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人は誰も「誰かのものではない」|私はいつでも最後から一番目の恋。それでいい。|こころの因数分解

この人は私だけのものではない

 最近、とあることがあり久しぶりにやきもちなるものをやきました。

 そのとき、その感覚を私は改めて元彼のときと一緒だと思いました。

 私は元彼が周りにいる女の子複数に「モテたい」と思っていたのを胸を痛め落ち着かない様子で眺めていました。

 その感情を抱いたときのことを思い返したら「その人というのが”私だけの人”というのは違うのだな」そういう感覚がありました。

人は誰も誰かだけのものではない


 人は「誰も」「誰かだけの人」ではない。

 男友達もいるかもしれない、女友達もいるかもしれない、家族もいるかもしれない。

 その人がその人だけで生きているわけではない。だから、「私だけの人」というのはなり得ないのです。

 それは「友達」にしても一緒だと思いました。

 「自分だけ」の友達。そういうのは幻想なのだと。
そう思いました。

 「その人」は「その人のもの」であり「私だけのその人ではない」のだと思いました。

「思い出深い人」は誰にでもいる

 もしも元彼に今会ったら、今どういう状況にいるのか聞きたくないと思っていました。元奥さんと、あり得ない事だと知っていますが元さやに納まっていても、新しく彼女が出来ていても面白くないのは一緒だったからです。

 だから会っても「元気?」それ以外は聞きたくないと思っていました。私が一番知りたいのは健康でやっているか、その一つだけだったから。

 きっとやっぱり用意した言葉しか言えないとしても、私が元彼のことを一生忘れられない「思い出深い人」になったように、元彼にも「思い出深い人」がいたのだと思います。

 元奥さんのこともその一つなのだから、もしも元彼に会ったとき「元気?」だけでなく「言わなければと思ったことがあるなら言う」そうすると思います。

 それは私が元彼と付き合っていて取り戻した感覚。元彼が私に「教えてくれた」大事なこと。

わき目も振らない恋+私のものだけでないパートナー


 誰かが自分一人だけ見ていられる人に出会い、自分もその人だけを見る。それは「有り難い」ことかもしれないけれど、無いことではないし、そうあってほしい。

 ただ、人生ここまで歩いてきてしまうと、ただまっさらなだけの道があった若い頃とは違うのです。お互いに「思い出深い人」がいるのは当たり前なのです。そこまで生きてきたのだから。

 あの頃の私には、真剣に愛した思い出深い人はいませんでした。 

 こころの中の思い出までは縛れません。私の今を作ってくれたのが元彼であるように元彼にも「その時の”今”を作ってくれた誰か」がいても不思議ではありませんでした。

 それをこころの棚にしまって、表に出すか出さないかの問題だけです。元彼にはそれができなかった。仕方ないです。それは彼が彼だったからなのですから。

 私はこんな性分だから、これは他の人が誰も泣かない自分にとっての幸せの道。そう思ったら一々、本気になってしまいます。

 だからこの次パートナーに巡り合えることがあったら、今迄と何ら変わることなく好きになった人を「わき目も振らずに好きになる」と思うのです。

 でも、そこに「その人は私だけのものではないその人の歩いてきた道がある」そういう気持ちが一つ足されたら、もう少しだけ余裕ができるかもしれないと今はそう思います。

 「よその女の人の男」をパートナーにする気はないし、パートナーが元奥さんの所へ行って私にその話をする。そういう状況ができたとして、それを許すつもりなどありませんが、「思い出深い人」を「こころの棚」の奥にしまった人を責める気にはならないと思います。

いつだって「最後から一番目の恋」がいい


 私はだんだん歳が進むにつれ人というのは恋をしなくなるものだと思っていました。でも、違いました。幾つになっても人は恋をするものです。よく男の人はそうだと言います。でも女の人もそうです。

 「最後から二番目の恋」というドラマがありました。更年期に近い働く女「千秋」の恋と仕事と人生の物語です。

私は、「最後から二番目の恋」と思えば、余裕ができるのかと思ってました。

 「最後から二番目の恋」という事はその「恋」は「失恋」に終わるという事です。まだ最後が残っているのだから、そういう意味だと思います。

 必ず失恋するように出来ているなら、元彼との恋が私にとってそれではダメだという事に気付きませんでした。

 ドラマは「後悔のない愛し方をした」「この恋は最後から二番目の恋だったんだな。次頑張ろう」そう言いたいのだと思うのですが、最初から、「この恋は最後から二番目の恋」と思ってはいけなかったのです。

 ドラマ「最後から二番目の恋」の中で、主人公千秋は、お隣さんの和平さんとずっといっしょにいました。千秋にとって失恋に終わった真平しんぺいとの恋が「最後から二番目の恋」だったのなら、千秋にとっての和平わへいさんとの恋は「最後から一番目の恋」だったのだと思いました。

 いつか報われる恋がしたい。私はそう思います。



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