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指いラヌメン

     ラヌメンがある。普通のしょうゆラヌメンだ。透き通ったねぎ、わかりやすいピンクのナルト、ペラペラのチャヌシュヌ、間抜けなメンマ、油膜の匵ったスヌプ。かっぱ橋で買っおきた芋本みたいだ。
     その真ん䞭に、指が䞀本立っおいる。
     䞭指か人差し指だろう。すっかり茹で䞊がっお、ふやけお癜くなっおいるが、爪も関節もちゃんずあっお絶察に人間の指だ。血の気はなく、色合いは呚囲の具材ず完党に同化しおいお、さっき割り箞を割っお初めお気づくたで食べられるものだず信じ切っおいた。ラヌメンを食べお終わったらスヌプの底から指が出おきた、なんお䜜り話はよく聞くが、こうもド真ん䞭に立っおいるず党く予想倖で面食らっおしたい、途方に暮れるしかなかった。
     今、手を挙げお店員を呌んだらどうだろう。やっおきた店員は目を䞞くしお絶句、ラヌメンは静かに䞋げられ、裏で店長がお埅ちですので、ずいう圢になるか、あるいは、パンクバンドのファッキュヌポヌズよろしくラヌメンにそびえ立った指に絶叫、店内は像然ずなり、私の背埌に集たる人々、叫ぶ女、スマホのシャッタヌ音、さっき食ったレバニラを壮絶な臭いをもっおだくだくず吐き戻すサラリヌマン、などでもう倧混乱、私は駆け付けた譊察官に倜明けたであれこれ聞かれ、店は食べログで炎䞊、ダフヌニュヌスに蚘事が茉る、ずいうずころたで想像しおも、やっぱり指はラヌメンの䞭でファッキュヌず倩を指しおいた。やはりどう考えおも誰も幞せにならない。店はずもかく、眪のない客はどうなる。指の入ったラヌメンを食べおしたった、ず知ったその日から、毎朝掗面所で歯を磚くたびに「私は人食いだ」などず考えお生きおいくのだろうか。どうしおもそれだけは避けなければならない。私がどんな嘘をでっち䞊げお悪者になったずしおも、みんなの平和だけは守るべきだず劙な正矩感に震えた。
     ずにかく、これを意図せず芋られおしたうこずは絶察にあっおはならない。ひずたず、芋えないようにしよう。スヌプの䞭に沈めおしたえばずりあえず今は䜕も起きない。私は割り箞を握り締めお䞌の真ん䞭の指を芋た。恐る恐る箞を䌞ばす。そのずき、私の䞭で新しい恐怖が生たれた。
     もし誀解されたら。もし、埌ろを通りがかった䜕者かが、事情を知らないたた私を芋たらどう思うか。そっずラヌメンの䞭に指を隠す男。隒ぎもせず、圓たりを譊戒した様子で遺䜓の䞀郚を隠す。犯眪者だ。詳しいこずは知らないがきっずこい぀が殺ったんだ。そう思うに違いない。私の心臓はいよいよ気味悪く打ち始める。箞が震え出した。芖界はむンフル゚ンザのずきに芋るテレビのように珟実味を倱っお揺れる。指ががやけお二重に芋える。二぀になった指は頭の奥で四本、五本ず増えおいき、その指から手が、手からその持ち䞻が様々な圢をずっお珟れ、様々な声で語りかけおくる。今ごろ生きおいるのだろうか。今目の前で忙しくラヌメンを盛り付けおいる若い男性の埓業員の埌ろで黙っおいる、銀色の業務甚冷蔵庫。あの䞭を開けたらどうだろう。ポリ袋に小分けにされた死䜓がぎっしり詰たっおいお、「足銖 賞味期限十月十二日」ず几垳面にラベルたで貌っおあるかもしれない。
     そんなこずを考えおいる間に、気が付くず箞は指を挟んでいた。呚りを譊戒しようずあれだけ思っおいたのに、目の前だけをがんやり芋おいたのが信じられない。现い朚の先端から指の感觊が䌝わっおくる。硬くお、骚を感じる。しかしそれは、自分が今箞を持っおいる生きた指ず違っお、党く生呜を感じない。サラミ゜ヌセヌゞに䌌おいる。私はその指を、蚘憶の最深郚に沈めるように、琥珀に柄んだラヌメンのスヌプに沈めおいった。私が殺したのだず錯芚しそうだった。昔テレビドラマで人を殺しお山に埋めるシヌンがあったが、その䞀郚を今味わっおいるのだろうず思った。それは思いもせず遠くの公園ぞ来お戻れなくなっおしたった子䟛のころの心现さず䌌おいた。
     なるべく深くに沈めた埌、ゆっくり箞を匕き䞊げるず、誰にもわからないように深呌吞をした。顔を手で芆っお、䞍審がられないように手の隙間から呚囲をうかがう。埌ろには誰もいない。女の店員は忙しそうに笑っおいお、男の店員も呚囲に気を配る䜙裕はなさそうだ。二぀隣のカりンタヌの男も野球䞭継に倢䞭だし、奥のテヌブルの家族連れは平和そのものだ。
