
たくさん失敗すること|許容される範囲を知る|【エッセイ】日常のスベッたコロンだ
笑って許してもらいたいから柔らかい恰好をする
私は「カッコいい」とか「クール」な恰好を自分はしない方が良いなと思っています。グラサンをする。肩で風を切って歩く。そういうのをやってみたいなと思いますが、しません。
何故しないか。私は自分がどうしようもなく「抜けている」ことを知っているからです。この間など、格好つけようとしたのに、その前に自分の持ち物を落として相手に気を遣わせてしまい締まりませんでした。
私は格好つける器ではない。そう思います。
黒で統一しようとすると気持ち悪くなるからしないという事の他に格好つけても直ぐに失敗をする。だから、そう言う時に笑って許してもらえることができるくらいには柔らかい恰好をしていたいと思うのです。
たくさん失敗してください
病院で私は初診の時に気を張って忘れ物をしないようにしておこうとします。しかし、どういうわけか二度目から忘れ物と失敗を繰り返すようになります。
普段からものを考えながら動く癖が頭の中で出来ていると思われます。車の免許を取りたいと言ったとき、家のものが大反対したのもこのせいです。
学校でもよく失敗をします。例えば学校で名前のマグネットをとって張ろうとして、ボードを落としてしまいました。
その他にも箸を落としてしまったりしました。
そういう時、もの凄く恥ずかしくて、固まってしまって、落ち込みます。
そうしたら学校の職員さんがこういうのです。「たくさん失敗してください」そう言われて「あ、怒らないんだ」と思いました。
仕事では散々怒られていたので、意外だったのです。
そのことがあってから私は失敗が少しだけ怖くなくなりました。歯医者の予約を失念していてキャンセルした時も、歯医者の先生は怒りませんでした。
以外に人というのは失敗しても怒らないのものなのかと思いました。
失敗はどこまでなら人は良いというか
最初から突っ走らずに、最初はだれでも失敗するのが当たり前。それが普通。そういう心持でいることを意識して覚えておきたいなと思います。
でもそれができなくて失敗を繰り返してしまったら、できるだけ失敗して、どこからが駄目で、どこまでなら人は大目に見てくれるのかを探るというのもありだと思いました。そういう境地にいれば怖くないかもしれないと思うのです。
就職して失敗する自分が目に浮かぶようです。この理解を生かせたらいいなと思います。