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全裸の覚悟


 全裸にもなれないヤツに
     何ができるっていうんだよ



ゆりゆりこさんの名言です。


ゆりこさんが
私の官能小説を書いてくださいました。

大丈夫ですか?先生。
小説とはいえ…。

はい。まったく問題ありません。
むしろ嬉汁です。





私はここで覚悟について書きました。


・本名でやること
・顔を出すこと
・「公文」の看板を背負っていること
・本音を言うこと


私には隠すものはない

自分のやること
自分の言うこと
自分の字に
自信があるなら
別に何も隠すことはない、と。


私が「変態仮面」だろうと「鬼」だろうと…
私はどう思われてもいい

伝えたいことがある
伝えなければいけないことがある

という気持ちでした。(今も)


書写の教科書も
あらゆる書の先生たちも
敵に回すことになることを解っていました。

だから
嫌われることも。

その覚悟は「芸術」である


これらも間違いなく私の覚悟です。



でもnoteを始めるにあたり
私がした本当の覚悟は

自分の字を見せる

と決めたことでした。




いろんなメディアや美文字練習帳の字、
(自己流のくせ字だらけの
 行書に逃げた美文字風の字)
それらはずっと私には見るに耐えないものでした。

私は
書写の教科書、書きかた字典、公文書写の教材の字より
きれいな字を書けると思っています。
(どこの字と比べていただいても大丈夫です。)


それを解っていたので

私は何年も自分の字を出すことを
もったいぶっていました。


自分の字がきれいだと思っていたら
それは見せたくなるものなのでしょうか。
教えたくなるものなのでしょうか。


私は逆でした。

私は
自分の字がきれいだと解っていたから
見せたくなかった。
教えたくなかった。
真似されたくなかった。

本当は。


自分の字を世に出すこと、

私の「覚悟」の中では
これが一番大きかったと思います。


美文字の解説。
口だけならいくらでも言えます。

字の解説をしている先生の字が下手、
間違ったことを教えている、
その現実を知っていて
何年も見て見ぬふりをしてきました。

私はずっと悔しかったんだと思います。


世に蔓延っている美文字と言われるものが
その程度なのかと。
なんでその字で人に教えているのかと。



何かを伝えるためには
まず自分が全裸にならなければいけない。


私が性癖を晒すことなど
今までの悔しさを思えば大したことではありません。

そして
私にとって
「字の先生でありながら字がヘタなこと」以上に
恥ずかしいことはありません。



全裸にもなれないヤツに

何ができるっていうんだよ


私には失うものなど何もない。
(ん?あるかもよ)


私はこれからも全裸で走り続けます。


なぜか最近、
一生懸命
私にパンツを履かせたり洋服を着せたり
しようとしてくれる人が増えてきたような…

あれ、普通は脱がせたいんじゃなくて?


皆さまも是非ご参加ください。



私は実はここ数日
ずっと泣いていました。

なかなか
いつもの調子でぶっ飛んで書けなかったんです。

(あ、ぶっ飛んでました?)



これで泣いていました。



自分の恥部をさらすこと。
 

あえて汚く見せる必要もないけど

もう自分を
よく見せようとしたり
大きく見せようとしたり
そういうの、いらないんじゃない?と思います。


こうして私は日々


全裸で生きるからこそ見れる空があるんだと


チ部の皆さまに教えていただいています。


「バカみたいに青い空が見たいんだ」



私も一緒に見たいんだ。

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