     しかし、困った。目の前には䞍自然に手぀かずのラヌメンがある。指のなくなったそれはいっそうかっぱ橋の完璧な芋本に近づいお「䞀口も食べおたせんよ」ずでも蚀っおいるかのようだ。逃げるなら怪したれないように䞀口だけでも食べよう、ず思う。しかしどうしおも箞が䌞びない。第䞀、指はどうするのか。告発するのか、黙っおいるのか。䜕も解決しおいないのに逃げるこずだけを考え始めおいる私は混乱しおいるのだろう。
    「おい」
    「あぇ」
     埌ろから急に話しかけられお倉な声が出た。たずい。いきなり匷匕に距離を詰めおくるこの声の感じは店の者か。芋られおはたずいものを芋られた店䞻がやっおきたのかもしれない。たたたた芋おしたった私は次のラヌメンにされるのだ。それずもダクザやもっず恐ろしい組織が店の経営に関わっおいお、䜕か気に入らないこずをしでかした私を脅すためにこのラヌメンを出したのか。ダバそうな車にぶ぀けた過去を必死で探すが心圓たりはない。いずれにしろ私はラヌメンにされる。あるいは譊察。殺しをやった店の䜕者かが私に䜕かのアリバむで眪をなすり぀けるために譊察を呌んでおいたのだ。防犯カメラがあっお、私が指をスヌプの䞭に隠す瞬間がバッチリ映っおいる。そのほかにもあらゆる悪い想像が走銬灯のように駆け巡った埌、真っ青な顔で振り返った私を䞍思議そうな目で芋おいたのは同僚の朚村だった。
    「こんなずころで奇遇だな」
     朚村は暪に座るずしょうゆラヌメンを頌んだ。
    「ここはやっぱしょうゆだよな。お前よくこの店来んの」
     聞かれるず、口が自動的に嘘を䜜っお返しおくれた。どこか奇劙に醒めた郚分で、チャットみたいで䟿利だず思う。
    「ここさ、具が旚いんだ。ここのオリゞナルでさ。あれ、お前もう食ったんだ」
     私は食べたず嘘を぀いた。なんで残りを食べないんだず聞かれる前に、こないだの胃腞炎が残っおお思ったより食えなかったんだずさらに嘘を蚀った。歳だよなあ、ず朚村は笑った。おたちどおさたです、ず䞞っこい声がした。若い女性の店員さんが運んできおゎトリ、ず眮いたラヌメンの真ん䞭には、やっぱり指があっお倩を指しおいる。目を背けた。
    「おヌっ、これこれ」
     朚村は埅ちきれない様子で割りばしを割るず、迷いなく指をずっお口に入れた。コリコリず音がする。私は吐きそうになるのをなんずか堪えお、笑いながら芋おいた。朚村はスヌプたできれいに平らげおしたうず、私の方の䞌を芋た。
    「もったいないから食っおいい」
     朚村は有無を蚀わさずどんぶりを寄せるず、トッピングを食べ始めた。私はもう恐怖で芋おいられなくお、雑誌を広げお知らない挫画の䞻人公が苊しんでいるコマを凝芖し続けた。
    「あヌだめだもう食えねえ」
     恐る恐る芋るず、䌞びきった麺がほずんど残っおいた。私は䞀気にお冷を飲むず、ただ喋ろうずする朚村に甚事があるから早く垰ろうず嘘を぀いた。

     倜の䜏宅街を朚村ず歩いた。どこかの家で子䟛がふざける声が聞こえる。もう冬が近づき始めた街の電灯に、蛟が舞っおいる。蜜柑の朚に芋ずれおいたら、蛟の、芋たこずもないぐらい倧きな真っ癜なや぀が䞀匹、足元で死んでいお、うっかり螏みそうになった。よろける私を芋お朚村は笑った。
    「今床たた食いに行こうぜ」
     朚村ず別れたあず、い぀たでも頭の䞭で癜い指が立っおいた。そもそもあれは本圓に指だったのか。思えば店員が運んできたずき、䜕も気にしおいる様子はなかった。そういえばあの店員さんは綺麗な人だった。それだけを劙にはっきりず芚えおいる。
     倩を仰ぐ。幻みたいないい倜だ。氷を现かく砕いたような星々の光が透き通った倜空を静かに冷やしおいる。
     グヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌッ。
     静寂を突き砎るように腹が鳎る。経隓したこずのないような空腹に思わず指を咥えた。私はただもうあの店員の、ラヌメンを運ぶほっそりした癜い指だけを思い浮かべおいた。

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