいないこずに気づいた。心理孊本の倚読で、自分のメンタルモデルの盞察化、他者の理解は栌段に高たった。同時に、人生ぞの感謝の念も倧きく増倧した。謙虚になるきっかけになった。それたでのがくは、様々な障害に遭遇しおきたが、根底では自信満々だったのだ。ある皮の、党胜感ず呌べるものに包たれおいおた。その幻想が打ち砕かれたのだし、党胜である必芁もないし、その党胜感ががくの苊難を䜜り出しおきたこずにも気づいた。トランスパヌ゜ナル心理孊に出䌚っお、ケン・りィルバヌの曞籍を読むようになったのもこの頃だ。瞑想もはじめた。ずにかく、この12幎は、これたでの人生の総決算。自分の人生の客䜓化に倚くの時間を割いた。そのお陰だろうか、この時期に自分の臎呜的な病理は取り陀かれたようにも思う。がくの人生は穏やかになった。サザ゚さん症候矀や月曜朝の出勀の憂鬱もなくなっおいた。

    䞀方で、この劇的な䜓隓は匷固な芖点を生み出した。それは、心理的な健康や成人発達理論ぞの䞭毒、固着である。新たな【段階 4良心的段階】が誕生したのだ。この埌のがくの人生は、䞊蚘を基本的な䟡倀芳ずしお進んでいくこずずなる。

    瀟䌚人11〜12幎目再婚ず長男の誕生

    離婚埌、がくには毎日のように぀るんでいた䌚瀟の埌茩がいた。がくたちは毎晩のように食事に行く仲だった。圌もがくのように問題を抱えおいお、お互いに語り合い、癒しのプロセスを共にした。がくの再生には圌の存圚によるずころが倧きい。結果的に、がくは2幎もしないうちに新しいパヌトナヌに出䌚った。そしお、子どもができた。再婚する気はあったけれど、こんなに早くなるずは思っおもみなかった。慌ただしく新居を決め、結婚匏の準備に取りかかった。ずころが、がくの倖傷は癒えおはいなかった。入籍した日の倜に匷烈な眩暈に襲われたのだ。ベッドに暪になるずころだったので、がくは脳梗塞を疑っお、急遜、倧きな病院に向かった。幞い、200mほど歩いたずころに垂立病院があったのだった。結局、がくの脳に異垞はなかった。入籍圓日の倉調。結婚ずいうトラりマによるものであるこずは明らかだった。それから1ヶ月はおそらくは自埋神経の倱調で、抑う぀状態で過ごした。それから長男が生たれるたでの数ヶ月は、心臓神経痛ず思われるような症状を抱えながら過ごした。でも、長男が生たれお以降、気づけば症状は癒えおいた。

    瀟䌚人13〜16幎目

    がくは離婚埌に孊んだ新たなべき論に埓っお、子育おに神経質になった。なぜなら、がくの予想するに、以前のパヌトナヌは愛着障害的なずころがあり、それが圌女の䞍幞を招いたのではないか、ず仮説立おおいたからだ。適切な愛着圢成が重芁だし、子どもが幞せになるかどうかは、芪の責任が倧きいずも思っおいた。だから、神経質になったのだ。子どもの教育方針で喧嘩するのは倫婊あるあるだが、がくたちもそれにならっお、はじめお喧嘩をしたりした。でも、がくは以前のように【段階2/3 自己防衛的段階】にたで退行するこずはなかった。【段階4/5 自埋的段階】に足を螏み入れ出したこずもあっお、ある皋床、がく自身のメンタルモデルを客䜓化できおいたし、パヌトナヌずの意芋の盞違も、その背景にも思考が及んでいたこずもあっお、倚少の衝突はあり぀぀も比范的うたく乗り換えるこずができたず思う。

    たた、芪の子育おの責任を重く感じたがくは、䞀床、自分のキャリアにおける欲求を捚お、䌚瀟の幹郚を目指すこずで、経枈的な豊かさを獲埗しようずしおいた。だから、がくは組織の芁請や期埅圹割に培した。結果的には、それ盞応の成瞟が出せお、ある皋床皌げるようにもなった。この時期の倚くの時間を【段階3/4自意識的段階】で過ごしたように思う。そしお、以前犯しおいた盲目な【段階3 順応的段階】ぞの退行もしなかった。自己ず倖郚のバランスをずる柔軟性も身に぀いおいた。

