
TQMとは❔️
「心理的安全性の品質管理」
TQM
(Total Quality Management)は、
特定の業界や職種を
責めるための言葉ではない。
むしろそれは、
誰か一人に
原因を押し付けないための
思想だと思う。
職業紹介企業も、
採用する企業も、
働く人も、
それぞれが与えられた制約の中で動いている。
問題が起きるとき、
それは
「誰かが悪い」からではなく、 思考が
分断されたまま接続されている
からではないだろうか。
条件は合っている。
書類も整っている。
手続きも正しい。
それでも現場では
違和感が積み重なり、
離職や摩耗が繰り返される。
TQMの視点で見れば、
これは
能力不足の問題ではない。
思考の流れが見えないまま、
工程だけが進んでいる状態だ。
職業紹介企業は
「人を売っている」のではない。
企業は
「人を消費している」のでも
ない。
本来は、
人と組織のあいだにある
・期待
・不安
・判断基準
・暗黙の前提
を翻訳し、
循環させる役割がある。
しかし、その役割は
誰か一方だけが
担えるものではない。
企業が 「現場の違和感」を
言語化しなければ、
紹介企業もそれを伝えられない。
求職者が 「自分の判断軸」を
言葉にできなければ、
どんなマッチングも
表面的になる。
TQMとは、
管理の話ではなく
対話の質の話なのだと思う。
AIが介在する時代になり、
情報は整い、
速度は上がった。
だからこそ、
問いが置き去りにされやすく
なっている。
・なぜ、この仕事なのか
・なぜ、この人なのか
・なぜ、ズレが生まれるのか
TQMは
それらの「なぜ」を
組織の外にも、
内にも、
開いておくための思想では
ないだろうか。
誰かを変える前に、
構造を疑う。
構造を疑う前に、
自分の思考を言語化する。
そこからしか、
本当の改善は始まらない。
これが僕の改善提案です。
国や企業や地域社会という
組織は、
単なる多数決の集合ではなく、
TQMのような
三角錐構造を持つのでは
ないでしょうか。
制度、文化、価値観、無意識――
それらが積み重なり、
そこに住む人々の「思考の傾向」そのものが、
社会の方向性を形づくっている。