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LEMURIA NOTE #286「なぜ「おかえり」という言葉は、人を、安心させるのだろう」

    LEMURIA SIX|ARW

    LEMURIA NOTE #286
    なぜ「おかえり」という言葉は、人を、安心させるのだろう。

    おかえり。
    それは、とても短い言葉だ。
    どこへ行っていたのか。何をしていたのか。
    うまくいったのか。失敗したのか。
    そんなことを、何も聞いていない。
    ただ、帰ってきたことを、受け入れる。だから、安心するのかもしれない。
    人生では、いつも正しい道を歩けるわけではない。
    迷うことがある。遠回りすることがある。
    自分でも、なぜそんな選択をしたのか、分からなくなることもある。
    昔の自分なら、選ばなかった道へ進むこともある。
    そして。後になって、思う。
    「あの時間は、無駄だったのだろうか。」
    「あの選択は、間違いだったのだろうか。」
    けれど。もし帰ってきたときに、最初に聞こえる言葉が、「どうして?」
    だったら。人は、帰ることさえ、怖くなるのかもしれない。
    なぜあんなことをした。なぜもっと早く気づかなかった。なぜ遠回りした。
    私たちは、それを誰かから言われなくても、自分自身に、何度も言ってしまう。だからこそ。
    自分へ還ってきたときくらい、最初の言葉は、違っていてもいい。
    「おかえり。」それだけでいい。
    遠回りした自分も。迷った自分も。弱かった自分も。
    分からなかった自分も。全部、今ここまで歩いてきた自分だ。
    その時間が、正しかったのかどうか。すぐに決めなくてもいい。
    ただ。帰ってきた。それだけを、まず受け取る。
    不思議だ。人は、受け入れられたときに、初めて過去を、ゆっくり見られるようになることがある。
    責められている間は、守ろうとする。隠そうとする。忘れようとする。
    けれど。「もう大丈夫。」と言われたとき。
    ようやく、あの頃の自分を、振り返ることができる。
    そして気づく。遠回りしたから、見えたものがあった。
    失ったから、大切だと分かったものがあった。
    離れたから、帰りたい場所が分かった。
    なら。旅は、失敗ではなかったのかもしれない。
    還るためには、一度離れることが必要だったのかもしれない。
    だから。「おかえり」は、旅を否定する言葉ではない。
    旅を終えた存在を、そのまま迎える言葉。
    遠くまで行ってきたね。いろいろあったね。
    でも。ここに戻ってきた。それでいい。
    もしかすると、人が本当に必要としている居場所とは、絶対に迷わない場所ではないのかもしれない。
    迷っても。離れても。変わっても。
    いつか戻ってきたときに、もう一度、「おかえり」と言ってもらえる場所。
    そして。その言葉を、自分自身にも言えるようになったとき。
    人は初めて、どこへ行っても、帰る場所を失わなくなるのかもしれない。

    LEMURIA SIX ― Ancient Resonance Works


     
     
     
    レムリア記憶再生プロジェクト。 LEMURIA SIX -Ancient Resonance Works Ancient resonance spice works inspired by forgotten civilizations and sacred alchemy.

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