見出し画像

母との関係「 昭和の価値観、呪いや恨みが消えていくとき」

あなたと親との関係は、うまくいっていますか?

「毒親」という言葉があります。

考えてみれば、親と子には20年以上の時代の隔たりがあります。
育った時代が違えば、価値観が違うのも当然です。

親もひとりの人間です。
まして、初めての子ども、初めての子育て。どうやって子どもと接したらいいのかわからないことも、きっとあったのだと思います。

そういうことを、私も今なら少しは理解できます。

だからといって、子どもの頃に傷ついたことまで、なかったことにはできません。

私の母は、こんな人でした。

①自分の価値観を子どもにも押しつける
②感情的で、気分がコロコロ変わる
③ヒステリックになり、ときに暴力をふるう
④子どもを自分の思い通りにしようとする
⑤子どものプライバシーを尊重しない

私は幼い頃から、いつも母の顔色を見ていました。

怒られないように。殴られないように。

ビクビクしながら過ごしていた記憶が、今も残っています。

思い出す「事件」は、いくつもあります。

買ってもらったばかりのリカちゃんハウスシリーズおもちゃで遊んでいると、母が突然怒り出し、おもちゃを壊されたこと。
大切にしていたぬいぐるみの手足をちぎられたり、服を破られたりしたこと。小学校から帰ると、母が縫い直したのでしょう。手足はつけられていました。でも、ブラブラしていました。子どもの私には、それがとてもショックでした。
友達と約束して楽しみにしていたお誕生日会に、突然「行くな」と言われたこと。日記を全部読まれたこと。

父や親せきに「こう言いなさい」と、言うことを指示されたこと。
今でいう「ささやき女将?」のような感じでしょうか。

父や親戚の前で、母にとって都合の悪いことを私が口にしそうになると、ほかの人にはわからないようにウインクをされたり、机の下で足を蹴られたりしたこともありました。

車の助手席で、突然髪の毛を引っ張られたこともあります。
叩かれてできたあざを隠すために、母のファンデーションを塗って小学校へ行ったこともありました。

こうして書いても、まだ書ききれないほどあります。
私が育った家庭は「機能不全家族」だったのだと思います。

そして、こんなにも母との関係に苦しんできた私が、

あろうことか、結婚後も母と同居する道を選びました。

このままでは、殺人事件になるかも知れないと思い、40代後半に家を出ました(遅い!)

母も80歳を過ぎました。年金もなく、今では私を頼ってきます。

私は、ついこの間まで、「本当に、早く死んでくれたらいいのに」と思っていました。

ところが最近、その気持ちに少し変化が起きました。

つづく。

いいなと思ったら応援しよう!