見えなさ加減に折りあいをつける①|【エッセイ】日常のスベッたコロンだ
昨日、足元で何かが「グシャ」とした。
メガネだ。
私の生活の生命線。
学校で、絶対に必要なやつ。
「アチャー。やってしまった」
と思ったが、後の祭りだった。
うっかり、床の上に置いたのがいけなかった。
拾い上げてみたら、メガネの右側の部分のフレームが、すっかり開いている。
レンズも落っこちて情けないことになっていた。
私は、大破したメガネの一代古い方のメガネをかけた。
そのメガネは、「メガネを探す用のメガネ」と呼んで、大事にしてるものだ。
私は少し考えた。
大破したメガネは前からネジの溝が摩耗していたのだ。
そんなのは、メガネ屋にいけばネジを交換してくれるので、いけばよかったのだ。いまや、フレームのネジ部分は開いてねじがまがっている。
私は”これではなぁ”と思いながらほくそ笑んだ。
これは良い口実ができた。
このメガネの見えなさ加減に困り果てていたのだ。
それなのに、思い切る、これといったキッカケを逃し続けていた。
学校でのテキストが見えないし、でも、メガネを外せば見えないでもない。外せば見えるなんて、メガネの意味がないのである。
良かった。これで新しいメガネに買い換えられる。
そうだ、以前から検索していたウェリントンにしよう!
よし、明日メガネ屋に行こう!
私は、明日、お金がどれくらい出るのかも知らずに大いに喜んだのだった。
いいなと思ったら応援しよう!
皆様の胸の中に少しでも何かが届きましたでしょうか。届きましたらそのままお持ち帰りください。もしよろしければ応援していただけたら励みになります。いただいたチップは「詩の森」の詩に曲を付けて公開するために大切に使わせていただきます。