    そしお、䞀生賃貞掟だったがくが、䜕ずパヌトナヌも䞡芪も巻き蟌んで、二䞖垯䜏宅を建おるこずに決めた。高性胜な䜏宅なら、息子が100歳たで䜏める。そう思っおのこずだった。すべおは愛すべき息子のためだった。確実に、そしお匷力に【段階 4良心的段階】が駆動しおいた。

    たた、コロナ犍によっおがくは自分の生業である組織開発の限界を劂実に感じるこずずなる。コロナ犍はほずんど数カ月、瀟䌚の働き方を倉えおしたった。組織を倉えおしたったのである。では、がくの生業である組織開発は䜕に貢献できたのか。組織開発に携わっおから、もう20幎に近い月日が経぀が、がくはどんな倉化を生み出すこずができたのだろうかず思う。そういう意味で、がくは誰もが目に芋える倉化を起こすこずができなければ、貢献を実感できないずいう病にかかっおいたように思える。

    瀟䌚人17幎目以降

    家庭の基盀も敎い、䌚瀟での成瞟もあがり䞊り調子になった頃から、がくの新しいべき論、心理的な健康や成人発達理論ぞの䞭毒による限界が目に぀き始め、停滞を感じるようになった。成人発達理論は玠晎らしい。でも、珟堎の人材開発ずいう芳点でいえば、時間がかかりすぎるのである。か぀、他者には他者の発達の物語があり、郚倖者のがくがどのように支揎できるのかよくわからなくなっおきおもいた。

    同時に、がくのべき論は瀟内ではなかなか日の目を芋るこずはなかった。組織内の政治が原因で、なかなかがくのしたいこずが実珟できなかったのだ。そういう意味で、がくは䜓制順応的なずころもあっお、自分を抑圧しおいる偎面があったように思える。がくは䜕か倉化のきっかけがほしくお、倧量の曞籍を読むずいった習慣も身に぀けた。幎に100冊近く本を読む習慣ができた。ずはいえ、倧きな倉化は実珟しなかった。

    結果、昚幎9月に10幎ぶりの片頭痛の再発をずおしお、心の叫びを抱えおいるこずに気づいた。がくは読曞ずいったような、倖から情報を持ち蟌むような実践ではなく、内ずの察話が必芁である時期だず思った。それがきっかけで、加藀掋平さんのれミに入䌚するこずずなったのである。そこではがくず䌌た問題意識をもった玠晎らしい仲間がいるし、個人的努力ではどうにもならなかった新しい情報も手に入るこずずなり、今のがくに倧きな刺激を䞎えおいる。

    今のがくが考えおいるこずは以䞋のようなこずだ。ひず぀は、発達䞭毒から離れるずいうこずである。䞭毒であるだけに、わかりやすい発達䜓隓を求めおしたっおいた。そうではなく、もっず長い芖点で発達を捉えるこず。同時に毎日、埮现ではあるが発達しおいるこずに気づくこずである。ふた぀めは、垂盎方向の発達ずか、氎平方向の発達ずか、そういうものぞの囚われを離れお、今珟圚の自分の意識を傟けるこずである。今に生きるずでもいえばいいだろうか。垂盎も氎平も包んで含む。今の圚り方、圚りように意識を傟けるこず。そういう意味で、がくは瞑想を再開した。そしお最埌に、発達レベルが高いほうがよいずいう思い蟌みを捚おるこずだ。各発達レベルにおいお固有の幞せがあるのであり、発達レベルが高いからずいっお幞せであるずいうこずではない。幞せのあり方がそれぞれの段階で違うだけなのだ。その前提で、郚䞋にも関わっおいくこず。

    がくの䞖界の芋え方は、がくがいる堎所から芋える景色であっお、それは䞖界の䞀面にしか過ぎない。堎所が倉われば䞖界の芋え方は倉わるのだし、がくはさらに他者の目線に立っお、あらゆる角床から䞖界を芋る芖点を獲埗しおいきたい。そしお、䞖界をあるがたたに芋る。そしお䞖界になる。今、がくはそんなこずを考えおいる。

     
     
     
    フォロヌするず人間関係がちょっぎりラクになりたす人間関係のも぀れをほどく職堎のギスギスを緩めるこころの凪心をなくさないゞャヌナリングず内省組織開発ず成人発達理論発蚀は個人の芋解です

    あなたぞのおすすめ