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コーヒーは苦くなければならない

    天音 翔

    私は朝しかコーヒーを飲まない。

    昼も飲まない。
    夜はなおさら飲まない。

    朝、ブラックコーヒーを一杯。
    それで十分だ。

    だから私はコーヒー好きではないのかもしれない。
    豆の産地も焙煎も詳しくない。
    喫茶店を巡る趣味もない。

    それでも、朝のブラックコーヒーだけは譲れない。

    私は思う。

    コーヒーは苦くなければならない。

    もちろん、これは私の美学である。

    砂糖やミルクを入れる人を否定するつもりはない。
    好きなように飲めばいい。

    しかし私には、甘いコーヒーは少し不思議に映る。

    ビールに砂糖を入れる人がほとんどいないように、苦味まで含めて、その飲み物なのではないかと思うからだ。

    苦いからコーヒーなのである。

    朝という時間も、どこか苦い。

    眠気が残り、体はまだ昨日を引きずっている。
    仕事や生活が待っている。
    甘い気分だけで始まる一日は、そう多くない。

    だから私は、その苦さをごまかしたくない。

    ブラックコーヒーを口に含む。

    「ああ、今日も始まる。」

    そんな小さな儀式である。

    もし苦さが嫌なら、紅茶でも緑茶でもいい。
    白湯でも構わない。

    私にとってコーヒーは、喉の渇きを潤す飲み物ではない。

    一日を始めるための合図なのだ。

    だから私は明日も、砂糖を入れない。

    苦いまま飲む。

    人生は、ときどき苦い。

    だからこそ、一日の最初くらいは、その苦さを静かに受け入れてみたいと思うのである。


     
     
     
    文学は、自らの身勝手さに気づいた人間が残す、最も美しい抵抗である。

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