
人目ばかり気にしていた私が、“自分軸”で生きるようになった
私はずっと、
「周りに気を使わせる人」になりたくなかった。
自分がしんどくても、
人に迷惑をかけたくない気持ちが先にきて、
ずっとそんな生き方をしていた。
敵を作らないように、
空気を読んで、
できるだけ“いい人”でいようとしていた。
人は、自分が思うほど他人を見ていない。
そんな言葉も分かっていた。
でも、
分かっていても難しかった。
どう思われるかが怖かった。
その反面、
自分の意見をはっきり言えて、
少しわがままなくらいでも、
ちゃんと自分を出せる人が羨ましかった。
私はずっと、
「嫌われないこと」を優先していたから。
でも、
夫の病気で人生は大きく変わった。
一般的にいう
“普通の家族”ではなくなった。
夫は働けなくなり、
私が大黒柱になった。
夫から子どもを連れて逃げたこともある。
家事も育児も仕事も、
止まれなかった。
もちろん、
誰にでも全てを話しているわけじゃない。
何でもかんでも話せばいいとも思っていない。
でも、
生きていれば、
何となく説明せざるを得ない場面もある。
その時に感じる。
まだ精神疾患への偏見は、
この社会に確かにある。
うちの状況の“表面だけ”を見て、
「普通じゃない」と感じる人もいるだろう。
深く関わりたくないと思う人もいると思う。
実際、
距離を置かれたと感じた人もいた。
でもその反対に、
全部を知った上で、
変わらず関わってくれる人もいた。
気にかけてくれる人もいた。
それが、
どれだけ救いだったか分からない。
一方で、
幸せそうな家庭を見ると、
自分たちとの違いに苦しくなる時もある。
同情されているように感じて、
惨めになる日もある。
でも、
この状況になって痛感した。
全員に理解してもらうことなんて、
無理なんだって。
だから私は、
“人目ばかり気にして生きること”を、
半分強制的にやめるしかなかった。
これで「変」だと思う人、
関わりたくないと思う人は、
離れていけばいい。
だって、
私たちは悪いことをしていない。
夫は双極性障害になり、
病気によって逸脱した行動をしてしまった。
今は働けない。
でも、
病気を受け入れて、
できることをしながら生きている。
私は、
そんな夫の側にいることを選んだ。
それだけだ。
もちろん、
今でも人目が気になることはある。
本来の私は、
周りを気にしてしまう性格だから。
でも、
以前みたいに、
他人の評価だけで自分を決めなくなった。
周り全員に分かってもらおうとすると、
自分が壊れてしまう。
だから私は、
目の前のできることをする。
同じような状況で苦しんでいる人の心を、
少しでも軽くしたい。
惨めに思われてもいい。
周りにどう思われてもいい。
悪いことをしていないなら、
自分が「これでいい」と思える道を貫きたい。
そう思っている。
そしていつか、
夫が寛解して、
家族で笑って過ごせる日が来ることを願っている。
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